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トップハート物語(5791)立志伝敢闘編
20/05/28
2015年(平成27年)1月上旬。
朝起きて、直ぐに食事をした。朝は軽くと思って居るのだが、そうはいかない。昨日、初詣を霧島神宮に行って、戻って来てから初めて体重を計測した。恐ろしい数字だった。この数日間、鹿児島に行って食事もセーブした積りだったのだが、美味しい食事に回数は2回でもお腹いっぱい食べてしまって、ついに出発時より1.9キロ増えたのだ。
 だから、セーブした。それでも、昨日は何とか800g減らして健闘した。今日の朝飯は、おしんこと佃煮とサバの水煮の缶詰半分を頂いた。しかし、食後にピーナッツを結構食べた。それがダメなんだと言い聞かせても、条件反射でダメだった。
 箱根駅伝の結果は、意外な結果となった。意外と言っても、私の情報は全てネットでのニュースや情報だ。その結果が、後から齎らされる理由との整合性が無い。例えば、山登りの早稲田の山本は調子がいいので、下りとの連動で優勝争いになると言われていた。ところが、山本は失速してしまって、返って順位を下げてしまった。
 その後付けの理由として、1週間前にアキレス腱を痛めたと言うのだ。そんな、情報を流せと言うのが悪いのだが、出さなければいいと思う。出なければいいと思う。幾ら最終学年とはいえ、チームプレイだから。
 期待外れと言うのがこれほど連続して続くとは。もう何十年も期待しては裏切られていて、いい加減にしてくれと言いたいが、応援は止める積りは全くない。
 結局、中盤からダレて来てテレビを見る気も起きなくなった。結果的には、数年前にやっと出て来た青山学院がぶっちぎりの優勝だった。下馬評では、駒沢と東洋の2強だった。そこに、スキ上がれば明治、早稲田、青山が絡むとのことだった。
 既に、駒沢の時代は終わっているように思える。根性や追いつめる育成は、後が続かない。後が続かないとは、卒業してから人生が全うできないと思う。監督や学校の為に競技をして結果を出す訳ではない。
 如何に納得して自分も相手も力を出し切るのか、それに尽きると思う。その結果が伝統となって行かされるのだ。伝統校の以前の競技者は社会人としても立派に人生を送っているように思う。
 それは何故か。納得して、結果だけではなく結果と生きざまを学んで競技を続けているような気がする。
 私の今年の思いはそれを追求することから始まる。人の為ではなく、自分と自分に影響される人たちの納得した生きざまを演出したいと思って居る。余計なことは止めて、必要な求められる生き方を意識してしたいと思って居る。
 人生の節目で、これからどんなことが起きても不思議が無い時期に入る。いざとなった時に、悔いのない思いで立ち向かいたいと思う。
 中央のアンカーが、8位でタスキを受けた。しかし、走りが思うようにいかなかった。最悪の結果を招いてしまった。アンカーの走りでシード権を失った。そのうえ、8位から19位に落ちてしまった。
 彼は、一生その重荷を背負っていくことになる。
 唯一、それを払しょくするのは社会的な評価を得た時にそれが僅かでも癒される。これから、同窓会や部の集会で人に言えない辛い思いをする事だろう。
 11時間に亘った競技は終わった。たった3日目で今年も終わった。
 そう言えば、昨年は宇和島や松山に初詣に行った。アッと言う間の1年間だった。それだけ、意識しないで過ごしたのだ。
 期待外れをずっと続けてしまった。昨年1年間は厳しい年だった。期待外れの研修センターの実績のお蔭で、私の給与はひと月分支給されずに終わった。妻が、煩い。それはそうだろう。命の次に大事なお金の問題だ。
 「貸した500万円はどうなっているの。去年の6月の給与振り込まれていないよ。」
