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トップハート物語(5931)立志伝敢闘編
20/08/15
2015年(平成27年)5月下旬。
面接依頼がハローワークからあったので、面接した。男性で既に50歳を超えていた。超えていたが、何かしら得るものがあるかもしれないで面接した。当社は、社員であれば介護福祉士が最低限の資格だ。それでも、何か得られるものがあれば評価して何とかしたいと思うので、いつもの隣のイオンモール内にある喫茶店に向かった。
 その前に、このフロアにある居宅介護支援事業所管理者が来たので、面接に同席できるかどうか聞いた。いつも、最近の面接には同席して貰って居る。自分の判断では自信が無くなったのだ。いつも、騙されていいなと思って居ると完全に遣られてしまうのだ。
 ここ数回はそのようなことになったので、自信を失って居た。しかし、彼女も仕事が忙しくて、無理だった。10時の約束に向かった。15分前にクリーニング店に立ち寄ってから喫茶室に入った。10時数分前に来た男性がその面接の相手だと分かったのだが、相手は私の顔を見て何かさがすそぶりを見せてから、店から出て行った。
 私から声を掛けて欲しかったのか、それとも私の出で立ちが面接をするような姿ではなかったので、眼に入らなかったのか。
 電話があり、彼だ。中にいると言うと入って来た。そして、低姿勢の印象のいい挨拶をして来た。人の良さそうな、いい人間のように感じてホッとした。直ぐに、話に入った。彼の簡単な経歴を聞いた。そのうえで、当社の方針を話した。
 「給与はどの程度考えていますか。」
 「今の介護事業所で社会保険に入りたいので、手取りで20万程度は欲しいと思います。」
 その前に、家族構成を話した。
 大変な状態で、一生懸命に働かないと行けない立場だと理解した。
 「当社の給与は、働いた分だけ支払うようになっている。最低限の固定給とプラスアルファになります。手取り20万円という事は額面で25万程度ですか。」
 「いや、もう少し欲しいです。」
 「いいですか、今ヘルパー2級でガイドを持っている。しかし、出来るのはヘルパーさんだけで、当社としては年齢からも男性という立場からも管理的なものを近い将来的に期待したいので、その意味から、既に3年以上の経験を積んでいるなら介護福祉士を取得する。そして、5年後にはケアマネジャーや相談支援などの立場になって欲しいと思って居ます。そうしないと、ヘルパーだけの仕事で評価するようになって、その金額を得るためには40万円以上の仕事をして貰うシフトを組まないと行けない。」
 そう言うと、渋い顔になった。
 返事が止まった。よく見ると、以前いた中年の男性とダブって来た。腰が低くて、人当たりは良かったが、仕事をしない。サボりばかりで結果が出ない。出さない。何かというと病気だと言い、労災などを要求する。
 最後には裏切って、変な辞め方をした。裏切って、裏切った業者の言葉に乗せられて移籍しようとしたが、能が無いのがバレてしまって相手にも相手されずに、消え去った。
 そんな感じの奴だった。意欲が無く、やる気もなく、資格を取得するように言っても、無理だと言い出して、将来的な管理も出来ないと言う。実力に自信がない。サービス残業をずっとさせられて、辞めたと言った。
 次の会社も法外な時間労働をさせられて辞めたと言った。
 「パソコンが出来るので、毎日夜遅くまで資料を作らせられて、残業代が付かないサービス残業に。休日出勤させられて仕事をさせられ、残業もつかずに、6時間程度仕事をさせられて、突然、今日は休暇なので帰って下さいとか。」
 「信じられない、そんなことがあるんだ。」
 「遠方の仕事に派遣されて、朝6時に行ってくれとか言われて電車が無いので無理だと言うと、近くの事務所に泊まってくれとか、帰れない仕事もあり、それも事務所に泊まってくれとか言われて。」
 逃げるから、そうなるのだ。
 そんな形でいつまで、何歳まで働く積りだと言って、キャリアアップするように言っても、まったくそんな気が無く、困惑したような顔になる。一体何を考えているのか。子供も沢山いるのに、おかしいだろう。
 一時的な腰掛で何かを考えているようだった。
 「うちは、自己管理だから誰も時間の管理などしない。ただ、成果は結果で分かる。」
 「空いている時間は、やはり事務をするんですか。」
 そんなことを聞いたり、仕事をせずに給与を貰おうとした、あの男もいた。
 でかいことばかり言って、不満ばかり言って、そのうえ、経験もないのにサービス提供責任者の仕事までさせられていたとか、身体介護ばかりしていたとか言っていたが、実は全く何もできずに、身体などしたことが無いという事がばれてしまったが、社員の契約をしてしまって後の祭りだった。
 そんな男の過去をよみがえらせたような、この男だった。
諦めて、どうしますかと聞いた。自信がない、本当にすみませんと謝っていたのだが、取り敢えず、履歴書など預かって他も申し込んでいるのだろうから、と返事待ちとなった。
 朝一番で、先日地域包括支援センター担当者から後見対応の依頼のあったご本人の件で電話があった。
 「昨夜、同居人が精神的なパニックに見舞われて大変だったようで、方々に電話していたようなので、早めに対応を宜しくお願いします。」
 そう言われて、電話して3時に訪問することにした。
 しかし、その後2回も何時に来るのかと問い合わせがあった。
 ゆうちょ銀行で、被後見人の相続手続きを行ってから訪問した。人生に歴史ありの、私にとっては本当に楽しい時間だが、その人生の歴史は厳しい内容だった。戦争が齎せた大きな過去の痕跡が残っていた。私が過ごした街の近くの、東京の二子玉川園や自由が丘、田園調布などの名前が出て来た。そこに住んでいたと言う。

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