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トップハート物語(5820)立志伝敢闘編
20/06/14
2015年(平成27年)1月下旬。
 早朝、ラジヲを聞いていて、突然の臨時ニュースで後藤健二さんのイスラム国での処刑を知った。ショックが余りに大きすぎて、映像やニュースに触れるのを殊更避けた。処刑直前の映像をどうしてあんなに放映するのか。
 いくらマスコミが伝える義務があるとはいえ、不安におののくあの顔を直視できない。映像は狂気だ。
 そんな中、4時過ぎからラジヲを聞いていたのを止めて、6時前に布団から出てニュースで確認した。あとは、どこのチャンネルもそのニュースでもちきりだった。同じことを何度も繰り返し、同じ言葉を何度も繰り返して時間を持たせた。
 私は、ずっとPCを叩いていて自宅での冬の時間を過ごす。心にある、一昨日のグループワーキングの件と、新たな会社の立ち上げのことで頭がいっぱいになった。帰る前に、妻に新たな法人立ち上げの話をして、起きて来た長男に役員として入る了解を得た。
 プランを途中でやめる訳に行かないので、強行するが収入を図る必要があるので、新たな事業を組み入れる。現在入居しているこの地区の介護・支援事業所と同じ建物の中に新たな法人を立ち上げる積りだ。
 その事業内容は、当面、障碍者自立支援センターを考えている。そのあと、障碍者支援と高齢者支援。そのスタッフは、やる気のある者を考え居ている。それは、現在孤軍奮闘をしている介護タクシー関係の責任者でサービス提供責任者が当たる。
 障碍者計画専門相談員の資格も先日取得した。ケアマネジャーが独立し易い方向に向かわせる国の方針は、利益相反があってはならない方向になる。それを、先取りして別法人を構築する方向を決めてスタートした社員だけの会議がとん挫してしまった。
 一度は了解した、大東市の居宅介護支援事業所管理者がああでもないこうでもないと、煮え切らない態度を取り続けて潰してしまった。
別会社だと言われるくらいに会社の方針とか動きに関係なく自分の世界を築いている。
もう限界で、収益的にも既にこの守口の居宅介護支援事業所の収益を下回っている。
 その生きる道を示したのだが、自分で潰してしまったようだ。また、その方向で動き出した他の社員も何の意味もなく出席して時間を潰して、会社負担の食事を頂いて終わった。
 そんな社員連中に付き合って居る暇はこの会社にも時代の動きにもないので、諦めて自分で動くことにしたのだ。
 いくら自分でと言っても、一人では何もできない。有能ではないが、やる気のある人材を中心として新たに動く積りで始まった新会社のプラン。
 その中心となる人材を考えていた。一般社団法人にする積りで理事は、長男を第一に考えていた。しかし、長男は東京に居を構えて仕事をしている。後は、信頼できる者と言ったら、現在のNPO法人常勤理事しかいない。そうすると、彼女が代表者となる。
 その代表者となる彼女だが、気が小さいし人前で話すことも苦手。役人と渡り合うなど、願っても出来ない。そうすると、私がサポートという事になる。私の意を汲んで忠実に動く人間でなければならない。
 表面だけ同意して、陰で背信をするのではどうしようもない。返って手が掛かるのだ。朝起きた段階で彼女に決めた。
 その代表の話はしなかったが、妻に構想を話した。その構想には、金銭が掛かるのだ。掛かる金銭は、私の負担だ。その金銭を引き出すのに取り敢えず、妻の了解が必要となる。
 その話をして、続いて長男に話をした。いつものように、
 「取りあえず、作って置くので後必要があったら何かに使って。」
 「何かって、何に。」
 「特にないけれど、将来必要になるかも知れない。」
 笑って居るだけだ。
 車で、駅まで送って貰って、降りる時に
 「詳細の定款など後から送るから。」
 「はい、はい。」
 そんな感じで了解も貰った。
 駅で3時の東京発の新幹線のチケットを購入した。
 東京駅には2時に着いていた。当日切符のカウンターで、30分早い時間に変更して貰った。私は、自分が降りる駅が終点となる新幹線に乗るのがほとんどだ。空いているから。グリーン車で少し掛かるが、のんびりできるのでその方がいいのだ。
 15分ほど余裕があるので、土産品を購入した。いつもなら、送って貰うのだが、その宛名書きに時間が取られるので今日は持参で戻ることにした。大きなビニュールの中に5個の箱を入れて貰った。
 新幹線に乗車するまで数分あったので、キオスクで栄養ドリンクを購入しようと思ったが、珍しく無い。
 諦めて、乗車。少し週刊誌を読んでいたが、眠くなって眠った。行きも帰りも、自分で座席を選べたが、読み間違って富士山と反対側を申し込んでチケットを購入した。
 それでも、富士山を超えて再び眠ってしまった。名古屋に着くころに目覚めた。そのあと、岐阜羽島から関ヶ原を通過するまで、その変遷を写真に収めた。青く茂った畑からところどころに雪が積もり、関が原では完全に雪景色が見えた。
 京都に着くと、また青空が広がっていた。やっと、構想がまとまったので、明日から申請書などの作成に移ることになる。

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