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トップハート物語(5917)立志伝敢闘編
20/08/08
2015年(平成27年)5月中旬。
何と言っても、嬉しい知らせがあったので、それを第一番目に書くことにする。私は、先日来、新たな事業と位置付けてフードに関連するものを創造していた。それを、具体化するにはどうしても人の力を借りないと出来ない。
 全く異なる事業では、門外漢で素人だ。その力を外部に求めながら実現しようとしていた。その案を活かすためにはどうしても、ブランドが必要だ。そのブランドの持ち主と知り合ったのも、政策金融公庫のセミナーだった。
 それも、新たな事業にはフードビジネスの知識が必要でその知識を求めてセミナーに参加したのだ。政策金融公庫の講師なので立派な一流に決まっている。その一流の方が今回も現在もお世話になっている、アドバイザーだ。
 書籍を40冊以上も出版しているカリスマだ。そのカリスマと一緒に考え創造しているのだが、中心は私だ。私の考えで動いているのだ。
 その最初のプランが進んでいたのだが、その死命を制しているのは能力開発機構だ。無くなったと思ったら、まだ残っているのだ。仕訳だと言って民主党内閣が遊んでいたが、全く何の実行もなかった。
 その能力開発機構へ打診してくれるように、異動した元本社管理者に指示した。その指示に基づいて行って来たようだ。
 報告は自主的に無かったので、行って居ないのかと思って居た。たまたま、退職することになった彼が、有給休暇や退職願の処理にどうしたらいいのかをmailして来た。私は、辞める奴のことなどどうでもいいので
 『自分で決めたように有給休暇を使用して結構です。とろこで、飲食関係の打診は如何でしたか。』
 そう聞いた。
 期待していなかったが、返事は
  『やっていないことなので、興味を示されました。早くカリキュラムを見たいとのことで、好印象です』
 そんな返事に、欣喜雀躍して直ぐにカリスマにmailを送った。
 しかし、拍子抜けしたが、返事はそれから4時間後だった。
 丁度私が会議をしていたので、出られなかったが留守番電話があった。
 非常に喜んでいて、益々やる気が出て来たという事だった。
 その留守番電話で私も満足していたが夜になって、また電話があった。夜の9時過ぎだった。再度、喜んで
 「生意気なようですが、何度も言いますが他の事を他の方に任せてこの事業に集中して下さい。色々できることは分かっています。遣れるからと言って幅を拡げたら何も出来なくなってしまう。どっしりと構えて、仕事をするように。」
 などと、いつも小さなことをし過ぎると注意を受けていた。
それにしても、怖いくらいの動きで私は大丈夫だろうか。
 朝一番で、大阪市にあるNPO法人責任者が来た。昨日、私が東京でカリスマアドバイザーから受けた指導の中に、サロンで設置が決定しているパン焼き機の購入を止めるように言われていた。それを、NPO法人常勤理事に伝えたので、その伝え方がどうだったのか分からないが、突然の方針変更でパニックになって確認しに来たのだ。
 「パンの扱いを止めると聞いたのですが。」
 「誰もそんなことは言って居ない。パン焼き機の購入を止めると言ったんだ。パンの扱いは、パン焼き機が無くても出来る。製造卸から購入するとか、隣のパン屋のパンの持ち込みを認めるとか。」
 「そうですか、NPO法人常勤理事に辞めると聞いたので。」
 「俺も最近は人の話を聞くようになった。確かに、立ち止まって考えてみればそうかもしれない。カリスマが言うのには、パン焼き機を300万円掛けて購入しても償却は出来ない。例えば、佐藤さんだからやれるのかも知れない。しかし、目的はこのサロンを全国展開したい、フランチャイズチェーンをしたいと思って居るなら、止めた方がいい。フランチャイズは素人でも出来る。資金が無くても出来るプランが一番いい。それを、するなら、社長の顔でとか、長い付き合いがあったからではダメだ。そう言われた。」
 納得した顔があった。
 私どもは、このサロンを如何にして全国展開するのかのモデルを作っている。
 「パン焼き機を購入して重荷を背負うより、どうやって売り上げを上げるかそれを検討しないと。どんなシステムにするか。イスやテーブルに金を掛けない。いつでも、取り換えることが出来る安物でいい。そんなことも言われた。」
