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トップハート物語(5891)立志伝敢闘編
20/07/21
2015年(平成27年)4月中旬。
 昨夜は、大阪市にあるNPO法人の現地調査が終了して、ご苦労様でしたの会を数人で行って終わとった。雨の中だったが、修了の連絡が有ったのは丁度議員からも物件を確認して契約することを決めていた、相手先の事務所内だった。
 政令指定都市にあるNPO法人責任者からの電話があった。
 「調査官から聞かれているのですが、処遇改善加算の配分をどうしているのかと。」
暫く説明したが、電話を調査官と替わった。
 一応、説明したが
 「私が聞いているのと返事は違って居ます。私が聞いているのは、申請内容の報告ではなく、実績の報告です。その点をその対象となるヘルパーさんに話をしていますか、という事なんです。」
 「済みません、それはしていないです。」
 「それはすることとなっているでしょう。結構、その点に関しては守られていない事業所が多く、従業員の方からも処遇改善を受けていないと言って来る方が居ます。」
 そう言って居た。
 そして、
 「雇用の契約書の件ですが、早急に文言を変更することにします。」
 「それは、私の方で指導する内容とは異なりますが、そのような内容だったと指摘しておきます。」
 その内容とは当社の登録ヘルパーさんとの契約は「業務委託契約書」である。しかし、これでは、指揮命令系統下に無いというのだ。
 「委託契約では、指示した仕事を断ることが出来るのですが、それでは指揮命令下に無いと言わざるを得ません。指示した仕事を断らないようにしないといけない。そうしないと、利用者に迷惑が掛かる。」
 そう言うのだ。
 しかし、厚生労働省のパンフレットを見ると、委託、登録などの名称があるが、実質的な指揮命令下にあるかどうかの問題で、・・・」
 と、書かれてあり、その文言の問題ではないという事だ。
 それも言わなかった。私はその調査の前に責任者に
 「どんなことでも肯定しなさい。目を真剣に見て、うなずきながら、そうですねと肯定しなさい。」
そう言って居た。
 さて、そんな色々あった調査が終わって、その終わった社員の慰労をしようと思ったが、色々な事情があるのだろう、用事がある、ケアがある、休暇を取得中などと結局責任者と、新たにNPO法人の相談支援事業所管理者となった相談専門員とNPO法人常勤理事が参加したこじんまりした打ち上げになった。
 その中では、責任者が鬱憤を晴らすように兄弟げんかの話を興奮して話をしていた。
 この朝は、家庭裁判所に行くことになっていた。9時15分の待ち合わせで、保佐から後見への申立遣りなおしだった。
 私が保佐をしている方の申立で、財産が見つかったのでその売却をしたいが、ご本人の同意を得られないので、後見の申立をするのだ。
 その場所に、あの悪徳代官のような京都の後見センターの責任者が来るのだ。私がこの世界に入るきっかけは、利用者へのケアマネジャーの業務の限界だ。それを解消する手段を考えていた時に、成年後見と言う耳慣れない言葉を目にした。
 ケアマネジャー向けへのサイトニュースから得た東京大学での「市民後見」学習だった。東京へ行くことは多くの地方の人にとっては大変なことなのだ。それが、私は埼玉県大宮に自宅があるので、四六時中帰宅して居るし何の事もないのだ。
 つまり、通学は10カ月程度あるのだ。概ね、毎月土日がその通学日だ。そのためには、宿泊する必要がある。宿泊費も掛かるし交通費と合わせると大体1回当たり6から8万円掛かるのだ。
 それでも、東京大学と言うブランドは魅力だったので全国から600人が集まった。第4期だった。その時に、講師にお願いして活動を活発化したいと思ってより一層のスキルアップする機会を得ることをお願いした。
 その時に紹介されたのが、京都のその後見センターの主宰者だった。見るからに人の良さそうな、優しい感じだったので安心してその彼が主催する学習会に参加した。
