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トップハート物語(5852)立志伝敢闘編
20/07/02
2015年(平成27年)3月上旬。
 朝は明け時間が早くなったが、寒さは変わらない。3月に入ったのに、全く寒さは和らぐことは無い。
 爽やかさは感じられるようになった。
 朝一番で、大阪市にあるNPO法人責任者が来た。10時には社会保険労務士が来るのだ。その前に、打ち合わせをしたいと昨夜から言って来ていた。内容は、重要性は低いが盛りだくさんの打ち合わせだ。
 一番の話は、以前議員から紹介の有った司法書士の方と行政書士の重鎮との懇談に私がすっかり忘れてしまって、参加しなかったことに始まる。電話を貰った時には、既に他の予定が入っていて動けなかった。
 そのことは別にして、その司法書士とのコラボレーション企画が予定されていた。二つあった。その行政書士の重鎮の方を加えてモノと、NPO法人とのコラボレーション企画だ。そのNPO法人とのコラボレーション企画には、何人かの関わりが必要でそれも紹介者の持っているものを活かした、女性限定の就労支援事業だ。
 その紹介をして頂いた方との話が以前あった。私はその静かな司法書士とのコラボレーション企画に前向きだ。それと、もう一人の女性とのコラボも勿論前向きなのだが、以前その2人を加えて顔合わせをした時に、その物静かな司法書士がメインなのに、サブで後から加えたその中年女性がしゃべり倒す。
 全く司法書士が言葉を発しないままに終わった。私はメインが司法書士なので、新たに場を設定して貰って、もう少し踏み込んだ話をしたかったのだ。その機会を探る役をその大阪市にあるNPO法人責任者にお願いした。
 ところが、その大阪市にあるNPO法人責任者はしゃべり倒す女性が気に入ってしまって、その司法書士との話し合いをするのにそのしゃべり倒す女性も一緒に呼んでしまった。
 私は、困り果てて、他の時間を貰うようにお願いした。その役を大阪市にあるNPO法人責任者にお願いしてしまったのだ。
 その話を司法書士にするのに、参加者を言わないものだから、受け取った司法書士はキャンセルとなった行政書士と私との懇談と勘違いして日程を言って来た。しかし、表に立って話をしている大阪市にあるNPO法人責任者は、私ども3人の話し合いは知らない。だから、おお大阪市にあるNPO法人責任者は司法書士、しゃべり倒す女性との話し合いという認識の上に、話を進めていた。
 司法書士としては、行政書士と私の3人の話し合いと、大阪市にあるNPO法人責任者が主宰する話し合いと混同してしまって、滅茶苦茶になってしまった。結果的に、持ち越しとなって、その話をしに大阪市にあるNPO法人責任者が来たのだ。
 その件については、昨日、司法書士と行政書士会重鎮との話し合いを私が忘れたので、司法書士が私の携帯電話に電話をしてきて、初めて私が忘れていたことを承知して、私は司法書士の電話を通じて謝罪したのだ。
 しかし、行政書士の重鎮は納得していなかった。
 大阪市にあるNPO法人責任者との話し合いの後に、電話があった。
 「気が向かないなら止めましょうか。」
 「いや、そんなことはありませんが、どうします。」
 「佐藤先生は、ここ2回とも顔を出さないしお忙しいでしょうから。」
 「いや、1回目は用事があったので3人の社員を派遣しました。2回目は忘れてしまって。」
 そう言ったが、心の中ではそれならそで結構ですと言いたかったが、自分からは言わない主義なのだ。
 「11日の会場費も払わないと行けないし。前回の時には事務員が居なくて払わなかった。」
 「今度行って払いますよ。」 
 と、強く言った。
こうなるのが予想されていた。声を掛けられて、コラボレーション企画を持ったが当方は幾つも出来るが、相手は何もできない。出来るのがあると言って居たが、すべて無くなった。相手から断られたと言うのだ。
 戦意喪失なのだろう。それにしても、経費は私がすべて支払って居るのだが、支払いがされていない会議室など、立て替えて支払ってくれればいいものを。重鎮とは悲しからずや。
 大阪市にあるNPO法人責任者が来て話をしている最中に、突然、今度新たに事務所を借りて相談事務所を構えるが、そこへ移籍する介護サービス提供責任者が来た。何の約束も無く、突然来たのでお引き取りして貰った。
 大阪市にあるNPO法人責任者と入れ替えに、顧問の社会保険労務士が来た。退職者や人材育成資金の請求様式などの処理で1時間。
 出勤して欲しいNPO法人常勤理事が来ない。誰も居ないので、私が機械操作をしてコーヒーを出した。しかし、分量が分からず大量に挽いてしまってこぼれた。
その話を遅れてやっと11時近くに出勤して来た彼女に話をすると
 「小さいコーヒーカップだから分かるでしょう。居宅介護支援事業所管理者もそう言って居た。そのくらい・・・」
 彼女は全く出勤してこない日がほとんどだ。体調が悪いと思って我慢しているのだが、余りに人を愚弄している言い方に、自分がこの事務所で働いていることなど忘れているかのような発言、居宅介護支援事業所管理者も彼女が出勤して来ないので代わりにお客様にお茶を入れたりしているのを、そんな言い方をしたので言葉をさえぎって