 合計750万円が無くなっているのだから、何度も言うに決まっている。
 ファクタリングを止めた昨年の収入の1千万円を負担するために、給与を支給せずに、一昨年借り入れた500万円も返済できないままに過ぎ去った。
 そして、研修センターの裏切りだ。昨年だけで3000万円の収益が研修センターだけでなくなったのだ。
 その負担とどうするか。二重苦にあえいだ昨年の財政だった。それが、今年はどうなるのか。私の給与を大幅に減らして対処してみようと思って居る。私個人でも1千万円以上の貸し付けがある。
 それでも、借入金が無いので未収金はその数倍あるので、日本の国と同じように借金は目に見える分だけで、収支は合って居る。
 箱根駅伝が終わってから事務所に来た。4時間の積りで仕事を始めたが、結構時間は早く進む。何とか去年の残した業務をしようと思って居たが、ほんの少ししただけで時間が来てしまった。
 多くの方への返事をしないと行けない懸案がある。それを、どう対処するか。考えるだけで、いつものように気が進まないので明日になる。明日は、また出掛ける。毎年恒例の石清水神社に行くのだ。
 あの山を登っていつも自分の体力を測っている。なんか、そこに行くと今年も遣れそうな気がするのだ。
 今年は、本当になんか自分の歳のような気がする。どんな占いでも、今年は私の12年ごとに来るいい年だと言うのだ。
 予想はみんな合って居て、今年の新規事業が何かうまく運ぶような気がする。行政書士としての仕事も入って来て、順調に行くのが当たり前のように思えて来たのだ。その意気が大事だ。心配だけが先行したのではどうしようもないのだ。
 戦力に不足があっても、その戦力で戦う他ないのだ。それが戦略だ。戦略がしっかりしていると、どんな敵でも撃破できるし、今は学歴や学力の時代ではない。アイデアを如何に構築するか、如何に縁があるか。人脈があるか。それに尽きる。
百田尚樹“作家タブー”の深い闇…「たかじん長女手記」を潰していた『週刊文春』
1行たりとも報じようとはしなかった
「今回の『殉愛』騒動での、週刊誌の腰抜けぶりは、出版界に依然“作家タブー”が存在することを世に広く知らしめた。それが、百田(尚樹)さんがあの本を出した唯一の功績でしょうか」
 こう自嘲気味に語るのは大手出版社幹部だ。
 この幹部の言う『殉愛』(幻冬舎)とは、ほかでもない、『永遠の0』や『海賊とよばれた男』など、出す本、出す本、すべてが売れるベストセラー作家の百田尚樹センセイが、「関西の視聴率王」と呼ばれた故やしきたかじん(2014年1月3日死去)と、彼が亡くなるまでの2年間、支え続けた妻「さくら」との〈愛の物語〉を描いた〈純愛ノンフィクション〉のことだ。
 さくらから、たかじんの“遺志”として、執筆依頼を受けた百田センセイは、さくら自らが語る〈人生のすべてを捧げた〉献身的な介護話に大感激。〈2年先まで埋まっている〉出版スケジュールをすべて延期し、〈300時間以上の取材〉(後に200時間以上に訂正)を経て、書き上げたという。
 本の中で百田センセイは〈読者にはにわかに信じられないかもしれないが、この物語はすべて真実である〉と大見得を切り、版元の「幻冬舎」(見城徹社長)も〈かつてない純愛ノンフィクション〉と大宣伝。
 発売当日に「金スマ」(TBS)で、この〈愛の物語〉を延々2時間再現するという、あざとさ満開の“幻冬舎プロモーション”が奏功し、11月7日の発売から1カ月足らずで、初版25万部を完売する勢いなのだ……。
 と、ここまではよかったのだが、発売直後からネットでは、この『殉愛』、そして主人公の「さくら」に対する疑惑が噴出した。それらの疑惑については、本特集(月刊誌『宝島2月号』「大特集 百田尚樹の正体!」)の巻頭記事を読んでいただきたいが、この騒動がネットの世界を飛び出し、広く知られるようになったのは、この本を巡って、たかじんの唯一の実子である長女が、版元の幻冬舎を提訴するに至ったからだ。
