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トップハート物語(5997)立志伝敢闘編
20/09/18
2015年(平成27年)7月末日。
最後の将軍ではないが、私は最後のそして最初のこの会社の社長となる。それは、間違いはないが、社員となると私が決める訳ではない。
 朝一番で来たのは、この守口の介護責任者。通院している、
「精神科に行くように言われました。」
と、言う。
 それはそれとして、これまで、彼女に代わる人材が居なくて放置していた面がある。
責任感が強いのは分かるが、何を考えているのか分からないし、指示を聞かない。それが、重要な部署のトップではどうなるのか予想がつく。
その彼女が来て、
「管理者はどうなるのですか。辞めるのですか。」
「奴は、私に全部話をしていると他の者に言っているが、何も聞いていない。引っ掻き回して自分がどれほど重要か、みんなが慌てふためくのを見て満足しているのだろう。無視したらいい。」
 そんな話から始まって、介護タクシーをどうするのか話し合いになった。
 この件は、何年も前から話をしている。
私は一貫して
 「収支が図れるなら維持するし、計れないなら止めろ。」
と、言っている。
 それを、いつも
「営業はします。こんな感じでします。」
と言って作った見せかけのパンフレットを持ってきたりするが、何もしない。
また、二種免許を会社の資金で受験させるが取得しても辞めてしまう。
 そんな、感じで終わってしまっていて、今回も数か月前に常勤で男性社員を採用したが、
 「営業をして貰って、仕事を確保します。」
そう言っておきながら、何もせずに5万円の介護タクシーの収入に対してこの男性の人件費だけで15万円も供出。
 その点を聞いた。
 「試験的に採用していた男性ですが、お話したら今後は何とか頑張ると。そして、新たな男性に話をしたら、やってみると。」
 「もう、そんな話はどうでもいい。収支はどうなっているんだ。」
 「収支なんて考えていないです。」
 「それは、どういうことだ。これまで、何年も何度も聞いているだろう。駐車場だけでも年間1台18万円かかる。5台分で90万円だ。保険だって100万円かかる。ガソリン代だって年間100万円以上は支払っている。それで、収支なんて考えていないとはどういうことだ。止めたらいいだろう。」
 「それじゃいいです、廃止したらいいんですね。」
 まるで、売り言葉に買い言葉。
 こんなばかげたことに長期間を費やしていて、時間を潰していたのか。
 「自分たちで検討するように、何度も言っていただろう。営業しますとかパンフレットはこう作りましたとか、調子のいいこと言って。介護タクシーを止めれば、収入が減るとか言って、大体何人くらい介護タクシーを利用しているんだ。」
 「分かりません。」
 「分からないとはどういうことだ。せっかくケアの依頼があっても、時間が合わないとかヘルパーがいないとか言って、断っているのに、どうして介護タクシーだけ断れないんだ。」
 本社の管理者は数か月前に管理者になったばかりだ。
 その管理者は、収支がならない介護タクシーは断っているという。
 それが当たり前だ。こんな奴とこれまで仕事をしていたのかと思うと、がっくりくる。今後、その思いを忘れずに情を挟まずにやっていこうと決めた。
 そのあと、虚言ばかり言って、自分の能力を示そうとうごめいている介護・支援管理者が来た。数か月前に、不登校になった子供のことを思って退職を示唆してきたが、それがその後も、いやその前から画策をして、それも訳が分からない言動を振り撒いて周辺から変な噂が飛び交っていた。
 あまり真剣に聞かないが、やっと本心の一部を言ってきた。
 「こどもに寄り添っていたいので、有給休暇を8月、9月と頂いて末に正式に退職したいと思います。」
 「そうですか、家族のことが理由では仕方がないですね。」
そう言って冷静に対応した。
 頭の中では、彼女に支払っている毎月の負担は人件費だけで社会保険料込で月額50万円程度になる。それが、なくなる。彼女の生み出す金額は直接的には10万円も行かない。管理者としての名声はあるが、その金額とは関係がない。
 あとの会話は馬鹿し合いで、表面的には冷静に対処した。
 11時ころに、思いついた。大阪市内でNPO法人として事業活動をしているKさんを呼び寄せて、復職させようと思った。現在は株式会社から出向しているのだ。昨今の業務を、見ると、このままでは依頼に応じきれずに崩壊する。
 辞令を大急ぎで作成して、新設の部門に配属を言い渡した。そうすると、涙目になって
 「ケアマネジャーとして信頼を得て来て、最近やっと仕事の依頼が来るようになったんです。」
 「分かった、それなら考えるきっかけとしてでいいから。期限を切らずにします。」
 しかし、しばらくすると受け入れると言い出した。
 何もせずに、多くの時間を費やして、ほとんど利用者がいないケアプランセンターだったのだ。嘘泣きの名人だった。

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