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トップハート物語(5868)立志伝敢闘編
20/07/10
2015年(平成27年)3月下旬。
午後から上京することになっていた
今は、その上京の目的を達成したので、達成感と虚脱感が入り混じっている。
 朝から忙しかった。前日の最低限のノルマである事業計画書を作成することが出来ずに、約束の京都銀行に向かった。
 NPO法人常勤理事が
 「パンクブーブーのローソンの制服を着ている方にソックリ。」
 そう言っている担当者に向かった。
 本当は、怒りを感じながら私に対した。丁寧に応対して、こちらも作りたくない通帳を作っておあいこだ。
 創業資金の申請をするのだが、その指導が彼なのだ。私が提出した決算書3期分と事業計画書の中途半端な分を手にして、本当に悪いことをした。
 「31日が締め切りですが、その数日前に頂ければ。」
 そう言われたが、この日の午後から東京に出張で難しいそう答えた。
 約束したいが、翌日も朝から厳しい。
空いているのは、26日の午後だが予定が入って居る。27日も予定がある。土日は空いているが、それでは遅いのだ。
そう思いながら、
 「何とか今週中に作ります。」
 と、確証のない約束をして次の三菱東京UFJ銀行に向かった。
三菱東京UFJ銀行に向かっていると、あの土曜日に約束を守らずに来なかった成年後見申し立てをする、ご本人の孫から電話があった。そんな奴と口も聞きたく無いので、出なかった。
 方々の機関で約束を守らずに、来なかったり出鱈目が甚だしい。私は、公的な機関ではないので我慢する理由がない。申請のサポートをするだけで、来ない者に来る様に言う理由がない。
 私も二度待ち合わせをしたが、二度とも遅れてくる。それも、奴の自宅近くでの待ち合わせだ。髪は茶髪だったり、ムラサキだったり。
 電話に出無かったので、メールで来た。私が、今後はメールでと指定したからだ。指示をした。早く終わらせて、縁を切りたい。
 社員の報酬を入金して、事務所に戻って仕事をして部屋に戻った。上京する準備をした。忘れ物の無い様に何度も確認して、重い酸素を送る機器を持って出発した。今日も寒いが、明日も寒い。
 新幹線に乗車するまでも、眠くて仕方が無かったが頑張って起きていた。しかし、席に座った途端眠って仕舞った。
 気付いたのは、富士山が丁度見える辺りだった。既に、1時間半は過ぎていた。慌てて、富士山の写真を撮った。雲が掛かっていて、最近は見ない様な雲と富士のコントラストだった。
 その時に、私が所属している居宅介護支援センターの管理者からメールで連絡があった。
 「🔵🔵有料老人ホームから相談があるとのことで電話がありました。連絡お願いします。」
と、言うのだ。
 何か、私が担当している利用者にトラブルがあったかと気になった。
 何しろ、90歳を超えて居るのだ。
 まだ東京駅には暫く掛かる。加えて、乗り換えをして自宅のある東大宮駅までもっと掛かる。歩みを止めたく無いので時間がかかる返事した。
今度は妻からメールだ。
「今、東京駅に着きました。これから、戻ります。何時頃に着きそうですか。」
「上野駅を出る時にメールします。」
「何を言って居るの。東京駅から直通で東大宮駅まで帰れます直通が出来ました。」
「本当か。何番線ですか?」
「宇都宮線に乗ってください。」
なんと、宇都宮線は先月までは、上野発だった。
自宅に戻る時には、東京駅から上野まで行って乗り換えて宇都宮線に乗らないと行けなかった。それが、直通だと30分は異なる。
 東京駅から直ぐに宇都宮線に乗車出来た。それから暫くして東大宮駅に着いた。ベンチに荷物を置いて、先ほどの有料老人ホームに電話した。
 「実は、4月から制度改正されることになって。」
 こいつアホか。
 私はケアマネージャーだ。
 「そうですね。」
 「園内訪問介護が10%減額になります。」
 「そうですね。」
 「そこで、提供時間を変更したいのです。」
何か、企んでいるな。
 「分かりました。FAXで案を送ってくれますか。」
そう言って、切った。
 セイユーで妻と待ち合わせして自宅に戻った。
 食事は私の好きな魚、銀ダラの煮付けと刺身5点盛りだった。
そして、今日は終わった。
本当にテレビは詰まらない。詰まらないが、直ぐに寝たのでは、折角久しぶりに会ったのに妻に申し訳ないと、頑張って起きていた。しかし、限界だった。9時過ぎには、無呼吸症候群の機器を装着して眠ってしまった。
 明日は、頑張るぞと思いを馳せながら。

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