「殉愛」の中で、さくらに対し横柄な態度で、関西弁の暴言を浴びせ、カネに汚い「中年女性」として書かれた長女は、同書発売から2週間後の11月21日、『殉愛』によってプライバシーを侵害され、さらには虚偽の事実を書かれたことによって名誉を毀損されただけでなく、遺族としての「敬愛追慕の念」をも侵害された──として幻冬舎に対し、出版差し止めと損害賠償を求める訴えを起こした。
 人気作家が書いた、亡くなった有名タレントの〈ノンフィクション〉で、その遺族から訴えられるなど、前代未聞のスキャンダルだ。が、本来ならこの種の醜聞に真っ先に飛びつき、嬉々として報じるはずの『週刊文春』や『週刊新潮』、『週刊現代』や『週刊ポスト』など、出版社系週刊誌は、長女の提訴から2週間近く経たっても、1行たりとも報じようとはしなかった。
読者の失笑を買った天下の『週刊文春』
 前出の出版社幹部が語る。
「これがいわゆる“作家タブー”というものです。『文春』では年末の新年合併号から百田さんの連載小説が始まり、『新潮』では『フォルトゥナの瞳』(連載小説)が終わって単行本が出たばかり。さらに(『週刊現代』の版元である)講談社は『海賊とよばれた男』、『永遠の0』の版元で、小学館も『SAPIO』などで百田さんには世話になっている。
 出版不況の昨今、各(出版)社に対する人気作家の影響力は絶大で、各社とも自社の週刊誌がこのスキャンダルを報じて、百田さんの逆鱗(げきりん)に触れ、連載を止められたり、版権を引き上げられることを恐れ、“自主規制”しているんです」
 なるほど、どうりで普段は他人様のプライバシーを暴き立てることに血道を上げる週刊誌が、今回ばかりはおとなしいはずだが、このお寒い状況にキレたのが、大物作家の林真理子氏だった。
 なんと、百田センセイの連載欲しさにダンマリを決め込んでいる『週刊文春』誌上で、当の『文春』をはじめとした週刊誌批判をブチ上げたのだ。
 林氏は『文春』で長期連載中のエッセイで、さくらの重婚疑惑など一連の『殉愛』騒動に触れた後、こう述べる。
〈意地悪が売りものの週刊新潮も、ワイドの記事すらしない(百田氏の連載が終わったばかり)。週刊文春も一行も書かない(近いうちに百田氏の連載が始まるらしい)。
 あと講談社が版元の週刊現代は言わずもがなである。週刊ポストも知らん顔。こういうネタが大好きな女性週刊誌もなぜか全く無視。大きな力が働いているのかと思う異様さだ〉と、“作家タブー”の存在を匂わせたうえで、「従軍慰安婦問題」や「吉田調書問題」で、週刊誌が『朝日新聞』を袋叩きにしたことを例に挙げ、こう批判するのだ。
〈私は全週刊誌に言いたい。もうジャーナリズムなんて名乗らない方がいい。自分のところにとって都合の悪いことは徹底的に知らんぷりを決め込むなんて、誰が朝日新聞のことを叩けるだろうか〉
 これだけ徹底した週刊誌批判を、当の週刊誌誌上においてできるのは、彼女の実力、そして胆力のなせる業だろうが、自誌の連載執筆者から真っ向から批判されたのが、よほど恥ずかしかったのだろう。『文春』は翌週の号(12月18日号)でようやく、この『殉愛』騒動を取り上げるのだ。
 ところが、そのタイトルは、
「『林真理子さんの疑問にお答えします』百田尚樹」
 と、文字通り百田センセイの独演会。センセイは件(くだん)の重婚疑惑について〈彼女は二〇〇八年十二月にイタリア人男性と日本で入籍し、二〇一二年三月に離婚しています。たかじん氏と入籍したのは二〇一三年十月。重婚の事実はないのは明白〉と主張。イタリア人夫との結婚、離婚の事実を書かなかったのは、たかじんが〈妻のプライベートは公表したくないとも考えていた〉からと釈明したのだ。
