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トップハート物語(6037)立志伝敢闘編
20/10/13
2015年(平成27年)9月中旬。
昨日、広島から駆け付けたお姉さんとともに以前から会いたかった三女の方と会った。
 次女は廣島から泊まり掛けで来たのだ。知的障碍者の長女の後見相談においでになったのだ。以前、母親の話を3時間に亘って聞いた家族のこと。担当者会議で話し合った内容をもとに想像していた家族観。
全く異なった事実だった。まず、精神障害を患って、精神病院に入院されていて栄養を摂取できずに、歩行も困難になって生死を彷徨っていたとの言葉をそのまま受け入れられないような、姿だった。
背が高くて、キャリアウーマンのような感じだった。その方が、三女だ。母親の話をもとに想像していた意識を持っていなかった。人に騙されて、金銭の浪費が続いていて、との事実は一部にしても経済観念は持っている。
持っているが、勤労する意欲もあり能力もあるが、その位置をどこに於いていいのか分からないのだ。
 次女は司法書士事務所にて勤務していただけあって、正常な感覚を持っている。しかし、事前の情報でも鬱病的な症状があり、診断書も下りていると言うのだ。つまり、母親も精神的な病に陥っていて、時々症状が現れる。
 入所している長女は完全な知的障害であり、成年後見人の選任を開始するには適切だと思っている。数週間前の市役所にて行われたカンファレンスでは、全員、家族4人全員に成年後見人を選任する必要があるとの前提で話が開始された。
 私は以前からカンファレンスが行われているのには参加していなかった。問題は、その「成年後見」が独り歩きしていることだった。
 制御し、修正して、結果的には今可能性がある長女の成年後見申し立てを実施することとなった。そして、この日の会議だった。
すべてのお話を聞く時間を確保したが、それでもその成年後見の必要性に至るまでの、または環境やエピソードなど披瀝されたのはごく一部だと思う。
人の人生は長くて辛い。
辛いことの半分以上は記憶では思い出となる。
楽しいことは、いつまでも覚えていて人生がやり直しできるようなDNAが備わっている。
それでも、次女は思い出すと、言葉に出すと一緒に涙が出て、言葉が震える。
家族二人、当特定非営利活動法人ゆうかり「後見センター」相談員常勤理事と、自立支援センター相談員という合計6人カンファレンスだったが、話が進展していく中で信頼を大いに受けた。
後見申立てをサポートして、申立人を決めて当組織が後見候補になることとなった。
後見相談だけではなく、関わりある不動産の価値確認、売却などの相談も受けた。
その際の、留置物の搬出と処分も。
すぐにそのような関連相談事を解決できるような返事ができるのは、弁護士や司法書士、または不動産業者や各種整理業者などとの提携関係にあるからだ。
また、法的な書類や専門的な知識がある程度あるので曖昧な言葉で無責任な返事はしないのが強みとなっている。
このような相談は初めて地域後見センター『ララ♪こあら』で行われた。
目的がそのことで作った施設なので、やっと本格的な仕事が生まれる。
丁度時間的に重なって階下で行われていた、昭和の歌を歌いながら『君と訪ねる青春』イベントで、この相談支援と地域の交流センターの存在に感激してくれた。
次女が大手デパートで宝石やブローチのデザインをする仕事をしていて、作品展を行っている方で、ギター演奏がプロ並みだと聞いてイベントに協力をお願いした。
実は、その子供3人の女性の母親が一番最初に相談に来て、私が自宅を訪問した。その支援を受けたのだが、これでは利益相反の立場になってしまうので何とか融和の形をとってくれればいいのだが、その次女と確執があってうまく行っていない。
その母親も、当サロンを訪問してくれて支援を申し出ているのだが、やんわりと対応している。
このサロンが出来て、多くの新たな出会いが生まれて多くの分野の方と知り合って、私の新たな人生が始まったようだ。
相談時間が3時間近くと、外に出てから路上でまた小1時間立ち話をして再会を約した。
朝10時にサロンで管理栄養士のM先生との事業計画を打ち合わせした。管理栄養士との組織を作って、新たな資格を構築し栄養管理から事業展開しようとしている。その切っ掛けの際、介護事業者にプラスになることだとの話だった。
つまり、加算があると。確かに調べると加算があり、そのことだと理解して受けた。すでに3度目の話し合いだったのだが、どうも飛躍していて話の内容がはっきりしなくなった。その加算の範囲内でのことではないのだ。
自分たちで盛り上がっていて、組織を作って全国展開していくとの話だったのだ。それには大きな資金を投入しないといけない。そんなでたらめな企画はダメだし、いつも中途半端ななしだけで進まないので、中座した。
銀行を回るつもりでいた。しかし、後見監督人の弁護士から電話があり、資料を出してくれとのことで戻った。大阪家庭裁判所からの電話があり、事務報告が早すぎて確定前の時点なので作成をし直し。
その為に、5か所の金融機関を巡った。残高照会だ。次に市役所に行って、議員と懇談。終わって、市役所保険課に行って被後見人の後期高齢者医療証の再交付依頼。最後に地方銀行に立ち寄って、被後見人の紛失した通帳の再発行手続き。
市長申し立てで通帳が無く、残高も確認できない。そんなケースを引き受けて大変な時間を要する。

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