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トップハート物語(6027)立志伝敢闘編
20/10/06
2015年(平成27年)9月1日。
 いつもの、以前のようなNPO法人常勤理事との時間になった。これまでは、サロンでのレジの操作は彼女しか出来なかった。いや、押し付けてみんながしなかった。覚えようともしなかった。
そのことがあり、彼女が朝一番で出て行ってレジを開けて、夜は9時過ぎにレジを〆ていた。それを、止めさせた。自分たち、つまり多くの人たち、そしてそのサロン専任の人材にその操作をさせるようにした。
以前から、ある一定の教育が終わったら、これまでの社員が引き上げるように言っていた。地域の人たちに運営を任せたいと思っていた。それを、実行しようとしても邪魔が入る。どこの世界でも同じだと言っても、私は納得しない。
昨夜も、そのサロンで一番動いていてくれるこの大日の障がい者支援事業所の管理者に電話した。
「NPO法人常勤理事がみんなの苛めに遭ったので、もうサロンには出さない。戻って来て、駐車場でずっと泣いていて、俺のところに来てもずっと泣いて。」
「私が結婚式で行けなかったから、そんなことがあったんですか。可愛そうに。」
そう言って、涙ぐんでいた。
「Mさんが一生懸命にやって居るのに。佐藤さん、実は私も一杯一杯なんです。」
「分かっているよ。だから、どうしてほかの社員に任せないんだ。今度採用した3人は全員社員だ。そして、俺はみんな彼女らに任せるようにしたいと言っていたはずだ。それを、みんな自分たちでやるから、採用身分は社員でもアルバイトの感覚でいる。だから、簡単に4時までだとか、子供が歯が痛いと言っているから休むとか自覚が無い。それで、社員がやるべきだと簡単に言う。奴らも社員だ。それに、厨房の人間がMさんに冷蔵庫の整理とか不足分を足せとか、どこ何があるか分からないとか、挙句の果て社長が勝手にたくさん買って来るとか言っているようだが、何もないと言うから買って来ているだけだ。」
そんなことを言った。
口を酸っぱくして、引き継ぎをするように言っているのだが、しない。そのうえ、新たに採用した者たちが、自分の都合で勝手に休んだりダブったり。そのうえ、厨房はバラバラで自分勝手に振る舞っている。
「自分たちで冷蔵庫の中を整理して、食材が何が不足しているのか、不足しているなら購入するように自分たちでしないとだめだ。どこだってそんなの当り前だ。どうして、今まで関係のなかったMさんに突然やれと言い出すんだ。丁度俺もYさんも居なかったからからか。」
そう言って、とんでもないと。
「俺は、Yさんに聞いて何もないとか何が不足しているとか聞いて買って来ている。それを、なんだ。俺は社長だ。文句があるなら辞めてほかに行けばいい。時給だって1000円だし、夜間は1250円を支払っている。何が不足してそんなことを言っているんだ。」
そう言って怒った。
朝一番で、議会議長から電話があった。
「お願いが二つあります。」
そう切り出して、一つは地域医療の報告会への出席だ。もう一つは、
「近くで若い弁護士が今日から独立したので、その事務所に行くのだが将来のために紹介して置きたい。」
そんな話だった。
前段は、調べて時間がある時には出席しようと思ったが、特定行政書士の試験がその時にあるので、難しい。
たた、その弁護士には心当たりがある。
「お母さんが介護事業所を開設していて、弁護士の彼も働いていたので介護や福祉には特に造詣がある。」
ヘルパーの資格を持った弁護士としてフェイスブックで見たことがある。
もしやと思って調べると、確かに今日開設との書き込みがあった。
いつもの運命を感じて、勇躍待ち合わせの場所に向かった。何か感じるところがある訳ではないのだが、この日の約束は5時に相談があった。いつもなら、午後一番か午前中に約束するのだが、5時にした。
そして、今日のお誘いが午後一番だった。
その時間は空いていたのだ。寝屋川駅の改札に行った。
「改札口は一つですか。」
「一つです。改札を出ればあの事件があった商店街に出ます。」
そう言われた。
しかし、改札口は南北二か所あったのだ。
あの事件とは、先日男女二人の中学生が残虐されて放置された事件だ。その犯人は防犯カメラを駆使した科学捜査で逮捕されたのだが、余りの残忍さに目を覆うばかりだ。そして、芥川賞「花火」の作家で芸人の又吉直樹がここで育ったのだ。
そんな思いを馳せながら、携帯で写メを撮った。近くの吉野家で昼食を摂って、議長の来るのを待った。事前にメールで改札口が二つだと言って、南口と確認していた。
激しい雨が突然降って来て、探すのも大変だったが思ったマンションではなく小さい古ぼけたマンションの一室だった。私が事業を始めた6畳一間より広いスペースだった。
私は時間がないと思って、成年後見検定の商標を如何にして世に出すかを激しく説明して、協力を要請した。
「分かりました、何でも言って下さい。」
と、言ったが外交辞令と知っていたので、尚も、
「一緒に協議会でも作りますか。」
と、言ったが戸惑って返事が無かった。

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