 が、これは明らかに問題のすり替えと言わざるを得ない。そもそもネットでは重婚疑惑よりむしろ、〈純愛〉を売りモノにするさくらの“不倫疑惑”のほうが問題視されていたからだ。
 というのも、さくらがたかじんと初めて会ったとする11年12月時点で、イタリア人夫との仲睦まじい様子を、さくら自身がブログにアップしていたからにほかならず、このさくらの“二股”状態について、百田センセイは、何ら説得力のある説明ができていない。
 にもかかわらず、『文春』は〈ただ彼女にどんな過去があろうと、たかじん氏最後の二年間を他の誰よりも献身的に支えたことは紛れもない事実です〉などというセンセイの主張をただタレ流すだけなのだから、これでは読者の失笑を買うのも無理はない。
週刊新潮』も言い分を丸飲み
 ライバルの『週刊新潮』も林氏の叱責にバツの悪さを感じていたのだろう。
 こちらは〈故やしきたかじん「遺族と関係者」泥沼の真相〉(12月18日号)と左トップ5ページで大々的な特集を組み、「検証記事」の体裁をとっているものの、その内容といえば、『文春』同様、百田センセイのお話とさくらの主張に丸乗りするものだった。
“重婚疑惑”については、もう一方の当事者であるイタリア人夫を取材することもなく、さくらから提供された離婚届の「受理証明書」だけを根拠に、〈「重婚」の事実は全くなかった〉と断定し、メモの“捏造疑惑”も、自ら検証することなく、ネット情報をそのまま拝借。それでいて〈ネットを騒がせている「重婚疑惑」と「メモ偽造疑惑」はいずれも事実ではなかったわけだ〉などと勝手に納得しているのだから噴飯モノだ。
 さらに、前述のさくらの“不倫疑惑”については、本人の「私とそのイタリア人男性は結婚の翌年の夏頃にはうまくいかなくなり、翌春には別居状態になっていました」「そういう状況になっていることは私の家族には話せなかった。だから私は家族を安心させるために、わざと和気藹々とした写真などをブログにアップしていたのです」という、苦しい言い訳をそのまま掲載。林氏の言う〈意地悪が売りものの〉新潮にしては、気持ち悪いほど素直なのだ。
 そして林氏から〈言わずもがな〉と揶揄された講談社発行の『FRIDAY』(12月26日号)に至っては、「家鋪さくら独占手記『重婚疑惑 直筆メモ捏造疑惑 すべてに答えます』」と題し、さくらから提供されたたかじんとさくらのツーショット写真をふんだんに使い、8ページにわたって大展開。
 その内容はもはや〈言わずもがな〉だが、誌面ではたかじんの遺言書の写真まで掲載し、〈妻・さくらは、不動産、株などを含む残りの財産すべてを相続するというわけである〉と、さくらの相続の“正当性”を強調。返す刀で〈すなわちたかじん本人の遺志で、Hさん(編集部注:長女)への財産分配は行われないことを意味しているのである〉と、百田センセイよろしく、さくらの主張を代弁するのだ。さくらと長女が現在、遺産をめぐって係争中であるにもかかわらず、である。
『朝日』『毎日』はマジメに事実を追及
 一方、これら百田センセイに気に入られようとちぎれんばかりに尻尾をふる出版社系週刊誌とは対照的に、気を吐いたのは『サンデー毎日』や『週刊朝日』など新聞社系週刊誌だった。
 『毎日』(12月14 日号)は〈たかじん死して「骨肉の争い」勃発〉と題し、長女が『殉愛』の版元、幻冬舎を訴えた訴訟の内容を詳報。一方の『朝日』(12月19日号)はさらに踏み込み、〈スクープ! 渦中のやしきたかじんさんの長女 独占初激白 「百田尚樹さん、事実は違う。なぜ、私に取材しなかったのか」〉とのタイトルで長女のインタビューを掲載し、百田センセイとさくらの主張に真っ向から反論したのだ。さらに第2弾(12月26日号)でも、さくらが、「OSAKAあかるクラブ」に遺産2億円の寄付を放棄するように迫り、そこにはなんと百田センセイも同席していた──とのスクープを報じた。
