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トップハート物語(6019)立志伝敢闘編
20/10/02
2015年(平成27年)8月下旬。
久々の外出になった。外出と言っても、出張だ。愛知県豊橋市にはすでに何度も訪問している。東京大学の市民後見セミナーで一緒になって、知り合った。変な感じでここまで来たが、続いている。
変な感じと言うのは、通学している最中は学校では知り合っていなかったのだが、活動をしたいと大学側に申し出たところ、問題の京都の御仁を紹介された。この時には、いい人で信頼していた。
というより、実績があったので信奉していた。その京都の御仁の呼びかけで京都に集まった。後見センターにしては立派な事務所だ。京都の一等地に構えたビルの2部屋を使用して、市民後見センターを謳っているのだが、羨望の的だった。
私もできることは何でもするので、何でも勉強だと張り切って御仁が主宰する勉強会に毎月京都まで駆け付けた。豊橋から来た、彼も同じで遠方から新幹線で駆け付けてきた。将来の自分たちの活動を見据えていた。
段々と本格的な活動ができる体制と知識が備わって、準備完了となったところで
「全国的にネットワークを構築したいので、皆さんの後見センターにひらがなで地域の名前を付けて欲しい。」
そう言われて、嫌々ながら「市民後見センター」の名を冠した。
なぜ嫌かと言うと、私は市民後見センターと言う実体のない、最初からレベルの低い後見を行いますと公言しているようで嫌だったのだ。
しかし、そう言って声を掛けておきながら、やはり京都人は腹が黒い。自分が主導権を持って、当然先駆者なのでその先駆者に従って着いて行き、大阪、京都、豊橋などと何度も往復しながら勉強会を重ねて行った。
しかし、多くの地域のNPO法人に拡大していくと言いながら全くしない。何かおかしい。そのうちに、東京大学から北海道出張の話があり旅行がてらセミナー講師として出て行く。私の方にも、セミナー講師として出て来る。
しかし、本来の目的の全国組織の構築を模索する振りをするのが分かり始めた。おかしいと思っていると、一か八かに打って出て来た。
「組織を作るのに出資金を得て、登記をしたい。公証人の経費など一団体10万円程度掛かる。」
そんなことを言い出したので、私は当然の如くすでに腹の内は分かり過ぎるくらいだったので、
「いいですよ。ここで出しましょうか。」
腹黒さんは、慌てて
「いや、今日はいいです。」
そう言って、次の会合の時に
「解散しようと思う。」
そう切り出したので、やっぱりと思って諦めた。
何故なら、すでに腹を決めている人に何を言っても始まらない。当然、何かの取引があり、その方向に行ったのを分かっていた。
つまり、東京大学からお墨付きが頂いてセミナー講師とかコーディネーターなどの道を探っていたのだ。当NPO法人の講師にも東京大学から派遣と言う形で講師となった。ただし、ある一定の時間を決められたようで、その高額な金額に該当する期間は来て、それ以外の時間は他の者にさせようとしていた。
それを拒否したので、また色々とトラブルとなった。
しかし、無くなったものは仕方が無く、諦めざるを得なかった。ところが、また、遣ろうと言う機運が高まって少しずつ集まりを増やしていたのだが、また、この腹黒男が邪魔をする。潰しに掛かって、まんまと罠にはまってしまった。
我々弱い者たちが会合を開こうとした同じ月で早い日に同じ会場で、同じメンバーを集めて会合を開くことを決めたのだ。名前は当然相手が売れているし、実績がはるかに違う。完全に白旗で、当方のグループは中止せざるを得なかった。そうやって、邪魔をして潰しながら、継続すると言い、結果的には継続せずに我々の会合を潰す目的を達した。
それに留まらずに、東京大学の成年後見グループの集まりも潰してしまったのだ。そんなことを思い出しながら、盟友の彼のもとに出掛けて行った。
朝早く出て、豊橋に12時過ぎに着く。忙しいが、出掛けて話をしたいことがあったのだ。その中心が「後見検定」の実施だ。
彼の施設に入ったのは、12時40分だったので昼食をその障碍者が作る食事を頂いてから理事長に話をしようと思っていたが、入った途端に彼が待っていたように入って来て、一緒に飯を食べた。
自然食品にこだわった体に優しい食品を十分に頂いて、本番に入った。彼の話はすぐに大きくなる。彼の施設も巨大だ。話は大きいし、
「開発した自然食品の中のスープを中国に販売しようと思って香港に5日間行って来た。」
そう言う。
驚きながらも、本題に入ると
「検定するなら、事務所は東京でしょう。東京のどこかに、出来れば東京から品川の間に事務所を構えるとか、東京大学はダメなら筑波大学あたりに事務所を得たいと思う。二人で50万ずつ出し合って作りましょう。」
などと、私も半分本気で半分冗談で流されるように話をする。
共同でサロンのビジネスモデルを開発して、拡大しようと声を掛ける。障碍者のアートを彼が全国から集合させた方たちの作品を持っているのだが、展示して販売をするなど新たな提案として言った。
話がデカ過ぎて、中途半端な意識は否めない。彼の手か。

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