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トップハート物語(5947)立志伝敢闘編
20/08/23
2015年(平成27年)6月中旬。
 朝、五反田の「ゆうぽうと」で起きて、バイキングを食べに降りた。大勢の人が居たが、ほとんどが外人。と言っても、多分中国人。どこに行っても中国人だらけ。
 先月、和歌山に後見の仕事で行って、ホテルで食事したがその時に中国人がいて、というより私たち以外は中国人で、バイキングの珈琲をポットに詰め込んで、こいつら一体何様だと言いたくくらいだったが、今度も中国人で煩いことおびただしい。
 ゆっくり食べていられないほど、煩い。しかし、食べないと行けないので端っこで食べていた。パンがおいしくて、お代わりをしようと立って行った。戻って来ると、残していたナイフとかバターとかも一緒に片付けようとしていた。
 私に気付いて、謝っていたが仕方がない。腰が痛い。かなり痛い。やはり、重いものを持って移動するので、骨が潰れているのかも知れないと、心配している。
 部屋に戻って、着替えて埼玉に向かった。大宮駅で妻と待ち合わせだ。今夜の6時近くまでは空いているので、妻と大宮で待ち合わせした。約束は11時半だったが結構早く着いた。チェックアウトが10時までなので、出てから五反田駅に行って品川で乗り換えて快速で大宮に。
 妻も早目に来てくれていたので、そんなに待たずにコンコースの豆の木で落ちあってそのまま「そごう」に行った。まだ食事は早いので、うろうろすることにした。妻の買い物に付き合ったのだが、いつものように買うと見せかけて店員をその気にさせて、結局買わない。
 「何だ、また買わないのか。」
確かに、結構いい値段をしていたがいつもだから、傍から見ていても腹が立つ。俺が出してもいいと思って居たが、怒っただけで止めた。
 私が
「バックが重いので、腰が痛い。」
 と、言ってコインロッカーに預けて来たのだが、それをみて、
 「バックに入る小さいバックを買って、必要なものだけを持って歩いたら。」
 妻は、一度言い出したらきかない。
 仕方がなく、それに従って歩いた。ロフトや無印良品など行ったが、何を思って居るのか、行くのはお婆さん連中が下げている袋のコーナーばかり。
 「普段は、カバンの中に入れて置いて、必要な時に取り出して、使えばいい。」
 と、言って居るのは分かるのだが、何も婆さん連中の手提げ袋など使えるか。
 いろいろ回って、結果的に薄いケースのようなものを買ったのだが。結果的に折り畳みは出来ないので、カバンの外に入れる部分に入れることになるのだが、邪魔で仕方がなかった。
 そのあと、コロコロがついたバックを買うようにと百貨店のブランド品の店に行く。確かに、それだったら楽だが、私が普段補講していて邪魔で仕方ないと思って居るのにそれを使用する訳には行かない。
 「使い方だ。」
と言うが、結果的に邪魔な使い方になるような気がして、いまのところ拒否。
 バックセットで10万円くらいしていた。軽いものもあったが、それでも今は買う気が無い。それでも、妻は買うようなそぶりを見せるから店員が、あれこれと言い挟みを持って来て、閉めてあるような紐などを切ったりして、
 「今日までならお買得の10%引きで、例えば3万円のものを27000円で販売します。」
 「別に、金銭の問題じゃないから。」
 そう言って、カタログだけ貰って来た。
 そのカタログを見ると、3万円を27000円でと言って居た商品が、定価27000円だった。とんでもない男性店員だった。
 食事は寿司にした。店長すすめの3500円のお任せコースにした。勿論、美味しかった。昨日の、立ち食い「魚がし」と同じくらいだったが、こちらの方が安いネタは全くなしなので、勿論高級感があった。
 終わってから、駅に入って、エキナカでコーヒーを飲んで途中で別れて、私は再び快速に乗って東京駅に入った。
 東京駅で降りて、駅前の「KITTE」地下に降りた。人が多くて喫茶店が空いていない。約束の時間まで、まだだいぶある。思いカバンを下げて、歩いているのだが腰に来ているので、空いている喫茶店の外の椅子に座った。
 そこで、暫く休んで。1時間後、席が空いたので座った。珈琲を飲んでモンブランケーキを頂いた。ネットなどを見ながら待っていると、やっと、この件でパートナーの役員が来た。後見事業のさらなる発展で、段々と実現が見えて来たのだ。
 今回の目的は、千葉にあるこの日本で一番の後見専門のNPO法人の訪問だったが、ついでにとなっていた筈の、私の後見の恩師に会うことになった。事業の進展がどうしても遅くなるので、恩師に連絡して全面的な協力を仰いだのだ。
 昨夜は、快諾してくれていた。事業展開に全面的な協力を頂く事なったのだ。
 その打ち合わせをさせて頂く事になった。わざわざ、このために群馬から来るのだ。この遠方に、みんな、三者三様の遠方会談となったのだ。
 私が事前に、地下レストランの「秋田や」に予約を入れていた。そこに移動することにした。時間は7時だった。丁度先生も来たところだった。
 挨拶もそこそこに、早速事業展開の話を切り出した。何故なら、恩師も9時半まででそのあと、再び群馬県に帰らないと行けないのだ。
 多くの時間を、私たちの事業展開の話をさせて頂く事になっていたのだが、いつものように恩師の独壇場で大半が終わった。とにかく、困ったモノだが、昨夜の話と少しずつニュアンスが異なってきた。
 予想されたことだが、これは、一筋縄ではいかぬことになった。明日は、千葉で仕事が終わった後、再び話をするのだが、果たして。

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