 そうして、私たちの目指す方向がどういった方向に行くのか考える必要があると説明した。
 このサロンとフード関係の新たな展開を私たちは模索する。
 彼女に続いて、介護支援部署の管理者が来た。売り上げは、支援は予定通りなのだが、介護は相変わらずで、
 「どうして介護はダメなのだ。折角、加算をみんなに分配しようと思って居た。」
 「返戻があるようで。」
 「幾らある。それをはっきりさせないと。」
 そう言われて、答えられない。
 そして、相談支援の管理者が来た。揃って、元気な話になり少しはいいかな。
 出て、郵便局で成年後見人の仕事をした。相続関係がなかなか進まない。手続きに時間が掛かるので、うまく行かない。この日も1時間以上掛かって、貯金は何とかなったが、保険は担当者がいないと全く進まず。
 戻る時間も、そんな感じなので、予定より遅くなった。そのために、約束していたソフト関係の会社の方との打ち合わせが遅くなった。
 ソフト会社には私が補助金の申請書を行ったので、そのプランに沿ったソフト開発だった。説明するにしても、基本が分かっていないと中々説明しにくい。
 一般的な話ならいいのだが、福祉が絡んでくると専門的になってしまう。それでも、何とか説明が出来たが。
 それが終わると、いい話が入った。以前、私がヒントを与えたソフトが開発されたと説明があった。
 しかし、収益をどう立てるかが問題だ。その問題解決を私が持っていた。
 そんな大きな仕事が生まれるのかと、自分だけ分かっていてそう思った。事業化出来る、そのソフト。
 やってみる価値がある。いつも、誰かが手伝ってくれればと思って居たが、自分がやってみるか。そんな勢いを持ってしまって居る、現在の私だ。
ITを使って、現在の後見事業をシステム化して効率よく対応しないと対処できなくなるような勢いなので、ソフト開発会社の者と打ち合わせしている最中に、何度も電話があったが出られなかった。
打ち合わせが終わって確認すると、携帯電話や固定電話に何度も同じ電話番号が着信履歴を残していた。
また、後から気付いたがmailでの問い合わせも受けていた人物は同じ人物だった。
留守番電話には、相談したいことがあるので折り返し連絡が欲しいと携帯電話番号を録音してあった。
「6月に市で成年後見セミナーをされるという事ですが、その前に指導してくれないでしょうか。」
折り返し掛けた電話の相手は、そう言われた。
私が6月に講演会をすることは、まだ、内々に打診を受けていただけで、
「6月1日の市の広報で掲載し、周知してもいいでしょうか。」
との担当者からの打診があったのだが、どうしてその人物が知って居るのかは不明だ。
電話では詳しい話は不明だが、まだ良く成年後見制度を理解はしていないような感じだった。
自営をされているようで、数日後お会いすることになった。
その事例と同じ自営をされていて、認知症状が進行し申し立て書類を作成していた方に事故があったと連絡が来た。
「ご本人が倒れて、救急車で総合病院に運ばれたようです。親族から電話が来ました。」
と、NPO法人事務所に電話があったとの報告。
家族が、当方からサービスを受けているから電話したというが、全くスタートしていないし、ケアマネジャーや介護サービスを行って居る事業者は別だ。
受けて直ぐに後見紹介先の地域包括支援センターの担当者に連絡を取ったが既に6時半を回っており電話は留守番電話になってテープが応対するだけだった。
他の地域包括支援センターから依頼があった件、ご本人に家族親族が居ないと言って居たが戸籍等を取り寄せると大勢の親族が居ることが判明した。
問題は、市、地域包括支援センター、ケアマネジャーなどで対処の方向がどうなるのかカンファレンスがあったようだが方向が決まらないことだ。
誰が申立人になるのか、誰がその手続きを踏むのかを結論付けて欲しかった。
後見人候補は概ね当特定非営利活動法人ゆうかりが行う事で進展している。
また、夫が亡くなったが、戸籍を取り寄せると相続人がいることが分かった。
多くの事例を抱えて、新たなシステム開発が出来るかどうか。
それも併せて解決したい。

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