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トップハート物語(5843)立志伝敢闘編
20/06/26
2015年(平成27年)2月下旬。
午前中は、いつものように机の上での業務中心だ。最近、私の考えや基本的な精神が替わって来たと自覚している。
 例えば、今、mailの遣り取りしている保険関係の研究所所長。話がかみ合わずに、いつもだったら、カッとなって遣り取りを止めている。
 しかし、カッとなった時に1日置いて冷静に考えた。今でも、親しくメールのやり取りをして、28日に上京した際に会って新規事業の話をする。
 その遣り取りが功を奏したのだと思うが、相談案件が発生した。
 愛知県豊橋市の後見センターから相談があった。知人なので、たまたま、その地域の親御さんが、私がいる地域の子供さんの後見相談があり、私のところに照会があった。
 そのアセスメントの日が今日なのだ。それまで、その後見センター責任者がmailと電話で概況を伝えて来たが、氏名程度で詳細は来ない。
 「後見センターの担当者から連絡させますが、携帯電話番号を教えて大丈夫ですか。」
 「勿論、大丈夫です。連絡をお待ちしています。」
 そんなやり取りがあったが、面談の約束が25日なのに前日まで誰からも連絡が来なかった。やっと、来たのはセンターの職員ではなくご家族ご本人だった。
 病院での待ち合わせとなった。駅などでは分からないし、立ち話では気になって落ち着かない。ご本人の入院先でよかろう、となった。
 午後1時に待ち合わせした。この市域のNPO法人責任者が担当することとなり、同席を求めた。待合室で待っていると、電話がありご家族との面談となった。
 面談場所に行くと、若い男性が車いすに座っていた。その隣に、母親。待ち合わせしたのが父親だ。
 一気に話する、母親。どこでも同じだ。しかし、聞きたいことには触れずに、感情的なものが多い。それらを整理しないと行けないが、驚いたことに成年後見の基本的な知識が無い。どんな種類で、後見人が就いたら何をするのかなど。
 「裁判所にてビデオを見せられましたが、あんな大変なことはできません。」
 そんな言い方だった。
 暫く話を聞いたが、埒が明かないと思ったのか男性が
 「だから、今、何に困っていて何をして欲しいのかを話しないと。」
 と、母親に言う。
 私も同意したので、簡単にと思ったがまた、色々と感情が入る。
 長時間要して、概ねの状況が掴めた。
 ご本人はまだ若い。余りに若いが、私も以前患って居た高血圧症となり記憶が失われ、言葉も失った。麻痺も残った。私がそうであったので、200以上の血圧を記録しながら、放置していたのだ。
 問題は、掛けていた保険金がご本人の口座に振り込まれているが、病院の支払いなどに使用するのに、引き出せない。
 カードの暗証番号は勿論記憶喪失なので。暗証番号の変更もご本人の意思が表明されないので、難しい。新たな口座開設も、暗証番号の再確認も、現金の出金もご本人の意思が示されないし、ご本人確認も出来ない。
 保険会社に相談も出来ないのか、その保険に詳しい二人に電話をした。その研究所の所長と保険代理店の所長、それぞれ保険に関わっては40年以上の経歴がある。
 そのような方たちだから、明快な回答が引き出せると思ったが、不在だった。
 後見の手続きや時間的なモノを話した。しかし、ご家族は遠方から来ているのだし、直ぐにでも解決したいとのことだろう。
 「車いすに座っているという事は、移動できるという事です。ご本人と一緒に銀行に行って、手続きの相談をされたらいいと思います。」
 それが一番できる最大のアクションだと思った。
 後見の申立は後からでも出来るが、本当の狙いは何だったのか。
 夜、二人の相談者から折り返し電話があった。
 一人は
「私の範疇では限界を超えています。」
もう一人は、
 「初めての事例で、保険会社に相談してみます。」
だった。
後見申し立ては後回しになった。保険金などの金銭は後見人の範疇になるとの言葉をどう受け取ったか、パンフレットなどを渡そうとしたのだが、不要と言われた。
 夕方から、飲食店の講習を受けるためにグランフロントに向かった。余裕がると思ったが、迷ったりして時間ぎりぎりだった。
 大勢の飲食店開業の希望者が集合して、フードアドバイザー協会の創始者の先生に講義を頂いた。これまで、サロン設置に関して中小企業診断士のアドバイスを受けながら進めているのだが、幾ら聞いても立ち上げのアクションや販売促進などの有効手段を指導して貰えない。
 必要性が低いことや、カネのかかることには首を突っ込んで来て、前回は保証金が50万だったものが、奴の主導で訳が分からず200万円プラスだという事になった。
 勿論、私が撤回させることで収集したが、今度は機器の導入で口を挟んで自分が懇意にしている機器メーカーに見積もりを出させてほしいと要求有。
 そんなこんなで不信感を持っていたので、自分で勉強することにしたのだ。今日は4時から7時までの3時間だった。大変面白い、そして参考になる話が続いてあっと言う間だった。フードアドバイザー協会創始者に近づいて名刺を渡して挨拶して、直接指導を受けることになった。
 帰りは近大マグロ研究所のお店で美味しい食事をした。

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