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トップハート物語(5764)立志伝敢闘編
20/05/13
2014年(平成26年)12月上旬。
 朝10時から集会があるので、早めに出ることにした。
昨日の予定を遥かにオーバーして、8時過ぎに3者会談を終わった。ただの保険屋さんと思って居たが、ただの方ではなかった。
 保険買取りで保険会社と裁判まで引き起こしている方だったのだ。その思いを聞いて、単なる金儲けではなく、地域、個人にメリットがあることが分かった。それを、どのように取り組んでいくかが問題だった。
 自分たちでいいなと思っても、実現できないのは何かの障害がある。それを、私は、
 「日本古来の道徳心があるから、それを超えて行かないと何か胡散臭いと思われる。」
 そう表現した。
 私も最初は、実現不能と思って居た。しかし、実現する可能性を追求していく価値があるので、その議論に入って行った。
 そんな佳境で、あのさだまさし君から電話が入った。出なかった。議論の腰を折ってはまずいと思ったのだ。
 留守番電話が入っていた。約束した7時に入っていた。
 『7時に電話してくれと言っていたから。』
 そう言われた。
 それでも、今日はもう遅い。何故なら、まだ話の最中だし戻るのに時間が掛かる。落ち着いたら電話しようと思って、議論が終わった後地下鉄とJRを乗り継いでホテルに戻った。途中、駅ビルで弁当の大幅割引をしていたので二つ買った。 
 二つで、1000円札を出してお釣りが来た。一つは、夕食、もうひつとは素泊まりだったので、翌日の朝食だ。
 その冷たくなった朝食を食べて、9時過ぎに出た。10時半までに学研本社に行けばいいのだが、少し早目に出た。
 大井町から品川経由五反田まで30分程度だった。到着しても、時間は大幅に早い。駅前をブラブラしたり、写真を撮ったり。栄養ドリンクを飲んだり。それでも時間は余る。仕方がなく、ゆっくりと歩きだす。
 学研本社の写真を写したり、それでも受付時にはまだ30分以上前だった。ICカードを貰って、24階の会議室を目指す。ドアが閉まっていて通路にも入れない。外を見ると
青空に富士山がくっきりと浮かんでいた。
 東京から冠雪をしている富士山を見るのは何年振りか、しばし浸っていた。
誰か、来た。茨城からだという女性と少し話をしていると、男性職員がドアを開けて中に入れる。
 いつもの、正面に向かって左側の後ろに近い席に座った。何故か、この席がしっくりいくのだ。始まるまでの30分の間に、恩師が何人か紹介してくれた。
 いよいよ始まったが、中々思うような話が出来ないような感じだった。
多くの人が来ていて、みんなにお話を聞きたいと思うのだが、少し話過ぎる主宰者。前回は全体の4分の3も話をして、全国からの出席者が可哀想だと感じた。自分たちが運営している組織の悩みを打ち明けて、少しでも導いてほしいと思って居るだろう。
 セーブしたのだろうが、1時間は使ってしまった。半分だ。昨日は、
 「15分で、あとは出席者の話を聞いて行こうと思う。」
 そう言って居たが、無理だった。
 何人か悩みなどを言って居たが、言いっ放しで終わっている。
 私も指名されたが、
 「この組織を盛り立てて長い指導をお願いしたいんですが、財政的な内容は大丈夫でしょうか。必要なら会費を支払って維持の貢献をしたい。別に議決権は要りません。」
 そう言ったが、別になんの返事もない。
 また、前の方がケアマネジャーで、後見人が司法書士で
 「幾ら頼んでもサービス担当者会議に出て来ない。私はそんな会議に出ないと言うので、司法書士の団体に文句を言って代えて貰った。」
 そんな理由で、成年後見人が代わるのかと驚いた。
 そのことに対して、
 「私もケアマネジャーをしていて、成年後見人が就いている利用者さんの後見人が弁護士です。出て来ません。分からないから。分からないのに、分からないと私の場合は文句を言わずに、出来る必要なことはしてあげます。私どもだって知らない分からないことが多く、教えて貰う事もあります。また、相談して解決して貰う事もあります。その方がスムーズに行きます。」
 そう言って、冷や水を浴びせてしまった。
 2時間の会議を延長して12時予定が13時になった。終わってから、保険屋さんが、一緒に食事でもと言うので、付き合うことにした。
 そうすると、その保険屋さんは私と同じ年代なのだが、他の出席者の女性を誘っていた。4人とともに合計6人で食事に行った。
 近くの中華料理店で頂き、それぞれの自己紹介をして仕事の連携を誓った。保健師などのグループで、勉強家で立ち上げもしている。
 議論の中心は予防だった。認知症になっているかたの後見活動をするのに、議論は何故か予防だった。予防を進めないと行けないと、これから時々情報交換を約束して別れた。保険屋さんとは五反田駅で別れた。
 何故か、次回の相談も決まりも無かった。それだから、
 「今度は3月頃ですかね。」
 セミナーがあるのだ。
 その日まで、と別れた。
 夕方駅に到着して、重い、本当に重いバックを携えて戻って来た。


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