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トップハート物語(6004)立志伝敢闘編
20/09/24
2015年(平成27年)8月上旬。
 朝から、商店街に設置する交流サロンの工事などに伴う、ごみ処理をした。NPO法人常勤理事智子さんに大阪市のNPO法人事業所の責任者のKさん。そして、軽トラックを運転する、居宅介護支援事業所のHさん。私。
 すごい分量のゴミが詰まっていた。二度の廃棄でやっと終わった。こんなにすごい分量が置いてあったのだ。
 その途中の10時に面接をしたいという希望の方が連絡して来たので、会うことになっていた。電話での印象はすこぶる良く、このギリギリの段階で素晴らしい人を得る予感がしていた。
 電話では、
「引っ越して来たばかりで。」
と、言っていた。
名前からすると、40代。声からすると20代か30代。そんな印象を得ていたが、電話での最後に
 「お会いするだけでいいんです。」
と、言っていたが、どんな人物か期待だけが膨らんでいた。
 現時点では、常勤として近所の商店街にある八百屋さんの女将さん。その方は、周辺の評判はよく、お客さんが多く来てくれると思っている。期待が高いのだが、性格に疑問があるように思える。
 しかし、誰一人として悪く言う者はいない。彼女なら大丈夫と言うのだ。しかし、何かに付けて、自分では何も言わない。先日の御仁とか私が一目置くような方に、自分の雇用や条件を言わせているのだ。
 また、その一緒に雇用を希望している女性も我儘そうで、信用が置けない。
 「夜も大丈夫です。」
とか、言って常勤雇用をすることになって、我儘な勤務時間も認めて契約することになった。人がいないから仕方がない。その悪条件でも受けたのに、決まってハローワークに採用の届け出を出した途端に、
 「夫が夜はだめだと言ったので無理です。」
これまでの、大体の女性は、
「何でもします。何時でも大丈夫です。教えてもらえればやります。」
 と、言って雇用契約し子供の保育園に出す勤務証明書を出した途端に、できないの辞めるの、何も言わずに来ないのと、悪行の限りを尽くすのだ。
 今回も、勤務時間は短く、大事な時には来ない、雇用保険などの制度だけは活用してと、遣りたい放題だった。だから、だれか信用のおける方が必要だったのだ。その、今日面接する彼女に期待が集まった。
 ごみ処理の方は、最初に捨てに行って、戻ってきて再度運ぶことにした。しかし、時間が時間なので面接が終わってからにすることにした。
 面接を私はしなかった。少しでも、委譲をするために若い女性陣3名に任せた。
丁度10時頃になったら、NPO法人常勤理事が手伝ってくれと言い出した。それまで、時間調整のように、面接希望者が来るまで時間を過ごすために手持無沙汰だった。それが、突然言い出したもので、不愉快になった。
 「なんでもっと早く言わない。」
そう言って、何をするのかと思ったら、親族が亡くなってそのままになっていた家から、
何故か戸が運び込まれていたのだ。それも、古くて使えそうもない戸や敷戸のようなものがいくつか運ばれていた。
 そのうえ、何かミシンを載せていたような箱もあった。それは使わないので捨てることになっていたのだが、それを返してくれと言うことになった。それを運ぶのに、一時保管場所まで集める必要があった。
 そんなことをしている間に、面接者が来た。一目見ただけで、大阪市で展開しているNPO法人責任者らに任せて運ぶ仕事を続けた。
 そうすると、今度は隣の焼き鳥屋の女主人が来て、話があると居宅介護支援事業所管理者を通じて、私を呼ぼうとする。
 「何か話があるようです。」
 「忙しいのに、何で聞かないといけない。見ればわかるだろう。」
そう言っていると、今度は私を待ち受けるように運んでいるところに現れる。
 「何か、裏のカギを下さいと言っています。」
 「無いよ。」
そんな、言いぐさをしたのであきらめて行ったのかと思ったら、近所の散髪屋などに何かを言っている。
 後から分かったが、私どもと隣の焼き鳥屋の建物の隣接境界線のところに猫がいて、フンをするので、掃除をしたいのでその隣接場所に入るカギをくれというのだ。
 当社の敷地内なので、自分たちで掃除をすると言っているのだが、自分が入って掃除をするときかない。
 どうやら、情報だと、迷惑だと言っているその焼き鳥屋の女将が餌をまいているとのうわさだ。つまり、マッチポンプをしているというのだ。
 当社で掃除をすると言っているのに、強引にその場所に入るカギをくれとはいったいどういうことなのだろう。
 そんな不愉快なことも忘れるような、素敵な面接者だった。面接した女性社員が口を揃えて、
 「あんな人が欲しいと思っていた人材が来た。本当にコミュニケーションは素晴らしいし、ヘルパーの資格も持っている。PCも長い間パナソニックで労務管理などをしていたし、アメリカ帰りの素晴らしい人だった。」

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