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トップハート物語(5761)立志伝敢闘編
20/05/12
2014年(平成26年)12月上旬。
朝起きて、テレビを見ていた。メトロポリタンホテル仙台での朝だ。iPadが動かなくなり、何もできないままに過ごす。シャワーを浴びるつもりが、朝風呂になった。ゆっくりと朝風呂に入るのは、久々だ。
 自宅に居る時には、いつも休日は朝風呂だった。落ち着いて、何かリラックスする。考え事も、この状態だと色々と生まれる。30分ほどして、7時半に食事に行く。いつもなら、会社に出ている時間だ。
 朝食は6時半からやっているのだが、一番初めからでは混んでいて落ち着かない。1時間後くらいがいいだろうと思って行った。ところが、予想に反して沢山いた。満席で、僅かに空いていた席に案内された。
 全国のホテルの朝食ランキングでベスト5に入る美味しさの「はや瀬」での朝食だ。勿論、最高だ。何と3杯のご飯を食べてしまった。抑えようと思ったが、抑えようもなく3杯のご飯を頂いた。
 おひつが置いてあるのだが、丁度茶わん3杯だ。
 それが済み、部屋に戻ると先輩から電話があった。今日一日中付き合ってくれる先輩だ。昨日、飲んで疲れているだろうに、今日は実家とか連れて行ってくれる。いつもなら、午前様になるくらいの遅くまで飲むのだが、疲れていたのか早かった。9時にはホテルに戻って来たと思う
 「随分早いですね。母親のところには昼頃行く積りですが。」
 「そうだな、もう少ししてからまた電話するから。」
 まだ、9時前だから2時間くらい余裕がある。
 暫くテレビを見ていた。ゆっくりと支度して、先輩との待ち合わせ場所に向かった。ホテル向かいの、昔仙台に居たころには「エンド―チェーン」として、宮城県の隅々まであったスーパーの本店だった。
 直ぐに出発して、親の家に行った。情けないことに、住んでいる鶴ケ谷団地は同じ建物が沢山あって、どれがどれかよくわからない。先輩が何度も連れて行って暮れていたので、近くまで安心していた。
 降ろされたところが、そこかと思って歩いて団地に向かった。
 私が仙台に居た当時、生まれてから18歳までの間に記憶に残っているだけで、八幡町の中島町、原町、宮城野、北仙台、田町、上染師町などと引っ越していた。また、私が仙台を離れてからも、河原町、沖野、鶴ケ谷などとまるで難民だ。 
 だから、年に1度しか戻って来ないので記憶が定かではないのだ。宗教に入り込んで、親が破滅した。その宗教も幾つも異なる。
 今でも母親は宗教に凝っているので、私とは一時疎遠になっていた。元気なうちは、私の生き方を受け入れようとしなかった。段々と、丸くなって歳を取って来た。少しは穏和になって、私も親の存在を充分に有難く思って居るので、今では仕送りをして生活を支えている。
 しかし、何ともしがたいのは、年に1度だけ数時間滞在する実家だ。
 分からないで幾つか探した。たまたま、何かをポストインしている叔母さんがいて、
 「●棟はここでいいんですか。」
 「ここは違う。●棟なら階段を上がって上ですよ。」
 そう言われて、階段を上がってその棟に向かい、母親に電話を入れた。
 何しろ、この仙台では一番多い姓で、沢山同じ姓だけの表示がしてあるので、どこか分からない。
 やっと、電話で聞いた棟に行った。
 相変わらず元気で良かった。
 先日、行くことを告げた時に昼食を聞かれたので、お願いした。魚が好きなので、サンマをお願いした。時期が過ぎているのだが、サンマが好きなのだ。
 お土産に伊勢の「赤福」を持って来た。
 先輩には昨日渡したが、朝に会った時に
 「妻が絶賛していた。」
 と、いうくらい美味しいと私も思う。
 約1時間半、話をして出た。
 私の兄弟や母親の姉妹の話を聞いて、みんな変わりなく元気で良かった。
 やはり、変な訪問者が来るのだが、何度も
「知らない奴が来たら開けちゃダメ、電話も知らない奴だったら出ちゃダメ。」
 と、言って居る。
 電話は、ちゃんと登録してある知人以外は、音声で誰が掛けて来たのか分からないようにしてあるので、出ない様に何度も言って居るのだが、出る。
 撃退した話を言うが、それが危険なのだ。
 先輩が待っていてくれて、出発して塩釜に向かった。どうして塩釜に行きたかったのか知らないが、途中で、先輩だけ蕎麦屋で昼食を摂りに入った。私は車で待っていたのだが、戻って来て
 「名刺持っているか。同級生だ。」
 と、言って紹介してくれたのはロープ会社の社長だった。
いつも言うが、この広い世界で偶然に知人に会うことが多い先輩に驚いている。偶然、向かい合わせの席に着いたと言うのだ。
 そこから、松島に入った。そして、私の希望で、おはぎを大量に売りつくす叔母さん連中が運営しているスーパーで有名な秋保温泉の「さいち」に連れて行って貰った。そこでも、先輩と同級生の美容院の経営者に会った。
 一旦自宅に車を戻して、仙台の街に出た。

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