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トップハート物語(5941)立志伝敢闘編
20/08/20
2015年(平成27年)6月初旬。
朝、相談支援事業所の管理者が来て話をする。彼女の義理の父が数日前に亡くなった。その報告も兼ねて来た。
 「納棺師の仕事を見て憧れました。そんな仕事をしてみたい。」
 そう言って、その方が話をした交通事故死で顔が損傷した人の復顔と化粧などを聞き、自分も一緒に義父の体を感謝しながら拭いた話を聞いた。
 忙しいので、中途半端になったが、NPO法人常勤理事に早く来て貰って、地域包括支援センターに行った。先日、他の地域包括支援センターから依頼のあった「成年後見セミナー」に関して、連絡が先日あった。
 「佐藤さんのセミナーは面白い、と聞いたんですがうちでもやって下さい。」
 そんな電話だった。
その電話をくれた管理者は、もう15年来の付き合いだが、ケアマネジャーをしてからは余り交流が無くなった。私は営業をしないので仕事が来なければ、会わない。ということは仕事の紹介が無かったという事だ。
 もう、長期間7,8年は会って居なかった。既に15年前から偉かった。地域包括支援センターが出来た時から、最初から管理者だった。
 その懐かしい顔も、地域包括支援センターの広報では見ていた。私は現在のお顔を知って居たが、彼は女私が成年後見人をしているとは知って居たが、他の地域包括支援センターでセミナーをしている佐藤が、その佐藤だとは知らなかった。
 以前と同じ総合病院内にあるものと思って行ったのだが、その場所は地域連携室に替わっていた。受付で聞くと、
 「玄関を出て2件隣りです。」
そう言われて、向かった。
 戸を開けると、全く以前と変わりのない可愛い感じの、ケアマネジャー会でも目立った可愛さそのままの管理者が目に入った。
 それから、長時間のお話に花が咲いた。
 成年後見セミナーの打ち合わせだが、最初は、事例の話をした。というのも、
 「あちらの話は、事例を3分の1、後見人が審判されるまでの選択肢が3分の1、認知症などの予防や地域包括ケアシステムに3分の1ですが、どうしますか。」
 「予防などはまた他の分野ですので、後見の話しを中心にお願いします。」
 そんな話から始まって、先日訪問した和歌山の生き別れだったのが、死に別れと聞いていたお子さんを発見して後見人申し立て人になってくれるように依頼して、その話を聞いて親が生きているのが分かって、
 「まるで、ドラマの世界です。」
 と、感激していた話をした。
「後見人になるということは、財産管理や身上監護で決められている条文だけではなく、人生に喜びを与える機会にもなるのだ。」
と、言った。
そんな話から、次から次へと事例が出て来てとどまらない。
 その間でも、私のこの地域での事業活動を色々聞かれた。
 事業所運営から、養成校の設置、居宅介護支援事業所の設置、障碍者支援の件、介護タクシー、自費の対応。NPO法人設置の件。
 それらを織り交ぜて、私がこの土地に来た最初の立ち上げの話になった。
「佐藤さん、居宅介護支援事業所に営業に来た時には怪しいおじさんだと思った。」
「あの時には、名刺を作るお金が無くて、模造紙に書いて切り取って書いて行った。」
「そうそう、名刺より大きな紙だったよね。」
「えっ、ここにも挨拶に来たんだ。覚えていてくれていたんですか。証言者がいたと思うと嬉しいです。その時の、初めての営業をひと月やって、結果的には実績は0円だったんです。もう、埼玉に帰ろうと思ったんです。」
 そんな話を織り交ぜて、可愛い系の管理者も懐かしがって、また話し込む。
 それにしても、この方は何歳なのだろうと思う。だって、本当に若々しい上に可愛い系だから、余計に若い印象を感じてしまう。
 と、そういった話にのめり込んでしまって、本題にはずっと時間が過ぎてからになった。
 結果的には、二か所で演題は地域包括支援センターで考えることになった。私に考えてと言われても、恥ずかしいので止めた。
 携帯電話のmailで次の予定に遅れるとの、NPO法人常勤理事からのアドバイスで気付いて時計を見ると既に12時半だった。それから移動しても、ギリギリだと慌てて挨拶もそこそこに飛び出した。
 この日は、期待を持ってパートナー企業との話に臨んだ。その期待を裏切ることなく、話が進行した。大きく具体化した。それは、そのパートナー企業の責任者常務が提案した内容を、私が受け入れたことに起因する。
 成年後見を学んだ恩師との連絡だ。そのパートナー企業は、恩師の活動を高評価していて、「出来れば連携して。」
 との希望だったが、その性格から私は躊躇していた。
 しかし、時間が無いのを悟って、連絡を取った。そのパートナー企業との話に入る直前に連絡が来て、11日夜東京で会うことになった。その勢いで、恩師がパートナーとなるとすごくプランが進展する。一気に進展するのだ。
 私が取得した民間資格の名称は誰もが欲しがる名称だ。国が進める国会議員が顧問の組織や大きな組織が定款で謳って居る名称だ。それが、私が持っているとなると、慌てるだろう。それが見えたのだ。だから、早急に全国的な組織を作って始めないと行けない。
 そのために、どうしても恩師の力が必要になったのだ。双方、良い方向の話だった。勢いが付いて来る。

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