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トップハート物語(5856)立志伝敢闘編
20/07/04
2015年(平成27年)3月中旬。
来月からスタートする指定特定相談支援事業所の資料などの準備は何とか間に合いそうだ。何しろ、多忙で誰も替わってしてくれる人が居ない。今月初めに、事務所の賃貸契約を交わすのに、先月末に帰省して印鑑証明書を取り実印を押印した。
 続いて、カギを貰って担当者に渡した。ところが、担当者も
 「カギは貰ったのですが、あとはどうしたらいいんですか。」
と、聞いて来た。
 それはそうだろう。カギを渡されても、室内には何も無い。途方に暮れる。私も何とかしたいが、時間が取れない。日程と睨めっこして、行政が絡む指定とかに集中する。その間、パソコンやfaxなどの準備を業者にさせる。
 「備品の準備は、NPO法人常勤理事と打ち合わせしながらお願いします。」
 と、言って逃げる。
 写真が必要なので、その形態を整えないと行けない。事務所らしさ。相談室らしさ。その2点があれば、何とかいけるか。
 しかし、異動する者を放置する訳に行かないので今日の朝一番で来て貰った。
 現状の話をして、これからの話をして、そして、現在の所属から替わる。株式会社から、特定非営利活動法人に移籍するのだ。
 「退職願を出した方がいいですか?」
 「同じ資本だから不要と思うけれど、今までの移籍した者は出して貰ったから、必要だと思う。」
 そんなことを言って、いると急に介護支援事業所管理者が来た。
お互い、気持ちが通じ合って居ないのか、困惑した顔になっていた。
 その顔を見ながら、座らせて移籍する予定の者を留め置いた。
 「実は、相談と報告と。」
 そう言って、報告はどうでもいいのだが相談の方が問題だ。
 「セクハラの酷い利用者が居て、もう対応する者が居ないのです。」 
そう言って、経緯を話し始めて。
 「それは、俺が担当していた時に断った奴じゃないのか。」
 支援費が始まった当初、私が障害の初めの頃に動いていた。
 余りに酷いので、ケアの対応を止めた。
 それが、どうして始まったのか。それを、とがめても、彼女は数年前に責任者になったので知らないのと、以前の管理者連中は既にいない。
 それでも、視覚障碍者の立場を利用して
 「あれは見えていると思います。わざと胸にぶつかるのはみんな経験があります。」
酷いのになると、体力を維持するためにプール利用だが、着替える時に女性ヘルパーを同席させて、
 「見えないからいいだろうと、同じ部屋で着替えさせます。」 
それは、以前から聞いていたので、ケアを止めるように言って居た。
 しかし、彼女らは何度言っても聞かない。それなのに、問題が起こると振って来る。どう考えてもおかしいだろう。そんな基本的なことを、どうして理解させるように話をしないと行けないのだ。
 バカバカしい。それでいて、言い訳は如何も自分たちは会社ために犠牲になっているような表現を使う。まるで、子供の言い訳だ。
 会社の対応がおかしいと急に居直ったりするので、
 「介護責任者と一緒にお邪魔して、我慢していたセクハラの数々を言いました。そうすると、急に脅し文句を言って社長を出せと言い出して。」
 いつものパターンだ。
勿論、視覚障碍者協会の地区の会長だという地位を利用したパワハラもあるが、そんなことより、どうしてそんな奴に関わってここまで引っ張って来たのだ。もう何年も関わっている。
 「市役所に相談したのですが、毅然とした態度で臨んで下さいと言われて。」
 当たり前だ。
 「俺がサービス提供責任者時代には、そんな奴が居たらすべてその時点で断っている。どうしてそんなに引っ張って来るんだ。」
 何度も言いつくした言葉だ。
 責任感が無い。自分たちが対応しているのではなく、ヘルパーさんが対応しているのだ。守ると言う姿勢が無ければ誰も居なくなる。自分たちだけ良ければと言う意識が、段々とヘルパーさんを始めとして、社員も居なくなっている。
 管理経験でも実際の小さな問題への対応もしたことも無い者が、私の意思を聞かないで無視して継続することで、こんな問題が生じて来るのだ。
 「社長は東京に行っていて、不在ですと言えば良いですか。」
 「何を言って居る。社長から断る様に言われたと言え。こちらは顧問弁護士に相談する。」
 そう言って、その分は終わった。
 中途半端になった、新事務所に対する移籍する者との話し合い。
 昨日、市役所の障害福祉課の担当者の対応が出鱈目なので文句を言ったが、今日も続いた。新規申請の管理者の研修が20日にあると聞いていたが、
 「会場や時間はメールで送ります。」
と、言って居ながら来ないので、当社担当者を通じて早くよこせと言わせた。
 そのアホな担当者から電話が掛かって来た。別件の送信を約束したが、その点については
 「16日に来る時に渡すつもりだった。」
と、言う。
 何をバカなことを、と言ったがそう言い張って認めない。
 「それじゃ、今度からは録音するからな。それはどうでもいいから、その会場と時間をメールでくれ。」
「16日じゃダメなんですか。」
「こっちだって、時間や場所を知らないと担当者のスケジュールもある、どうしてそんな簡単なことが出来ないのか。」
強く言っても受けない。
 「市民の利便性を図るのが市役所の仕事じゃないのか。こちらで、主催者に問い合わせして、聞くのでその正式な名称を教えて下さい。」
 そうして、その馬鹿者は言う。
 「いいか、俺はこれで終わらないからな。この件を正式に市長に抗議する。何でもないことをどうしてそんな拒否するのか、はっきりさせる。」
 「分かりました、送ります。」
こいつは、どうもおかしい。
約束は守らない、何もしない。聞いてもその場では言わない。必ず、mailで送りますというが、送らない。
 席に居ないことが多く、どこに行っているのか分からない。
 こんな市役所など相手に出来ないが、指定権者なので仕方がないとは思わない。
 直ぐに送って来た。なんでもないことなのだ。市民に指示されるのが嫌なのか。
昼になると、こいつから電話だ。先日、市役所に行った時に準備する資料を言い忘れたと言う。あきれ果てるほかない。
  午後から雪がちらつく気候だった。2時半に約束の場所に行って、チラシを撒いた。その足で、後見申し立ての準備に入っているご本人宅に行った。
 玄関に保険屋さんが来ていた。火災保険で満期が来たので、更新手続きだ。契約内容を見て、金額を聞いた。年間保険料が4万円を超えるので驚いた。
 ご本人の家は、50年以上も過ぎているし坪数にしても10坪に満たない。そんな家に1500万円もの火災保険を掛けている。
 しかし、私はそんなことに口を挟む立場にないのだ。候補者としてこれから申し立てをするので、関わらないことにしたが助言はした。
 何度か訪問しているのだが、一目見ただけで
 「あんた誰。」
 と、言う認知症状が進行しているご本人が、時間の経過とともに柔和になって行く。
 今日は財産関係の書類を作成するので、そのデータを貰いに来たのだ。担当の、地域包括支援センターの方と一緒にデータ収集を行った。
 比較的スムーズに行った。
 終わってから、銀行などを巡って早目に事務所に戻って、作業を軽くしておスーパー銭湯に向かった。
 京都一番の繁華街の商店会理事長さんと30日懇談することになった。