 「だったら出勤して来てやればいいじゃないか。」
 「お茶汲みですか。」
 「そんなことを言って居るんじゃない。仕事をしなさいと言って居るんだ。」
 仕事はしない、出勤しない。
 それなのに、いっぱしのことを言うのはここ数日前からだ。以前も、
 「出勤して、コピーを撮って下さい。」
 「何でも屋ですか。」
 「仕事をしなさいと言って居る。」
 仕事をしないのが、もう何年も。
10年も続いているので、話が通じないことが度々だ。当たり前のことが分からない。何かをするにしても、いちいち聞いてくるので何も手に着かない。余りに煩いので怒鳴ることもある。
 何のことは無い、普通の仕事がもう出来なくなってきている。その自覚が無いのには、ショックだ。
 何かを言うとひがむ、直ぐに指示に従わない。
 人間とはこうも変わるモノか。周りの社員は、不満を持っているだろう。私が居るから我慢している。会議や打ち合わせなどを含めて、出席させるが何を言って居るのか理解できない節がある。だから、発言は何もできない。
 そんな自分に恥を感じないのか。
 11時過ぎに、11時半に待ち合わせしていた生命保険会社の役席から電話があった。待ち合わせ場所が分からないと言う。
生命保険の満期が来たので、返戻金が発生しそれを預り金として受け取らずに生命保険会社へ預託していた。
その預託していたご本人が亡くなったのが3年前。
その方の配偶者の後見人となった私は、その放置されていた預託金の相続手続きを行った。
既に4か月前だ。
4か月前と言うのは、手続きが終わったのが4か月前だ。
それ以前から、手続きの相談に何度か支社を訪問して必要書類を揃えた。
提出し受け付けたのが昨年12月だ。
入金がされないままにひと月。
必要書類が不備だったと、本社から言われたとのことで対応したのが1月下旬。
2月下旬、再度、本社から言われたと
「相続人ご本人の確認と、後見人の本人確認を。」
相続人である被後見人は寝たきりで要介護5、独居。
ご本人に会うためには、サービス関係者と時間を合わせて外からカギを開ける必要がある。
その際、ご本人を確認する公的書類と私の本人確認が出来る写真の貼付してあるものの提示を求められていた。
カギを保管しているサービス事業者責任者、保険会社担当役席、後見人の私の3者が対応できる日時が昨日午前11時だった。
転居した住民票を提出してあるのに、保険会社役席は契約時の住所地に行ったが所在地が分からないという連絡が有った。
お粗末君のお蔭で、4カ月も要した。準備期間を入れると半年だ。
体調がすぐれないご本人に成り替わって、「喝!」だ。
 そのまま、繁華街のある方向に向かった。途中定食屋さんに立ち寄って、和食の食事を摂った。1時間弱掛けて、関西電力病院に定期診断を受診しに行った。
 睡眠時無呼吸症候群の治療を受けている。暫く待って、自分の番が来た。新たに立て替えた真新しい建物だ。
 話の中で、
 「体重は何キロになりましたか。」
 「先日量ったら、75.75Kでした。」
 「治療を受ける前は何キロでしたか。」
 「81.9Kでした。」
 「データを見ると、もしかしたら治療を終えることが出来るかも知れません。簡単な方法で事前にデータ化して、検討範囲内だったら最初の診断のように泊まり掛けで配線を全身にして調査をします。74Kを割ったらそうしましょうか。」
 遠方で、2か月に1回で、高額で個人負担が1回につき8000円を超えるが続けたいとの気持ちがある。
 戻ってから、昨日反応があって気分が良いので今日も続けた。カラーで用件だけ書いて100枚印刷した。1枚22円だから100枚だと2200円になる。それを、配布するのだ。就労支援のチラシだ。
  そのチラシの効果があって、今日の朝、昨夜2度に亘って電話があった方へ連絡した。今日の5時に会うことになった。4時から近所へチラシを配って、隣の事務所を片付けて準備しようと外に出た。
 この階のフロアに一人の老人が上がって来たのが見えた。一番入り口の202号室のインターホンを鳴らしている。こちらを見ているが、まさかこんな老人ではない筈だと無視した。
 昨夜のチラシを見ての電話があったことを大阪市にあるNPO法人責任者に話をして、一緒に面談しようと誘った。男性ヘルパーが不足しているのだ。私が、彼女が朝居る時に目の前で電話して約束をした。
 「何歳くらいですか。」
 「若くはないが50代だと思う。」
 そう言って居たので、その老人に興味が無かった。
 隣の部屋にいると、NPO法人常勤理事が誰かを連れて来た。その老人だ。電話の主は、その老人だったのだ。面談した。年齢を聞いた。はぐらかすが、結果的に75歳だった。何でも出来るとか言うが、みんな経験もないのにそう言う。
 ところが、何と2種免許を持っていて現役なのだ。どこか使えるような気がして、介護タクシー担当者を呼んだ。

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