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トップハート物語(5870)立志伝敢闘編
20/07/11
2015年(平成27年)3月下旬。
 昨夜、東京の品川駅近くの「ルノアール」に於いて希望していた内容の話がまとまった。いや、それ以上の内容でまとまった。私は、フード業界のカリスマに会うまでは就労支援の教室を考えていた。
 その実践をするのに、先生とその組織の方に多くのカリキュラムを持って頂く。そして、不足分の時間を私が探す。一般的なマナーとかコミニュケーションなどのことを不足分だと考えていた。
 プラン自体には大いに関心をして、何度も
 「佐藤さん、それは凄いよ。絶対に集客するし成功する。しかし、そのためにはものすごいエネルギーが必要だ。」
 そう言って居た。
 そして、一旦は拒否。そして、自分なりのまとめが出来て、私の案の上を行く話をした。
 つまり、公的な補助金など充てにしないで
 「一般に公募して個人に支払って貰うのでも集客できる。」
 その考えを進展させて、具体的な話を進める。
 「それを、全国展開して行くとなれば半年の猶予は最低必要だ。誰もまねの出来ないブランドがないとだめだ。ブランドだよ。」
 何度もそう言ったが、私は新たにその教育を通じて作って行くのかと思った。しかし、そうではなかった。つまり、自分がブランドだ。
 「ブランドは安売りしたくない。ある一定のレベルの維持が必要だ。」
 一般的なブランド論だと思って居た。
 お互いに、そのカリキュラムに加えるべき科目を話し始めた。就労支援のシステムと金額の話をした。
 「ほとんど利益が出ない。それじゃだめだな。受講生にお金を頂いてやることはどうか。」
 そう言って、
 「そのカリキュラムなら、絶対に受講生が集まるし飲食店も引く手あまたになる。佐藤さん、凄いアイデアだよ。絶対に成功する。」
 それを、何度も言い、自分の経歴を言い始めた。上場まで行く寸前だったようだ。
「仮審査まで行った。」
 しかし、その株を全株売却して4億円を手にしたようだ。
 「もう金銭を目的にするのは止めたんだ。上場を目指したていた時には、年間経常利益で1億5千万円上げていた。しかし、仕事は正義だ。正義が無ければやって居は行けない。正義があれば、誰も反対することはしない。」
 そんなことを言い出す。
それに合わせたような、思いを持っているのでそれを私も言う。
 2時間近くの時間を最初から言われていた。正確には5時から6時45分だ。その時間を何度も確認する。次の予定が入っているようだったのだ。時間に追われて、結論を急ぐ。
 「4月に会いましょう。私がお宅の仕掛中のサロンを見学して指導をしたい。指導するという事は、儲かるようにするという事だ。儲かると言うのは、ブランドだ。損をしたらブランドは崩れる。」
 なるほど、自分がブランドだと言うことを初めて気付いた。
「はい。」
 この時間になると、素直に何度も返事した。
 段々と話がまとまって、進展する。そして、当社が準備しているサロンに来月来ることになった。その時に、具体的なカリキュラムを話し合うことになった。
 「その時のコンサルタント料は10万円だ。そのうえ、交通費がグリーン車になる。それで、いいですか。」
 勿論だ。
 「勿論、大丈夫です。」
 「そうしたら、4月のスケジュールを取って貰いますが、私の指定する日時に合わせて貰いたい。それでいいですか。その時に、具体的なカリキュラムを話し合いたい。」
 そして、何度も全国展開の話をされた。
 その話の、あと数分という時に、自分の関係の社会保険労務士の集団を作って本来のコンサルの出来るまで勉強サークルを作るプランを言われた。それは、私が何度か士業、特に行政書士とFPなどの連携的な集団を作る話と近似している。
 それについても、全国で展開したいと話をした。
 「時間がないので、mailで遣り取りしましょう。」
 と、なった。
 私が提案したかった第一の案件については、うまく行きそうだ。第二の案件については似た案を持っていたので、協力し合えると思う。
帰りの新幹線は品川駅から7時過ぎに乗車した。漆黒の窓の外に映し出される自分の顔を見ながら、ホッとした顔と疲労感が漂う顔があった。
 朝10時に出発して、大阪市の公的な会館に向かった。
「医療と介護の連携ビジネスモデル」と銘打って開催されたセミナーに出席した。
 内容は貧弱だった。単に、こうすれば金がとれると言う意味のない話に終始した。少なくても、法改正に捉われない社会的貢献を事業化したら行けると思って居る私に取って、無意味な時間だった。
 夕方、再び同じ会場に向かった。その前に、午前中コートを会場に忘れたことに気付いた。連絡した。その際、当然だがどんなものかの色、ブランドなどを聞かれたが分からない。はっきりわからない。ただ、手袋の形態や色が決め手となって返された。
 夜、出席した新聞記者の同席の許の交流会は無駄だった。一人1分トークだったが訳が分からない。自分の紹介が終わって直ぐに会場を出た。

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