震災から4年…今も家族を捜し続ける人たちがいる
あれから4年。今も行方不明者の帰りを待っている人たちがいる。東北大震災による全国の犠牲者は死者1万5891人、行方不明者2584人の計1万8475人に上るそうだ・・・。

アマナイメージズ三陸津波の被災地 by アマナイメージズ
あれから4年・・・
東日本大震災の津波による行方不明者は、今なお多くいる…。
【3月11日】
福島、宮城、岩手の3県警は、各県沿岸部で津波による行方不明者の一斉捜索を実施
出典東北3県沿岸で不明者を一斉捜索 震災4年  :日本経済新聞
浪江町で見つかった遺体の一部が、震災の津波で行方不明になっていた浪江町の中学1年生だった女性のものと判明した
出典昨年11月に浪江のがれき選別で発見 遺体は不明中1と判明 — スポニチ Sponichi Annex 社会
昨年11月に頭蓋骨が見つかり、今月9日に身元が判明した。
頭蓋骨がある「完全遺体」の収容があったのは3年目以降、福島の2体のみ。宮城1年以上、岩手2年以上にわたって実績ゼロが続く
出典<被災地のいま>(6)不明者捜索/見つけたい 見つからぬ | 河北新報オンラインニュース
そうした中、今も家族を捜し続ける人たちがいる