 何のことは無い、色々と市民後見の将来の発展の活動を全国的に拡大して行こうと言った呼び掛けに応じたのは、私一人ではなかった。結果的には、彼の助成金に繋がっていて途中で突然終わりだと、組織の解散を告げられた。
 それから、再構築しようと他のメンバーと話し合ったが、結果的にその京都の悪代官に邪魔されて壊された。また、当社の行った後見セミナーでは講師をお願いして、それがまた彼の補助金に繋がっているとは知らなかったのだ。
 多くの場面で邪魔されたが、後見人としての歩みの発端はその悪代官からの紹介で実践をすることが出来たのだ。
 その最初のご本人の後見申し立てが、その共同受任者がこの悪代官だったのだ。会うのも嫌だし、全く何もしていない名ばかりの共同受任だから今回の申し立て人から外れて欲しいと思って居た。
 しかし、しゃあしゃあと平然と、後見監督人の話で再び後見人として名乗りを上げて来た。何か利に敏い人物なので、その理由を探った。最初から金銭的なメリットが無かったので、すべて当特定非営利活動法人に委ねた。
 ところが、私が財産を発見した。不動産だ。その売却のために後見申し立てをしたのだが、報酬を得られると判断したに違いない。何故なら、交通費だけでも相当額負担するのだ。現段階では、ご本人の負担は期待できない。
 それでも、遠方から来た理由がある筈だ。
 会いたくないのだが、来たので挨拶をした。言葉は少ないし、話す気もしない。
 「現金はどの程度あるんですか。」
 彼の言葉で記憶があるのは、その程度だ。
 あとは、私と保佐監督人が話をしている家族信託の第一人者の事とそのメリットを考えて、保佐監督人が、私が見せたその第一人者の名刺を書き写していた。
 また、何か利に敏いことをしでかすかもしれない。私は相当の時間を使ってやっと、その第一人者に会えて、今後の活動を約束したのに。こいつはとんでもないやつだ。
 面接官の書記官の当たり外れはある。完全に外れだ。こいつは一体どんな感覚で裁判所に勤務しているのだ。
 時間短縮を図って、1週間前までに申立書を提出することになったので、それに従って保佐監督人が既にそうふしているのに、今日の朝、申立書を見始めたと言うのだ。
 馬鹿げている。裁判所だと言う理由で、私どもの我慢が強いられるとしたら問題ではないのか。寒い一室で始まった面談だ。保佐監督人は寒さの中で、咳き込んで大変な感じだった。
 スタートから終わるのが3時間半後だとは予想もしなかった。
 ちゃんと最初から見て置けば、あれがおかしいこれがおかしいとの質問なりが出来るのに、その場で初めて見るような感じだった。
 通帳の表紙が無い。つまり、絵の描いてあるようなそのページではなく、開くと印字してあるものをコピーしたのだが、表紙が無いと言う。
 日常生活費の計算が10円単位でおかしいとか、10万円以下のものであってもコピーが欲しいとか。
 介護保険被保険者証の写しが無いと言うが、それに代わる通知を添付したのだが、それは遠方にある施設が所持しているのを私が控えを貰って居ないこともあったのだが、それを付けろと言う。
 土地の問題や、相続人との関係が分からない部分もあるので、それも言われた。しかし、分からないものは分からない。
 私にはひっきりなしに電話が入る。無駄な時間を長時間過ごしたので、痺れを切らして電話を掛けたいと言って外に出た。
 後見の相談などがあった。6件ばかりの電話をして、暫く休んだ。寒くて寒くてどうしようもない。私が外に出ると、堰を切ったように他の同席者も出て来た。
 こいつはどうしよもない外れだと口々に言う。
 9時15分から始まって、既に12時を回っている。とんでもないやつで、12時を告げる合図を聞いておきながら無視して、暫くしてから
 「もう12時を回ったんですね。」
などと言って、12時半に終わって、ほとんど悪代官とは話をせずに別れた。
 夕方サロンの進展具合を確かめるために商店街に行った。

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