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トップハート物語(5875)立志伝敢闘編
20/07/13
2015年(平成27年)3月下旬。
 今日の主目的は、この日本に於いて信託の第一人者と言われている方との話を成功させることだった。それが、結果的にうまく行ったのだ。大成功なので、大喜びなのだが問題は、それを、どう生かすかになった。一人でどう戦っていくのか。
 先日のフード関係と言い。第一人者とのコラボレーション企画が受け入れられたのだ。
 昨夜もそうなのだ。フードアドバイザーの実績満点で、この日本では最右翼のアドバイザーの方とのコラボでも、同意を得て進めることとなった。
 昨夜、再度その方から電話があった。
 「16日にお伺いしますが、その時に必要なカリキュラムと教本があったら揃えて置いてほしい。時間が有効に使いたいので、準備をお願いします。」
 そんな感じだ。
 一緒に教育をすることになった。それも、私にとっては新たな分野だ。その分野の第一人者が私を認めてくれた。その方とのコラボは武者震いがする。
 「私自身がブランドだ。ブランドはマネのする事は出来ない。それは素晴らしい、誰もまねのすることが出来ないアイデアだ。私自身がブランドなので、私が関わったら失敗は出来ない。成功させることが私のブランドを保つことだ。」
 そう言って、私に益々自信を持たせて、尚且つ重圧にもなった。
 今日もそれに匹敵する結果だった。
 しかし、その前に、そのフードアドバイザーの講師のセミナーに参加した際に、私が人材確保に苦労している話に対して案を提示した時に、受け入れた話を講師がした。その時に、隣に恰幅のいいおじさんが座っていて、終わってから挨拶に
 「名刺交換を。」
と、言って差し出した。
 それを受けて、税理士だと知って、ご挨拶に伺う約束をした。そのことを、mailで遣り取りをしていたのだが、その前にその名刺で人物なりを探った。その時に、知ったのは、彼は政治家になる積りである政党の公認候補で活動をしていた。
 ところが、その師事していたその政党の党首がスキャンダルにまみれて他に替わった。替わったが自分がオーナーだとして、内紛を引き起こした。引き起こしたが、自分の不祥事が多く表に出て、ニュースを提供した。
 当然、人心が離れて行く。それで、判断したのか、立候補を断念したのだ。その状況はネット上でみることが出来る。
 それを、消すことも出来ないので見るのだ。
 そのことを知った後、mailでの遣り取りでその京都の一商店街の理事長だと知った。そのうえ、自分は飲食店を展開しているのだと知った。あの時に
 「多くの方から人材確保を依頼されている。」
 そう言って、相談に来たのだと言って居たのだが、どうやら自分のお店の人材確保で来たようだ。
 そんな事前情報を入れて、その信託の第一人者と会う前に会ったのだ。偶然とはここまで出るのかと思うくらいに偶然なのだが、その商店街理事長と会う約束をしてから、その信託の第一人者と会った。その場所はこの地なのだ。
 その時に、
「私は数日後京都に移住します。」
その場所を聞くと、何とその商店街理事長と同じ地区なのだ。だから、その理事長と会う日に
 「30日に京都に行きますが、その日は、お時間は如何でしょうか。」
 と聞くと、大丈夫
 「珍しい。その日時間は空いています。」
そう言われたのだ。
 だから、この日は最初2時にその理事長と約束して居ながら、その民事信託の第一人者とスケジュールを見ずに同じ2時に約束してしまったのだ。
 その後が大変。二人とも、それなりのプライドを持っている方だ。その方たちにプライドを傷つけずに時間を変更するにはどうしたらいいのかを考えていた。
そして、理事長との時間を1時に、民事信託の第一人者との時間を2時半にした。しかし、強引な理事長は、その民事信託の第一人者と会う時に一緒にと言って来た。
 表面上は感謝したが、返事をしなかった。曖昧に返事をしたのだが、理事長と会って話をすることの何十倍も、民事信託の第一人者との話が大事なのだ。邪魔されたくないので、曖昧に返事をしていたのだが、昨日、電話が来て返事を求めた。
 しかし、やはり返事をしなかった。そのまま、京都に向かった。約束していたホテルにて、会って理事長と話をした。理解がされない私の話は虚しかった。説得も何もしたくないのだが、異論をはさむ。
 別にいいのだが、結局そんなやり取りが1時間15分続いた。突然
 「私の居場所はどこにありますか。」
つまり、私のプランに興味を示したが、自分が絡むのはどの部分かと言う事なのだ。
無いとは言えないので、思わずその言葉に一瞬詰まったが何とか辻褄合わせの言葉に去って行った。
 それから、15分後民事信託の第一人者とファミレス席で向かい合った。私のプランに耳を傾けてくれた。その話の所々で
 「そうだと思います。それでいいと思います。」
そして、何度も
 「それをしたかったのです。遣りましょう」
 と、言ってくれた。
 この時に、私の使命が重要さを持ったのだ。

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