出典www.kahoku.co.jp
妻を捜すために潜水士になった夫
高松さんは潜水士の国家資格を取得した。3年近く行方不明である妻の祐子さんを海の中から見つけるため
出典東日本大震災から3年、妻を探そうと潜水士になった日本人 | Joongang Ilbo | 中央日報
巨大な津波がものすごいスピードで沿岸に迫ってきていたとき、妻から高松さんの携帯電話にメールが入った──「帰りたい」
出典東日本大震災から3年、ダイバーになって妻を捜す男性 写真7枚 国際ニュース:AFPBB News
「女房を見つけてやりたくてね。海に潜っていると、女房がいるような気がして」
出典妻を探して海に潜り続ける男の「秘めた慟哭」 大震災から4年「男の旅立ち」(1)|3.11を忘れない~大震災4年目の「今」を問う|ダイヤモンド・オンライン

出典jp.reuters.com
原発事故で娘を捜せなかった父親
木村さんは津波で父と妻、そして娘を失った
出典ブログ:震災4年、福島除染の現実| ブログ 討論×闘論| Reuters
「原発事故で避難が優先され、自分の手で妻を捜してやれなかったことが納得いかない」
出典【津波の行方不明者】 いつまでも捜し続ける わが子不明の父対談 : 47トピックス - 47NEWS(よんななニュース)

出典www.afpbb.com
危険をかえりみず息子を捜した父親
放射線の影響も覚悟の上で、建物のがれきから行方不明者を捜す活動を始めた父、だが、息子は見つからなかった
出典不明の息子を捜し4年、悲しみにとらわれ続ける震災遺族 写真15枚 国際ニュース:AFPBB News
「息子も同じようにやはり抱きしめて、一言ごめんなさいと言いたくて。息子もを見つけてあげたいというのがすごく強くて」
出典不明の息子を捜し4年、悲しみにとらわれ続ける震災遺族 写真15枚 国際ニュース:AFPBB News

出典www.kahoku.co.jp
4年間、父の帰りを待っていた娘
「『遺骨発見』と聞いて、『本当に父親のかな?』と思いましたね。4年たっても諦めないというか、『父親はどこかにいるんじゃないか』って、ずっと思っていたもので」
出典www.fnn-news.com: 震災からまもなく4年...
「丸4年を目前に見つかり、夢かと思った。父も戻ってきたかったのではないか。これから4年分の話を聞かせてあげたい」
出典<震災4年>遺骨、家族の元に「話をしたい」 | 河北新報オンラインニュース
被災地で幽霊話が生まれたのも・・・

出典www.47news.jp
「亡くなった娘に元気でやっているよと知らせたい。メッセージが届いてほしい」と想いをこめて父が灯篭を流す。
大災害や悲劇的事件の後の幽霊話は、日本では一般的なものであって、それが社会的な「癒しのプロセス」にもなるのだという
出典(2ページ目)【3.11震災から4年】被災地で幽霊目撃談が多い本当の理由|TOCANA
「色々な感情は溜め込んでいられなく、表現していかないといけない。前に進むために必要だから、起きていることでしょう」
出典東日本大震災から1年、石巻で語られる「幽霊」の噂 写真14枚 国際ニュース:AFPBB News
その社会で納得できなくてたまっているものが、噂話であったり、まつりの中で供養するなど表現される。社会的に共有できるものに変えるということが大事
出典東日本大震災から1年、石巻で語られる「幽霊」の噂 写真14枚 国際ニュース:AFPBB News
帰りを待ち、今も時が止まった遺族

出典www.sendai-nct.ac.jp
見つけ出す、必ず
部分遺骨として、家族の元へ帰った人もいる。
東日本大震災で41人が行方不明となっている名取市の砂浜で、地中に埋まっている物を見つけることができるレーダで行方不明者の捜索が行われた
出典東日本大震災における行方不明者のレーダーによる捜索 | 学校案内 | 仙台高等専門学校
行方不明者捜索のため、東北大によって地中レーダーも開発された。
【被災者】
「震災から3年と言われても、娘のことを毎日考えて前に進めない。娘の物を一かけらでも見つけたい」
出典見つけ出す、必ず 沿岸各地で不明者捜索 | 河北新報オンラインニュース
【宮城県警本部長】
「不明者の帰りを待つ家族の思いを胸に、工夫を凝らして捜索を続けていく」
出典見つけ出す、必ず 沿岸各地で不明者捜索 | 河北新報オンラインニュース
2011年3月11日の東日本大震災から、4年。1万9,225人が亡くなり、行方不明の人は、いまだに2,614人にのぼる
出典www.fnn-news.com: 震災からまもなく4年...

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