 しかし「殉愛」の内容に疑問を呈したのはこれら両誌に、たかじんと交流のあった作詞家の及川眠子氏や、元マネージャー・打越もとひさ氏のコメントを掲載した『週刊SPA!』(12月2日号)を合わせた3誌のみ。
 作家タブーに屈服し“自主規制”した出版社系週刊誌は、林氏の言う通り〈もうジャーナリズムなんて名乗らない方がいい〉と小誌も思う。
 が、実は、当の百田センセイ自らが“記事潰し”に関与していたというから驚きだ。

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大手週刊誌はようやく重い腰を上げるも大半は百田センセイ&さくら氏の“代弁者”に成り下がった
たかじん長女の手記が校了直前で掲載見送りに
 その舞台となったのは、ほかでもない、新年合併号からセンセイの連載が始まるという『週刊文春』だ。事情を知る文藝春秋関係者が語る。
「実はたかじんが亡くなった直後から、さくらの素性に疑いを持ち、いち早く報じてきたのが、いまや百田さんの“広報誌”と化してしまった『週刊(文春)』(文藝春秋社内では月刊『文藝春秋』と区別するためにこう呼ばれる)でした」
『週刊文春』は、たかじんがガンで再休養していた13年末段階から「長期療養中やしきたかじん 再々婚した32歳下一般女性の正体」(12月19日号)、たかじんの死後も「やしきたかじん『参列者5人』葬儀の謎」(14年1月23日号)、「親族から噴出 やしきたかじん32歳下未亡人への怒り  遺骨を『マカロンみたい』」(同年2月6日号)と、さくらの正体や、彼女と遺族との確執について詳報し、まさに独走状態だった。前出の関係者が続ける。
「そして『週刊』は、さくらに対するトドメの一撃として、昨夏のお盆休みの合併号に、たかじんの長女の手記を掲載する予定でしたが、校了直前になって掲載が見送られたのです」
 関係者によると、『文春』では、長女の手記を記事にまとめた後、最終的な事実確認のため、さくらが、たかじんの生前から同居していた大阪のマンションを訪問。取材を申し込んだという。関係者がさらに続ける。
「ところがその直後に、編集部からストップがかかり、取材班は大阪から撤退。記事掲載も見送られたのです。
 表向きの理由は『さくらと長女は現在、遺産をめぐって係争中で、法務(部門)が係争中の案件を記事にするのはまずい、と難色を示した』というものでした。が、さくらと長女が遺産をめぐる係争中であることは企画段階から分かっていた話ですし、そもそも『係争中』を理由に記事掲載を見送っていたら週刊誌など作れない。編集部内でそんな“理由”を信じる者は誰一人、いませんでした。
 これは後になって社内で分かったことですが、取材班がさくらに取材を申し込んだ直後、百田さんから新谷(学『週刊文春』)編集長の携帯に直接、電話があったそうです。おそらく、さくらから依頼を受けてのことでしょう」
 それ以降、『文春』編集部では「さくら」がタブーとなり、今や百田センセイの“広報誌”と化したことは前述の通り。
 この記事潰し疑惑について取材班は『殉愛』版元の幻冬舎を通じ、百田センセイに確認したが、センセイは自らが新谷編集長に電話を入れた事実も、さくらから記事潰しを依頼されたという事実も否定した。
 冒頭に登場した大手出版社幹部が最後にこう語る。
「今回の騒動では、作家タブーを抱える週刊誌がネット民に完全に敗北したことが明らかになりました。これも『殉愛』の数少ない功績なのかもしれません」
 これら様々な出版社の“お家の事情”を白日の下に晒したという意味では、悪
評紛々の『殉愛』も少しは世の中の役に立ったのかもしれない(文中一部敬称略)。

文/宝島「殉愛騒動」取材班

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