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トップハート物語(5934)立志伝敢闘編
20/08/17
2015年(平成27年)5月下旬。
 今日は午後から帰省する予定だった。何時に行くかは決めてはいない。今日中に受けないと定期健康診断の機会を逃す。是が非でも今月中に行かないと行けない使命感を強く感じながら、スタートした。
 朝はいつものように出勤し、仕事をして9時過ぎにNPO法人常勤理事が出勤して来て、一緒に出た。10時に地域包括支援センターに向かって被後見人の診断書を頂くのだ。
 申し立てを取り下げした後に、再申し立ての手続きを取ったが「後見用診断書」は再提出になった。その手続きを地域包括支援センター担当者にお願いしていたのだ。
 それを、受取りそのままソフトバンクに行った。これまで、最高40台を超えていた法人契約の携帯電話の解約を断続的に続けている。一番の問題は、私用に使用することだ。そのために、金額が異常に多いので追及することになるが、白を切る。証拠をソフトバンクに要求する手間が掛かる。
 それでも白を切る社員を抑えるのに手続きを取る。そして、証拠が揃うと直ぐに認める。しかし、多額の使用した料金は支払おうともしない。だから、取り上げて解約するのだ。
 しかし、今回は、使用していない常勤ヘルパーさんの形態を解約するために4台のモバイルを持って行った。
 しかし、不思議なことに3台の電話番号は分かったのだが、1台が分からない。私が確認した時にはシールに明記してあったので、そのシールを携帯電話に貼り付けて持って行ったのだがその場に着くと消えていた。つまり、数字が消えてなくなっていたのだ。
 調べるために、電源を入れたが分からない。仕方がなく、その携帯電話を含めて2台持って来た介護支援管理者にmailで
 『先日2台持って来た携帯電話の使用者を教えて下さい。』
 そう送ったが、1台は分かっている方でもう一台が何だか分からない説明で、要領を得ない。
いつものことだが、聞いたことに応えないで型式などを聞いて来る。誰と誰だと言ってくれれば終わるのだが、それを言わないで余計なことを聞いて来るので、面倒だから今日は1台だけ諦めて次に移動した。
 それでも、まだ30台以上の携帯電話を法人契約して、社員に渡している。
 銀行に立ち寄り処理して、吉野家に久しぶりに入った。今日はあまり時間が無いので、早くて美味しくて安い吉野家が一番だ。私はもう就職してからの吉野家一本槍だ。他の牛丼は食べない。匂いが合わないし、一度だけ他の牛丼屋に入ったら冷たくて、ご飯が「だま」になっていた。
 今日は、牛鮭定食にした。本当は、野菜の入った新発売の丼物にしようと思ったが、まだ、冒険をする気持ちにならなかった。
 移動途中で降ろして貰って、モノレールの始発駅に入った。そこから、パートナー企業へ向かうのだ。
 新たなテーマに向かって提携先となったのだが、どうやって彼らが当社に関わるのか、その点を模索している。
 早く着いた。まだ40分ほどあるので近所を歩こうと思った。天神様が近くにあると、矢印が出ていたので、その方向に向かった。新しい街で、街路樹や植栽が綺麗に手入れしてある。
 遊歩道を方面に向かって居ると、下の花壇の手入れをしている業者が見えた。なんと、今、つつじが花盛りなのに、チェーンソーで花を切り落とすように広い範囲でやっていた。何という事をするのか、と怒りに思う。
 いくら整理したいと言っても、丁度花盛りでみんなが目で楽しみたい時期だ。それを、どうして切り取っているのか分からない。馬鹿げたことを人間はするものだ。
勿論、徒歩8分など信用していない。ほぼ坂道。丘陵に出来た街で、新しいマンション群の間を縫って天神様に到達。
 珍しく、菅原道真公なので賽銭を弾んだ。100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、そして、割り切れるように1円玉を2枚。
 参拝が終わると、今度は下り坂が上り坂になる道を戻る。リハビリ中の老人が職員に連れられて励まされながら、歩けない。それを追い抜いてゆっくりと戻る。このくらい余裕があれば、歩ける。
 昨日の事だった。
 ソフトバンクから、戻りながらイオンモールの中にあるクリニックに向かった。私の主治医だ。朝、定期検診時に必ず体重を量って記録して行くのだが、体重計が見当たらない。妻が来た時にどこかに仕舞ってしまったのだ。
 仕方がなく、大体の数字を記入して持って行った。
 先月血液検査をしたのだが、結果は今日だ。頂いた結果は、すこぶる良くすべての数字が標準内だが、薬を5種類飲んでいる。そのお蔭で、その数字が保たれる。
 「数字はいいけど、体重を減らさないと。もっと減れば、薬を減らすことが出来る。」
 そう言って、いつも注意を喚起する。
 私もそれを目標にしているのだが、いつも増えるばかり。だから、最近は思いカバンを持って、沢山の歩数を数える。
 一旦部屋に戻って、食事をして休む。予定では2時頃の出発予定を立てていたが、重い鞄を持って歩くのが堪えるようで、疲れがピークで起きることが出来ない。同じように、新幹線の中でも眠って起きたが、直ぐには姿勢を正せないまま暫くしてから、体を起こした。
 東京駅から直通になった宇都宮線に乗って自宅のある東大宮駅について、歩いて家に8時前に到着。夕食は私の好きな魚のオンパレードだった。

「ドドドッ」。地鳴りのような音とともに噴き上がり迫る黒い噴煙-。

鹿児島・口永良部島の爆発的噴火から一夜明けた30日、衝撃の瞬間を映像に収めた少年は、避難先の屋久島で「怖いというより、びっくりしていた」と当時を振り返った。
 口永良部島の本村地区にある屋久島町立金岳中学2年の二神遼君(13)は、噴火直後の29日午前10時ごろ、とっさにカメラを手に。動画モードで映像を撮影した。
 二神君によると、噴火直前、エレベーターで高層階に上った時のように「キーン」と耳鳴りがし、窓ガラスがガタガタと揺れた。「気付いたらドドドドドッて。『噴火だ。大変だ』って」。撮影した映像には、ともに逃げた母尚子さんに、やや上ずった声で「ボーンて言わなかった?」と問い掛ける音声も残されているが、一夜明けた今、爆発音を聞いた記憶はない。ただ、尚子さんの悲鳴が耳に残っている。
 「急いでよ!」「渦巻いてるし」。噴煙が「ドボドボ」と迫る中、尚子さんと2人、ヘルメットをかぶって車で番屋ケ峰の一時避難所へ向かった。小学3年の弟、琉泉君(8)とも無事合流したが、避難所の中でも「きゃーっ」と悲鳴を上げる住民がいた。
 緊迫の映像をキャッチできたのは、天然記念物のエラブオオコウモリの撮影が趣味で、「何かあったら撮る」という習慣からの行動の結果だった。改めて映像を確認し、「実際に見ていた時よりもすごい」と声を震わせた。(2015/05/30-17:38)2015/05/30-17:38

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