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トップハート物語(5888)立志伝敢闘編
20/07/20
2015年(平成27年)4月中旬。
朝は早く目覚めた。しかし、外は明るい。5時半頃に目覚めて洗面をして直ぐに出勤した。まだ、6時を回ったばかりだ。いつものように、必要な日常の事をした。
 一番最初は、介護事業所のホームページに投稿することだ。基本、写真がアップされるだが、最近は余り活動的ではないので、写真のストックが無い。仕方がなく、昨日は、以前上京した折に撮影した雲怪しくも乱れ来た富士山とのコラボだ。
 会社の社員の気持ちを憂いているのだが、気付くやつはいないだろう。
 それに加えて、介護福祉士、保育士、准看護師などの資格統一のニュースを流した。それは、私が既に何年も前に言っていたことだ。それが現実になるのだが、それも社員には通じないだろう。
 自己利益を図る社員の資質が段々と露わになって、自分を見つめ直す機会が無くなって居る。いや、有ったとしても気付かないし、無視している。
 それを、見越して私は自己研さんにまい進している。これが、これからの自分の生活になるかも知れないと思って。プランナーとか企画などを手掛けるコーディネーター的な仕事をしたいと、ずっと前から思って居たのだ。
 その位置に座れそうな、崖を手で掴んで登っているような、そんな位置にいる。
 その介護事業所のブログに投稿して、今度はニュースを毎日更新している。それは、私の事業者としての軌跡だ。それを、毎日2日分掲載している。既に8年前まで追いついて来た。それを、書き起こしながらあの時、この時のことを考えている。
 それが終わると、今度は特定非営利活動法人のブログに移る。毎日のことで、それは毎日後見の関係の事項はあるが、多くは個人情報の関係と地域密着の事例なので難しい。事実私が経験した内容を書くのが一番なのだが、それが出来ない時には世間のニュースを届ける。
 今日は、そうした。ある小学校の校庭でサッカーをしていた少年の蹴ったボールが校庭から外に出た。そのボールを避けようとした、走って来たバイクに乗車していた老人が転倒。脳に障害が発症して、それが原因で亡くなった。
 被害者の家族はその少年の親を管理者の責任として訴えた。一審、二審とも原告勝訴だ。親の監督責任がどこまでの範囲か。最高裁に上告した被告家族。結果は、被告の勝訴だ。
その問題は、未成年後見人に関わって来るのだ。 
 民法にも未成年後見人の監督責任があるからだ。
 そんな話題を時には提供する。
 そして、今度は行政書士会のネットワークに記録する。行政書士の先生は待機が基本だと思って居る。私は行動して勝ち取らないと、仕事は無いと言って居る。その実践を記録するのだ。 
 『行政書士は社会貢献に』
 との題名だ。
 私が証明しているのだ。
 それが終わると、今度は翌日の訪問介護ホームページに掲載するニュースを作成する。ここまでが、最低の業務で1時間から1時間半掛かる。
 それが終わると、前日の記録に掛かる。それが、概ね30分から1時間。最近は、社員が早朝から来るので、その記録が夜になったりすることもある。
 今日は、早目に出勤したので、前日記録を残してまだ7時台だった。そこから、職員の処遇改善加算の資料を作り出した。何しろ、補正予算が成立したばかりで必要な様式の提示がなされない。そのために、右往左往する。
 やっと、情報を入手したが、よくわからない説明文書で頭がおかしくなる。
 歌手で作曲家、音楽プロデューサー「つんく」さんが咽喉がんのために、生体摘出手術を受けて声を失った。
 母校近畿大学の卒業式に出席して画像でその告白をした。衝撃的だったが、ご本人の気持ちを口では何とでも言えるが、実体験は出来ない。
 ただ、私も数年前にはそのような場面に会うことになるかも知れない、と一瞬だったが悩んだこともあった。
 敗血症で、腕に膿が大量にたまった時に医師が
 「これは大変だ。どうしてこれほどになるまで放置していたんだ。血液検査をして、血液に菌が入って居たらアウトだ。良くても、右腕切断だ。家族を呼んでください。今すぐに手術しないと手遅れになる。」
 そう言われた時に、利き腕の右を切断した時のことを想像して、死んだ方が良いかも知れないと思った。
 その診察から30分後には手術台に上がっていた。気付いた時には、右腕はあったのだ。
そんな思いが、蘇った一瞬だった。
 天候が悪い日が続く。わずかに昨日が好天で、花見日和だった。その日前後、今日から再び悪天候が続く。寒い、風が強く、困ってしまった。意識が向上しなかったが、時間に追われていて、余計な気分にはならない。
 夕方、大阪市にあるNPO法人の責任者が来ることになっていた。しかし、実地調査用の資料が出来ていない。出来ていないながらも準備していた。しかし、明日また来ることになるのでは、二重の手間なので取りやめた。
 私の方は、処遇改善加算の申請書類が出来たので準備して終わった。それを、出しに郵便局に行った。念の為に、書留で送った。何しろ、15日まで出せと言うが、その通知はつい先日あったばかりだ。予算が遅れるとはこのことなのだ。
 それにしても、介護と支援の給与が加算金で賄われるとはどういったことか。これまでの、加算金常勤換算15000円に12000円が付け加えられる。合計27000円だ。これが、恒常的に出されるとは限らないのだ。
 止めたとなる時も来るのだ。その時は、どうするのだ。安い給与で働く業界のヘルパーさんたちに厳しい時代はこれから来るのだ。

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