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トップハート物語(5728)立志伝敢闘編
20/04/25
2014年(平成26年)11月1日。
今日の創業スクールの会場はいつもと異なる場所で、駅ビルの26会議室だった。飲食関係のものを持ち込んだり、食べたりしてはダメな会場だった。
 駅ビルなので、いつもの車での移動ではなく地下鉄にした。大阪駅まで18分と利便性の良い場所にこの事務所はある。8時半頃に事務所を出るという、同行のNPO法人常勤理事に告げた。
 それなのに、いつものように遅い。結果的に乗車出来たのは9時過ぎだった。乗車する地下鉄の駅までは、徒歩5分程度。9時半前に到着して、会場に迷わずに行けた。一番乗りだった。迷路のような地下街で有名だが、地上も同じだ。
 今日は事業計画上の財務とか決算書などの内容について、税理士から講義を受けるのだが、厳しい内容にNPO法人常勤理事に最初言って居た。
 「数字の関係は、基本的な言葉やシステムを知って居る者だったらある程度は我慢できるだろうが、馴染みの無い者にとってはつらい時間だ。言葉を知らないから、特にそうだ。」
 そう言って居たが、終わった段階と言うより、始まった段階からそのような戦いが彼女にあったようだ。私は一応実践しているので、十分だった。
 少しは、グループワーキングとか質問タイムなどあるのかと思って居たが、全くなかった。一方的に話をしているだけで、一番講義としては聞く方にとっては我慢との戦いだ。
 「自分は、この地域では財務と経営に精通している一番のコンサルタントだ。」
と、言って居たが、自信に溢れているのは分かった。
 講義内容はほとんど実践しないので、別に開業前に聞いても仕方がないし、今後も多分必要がない。今日の学んだことを参考に事業計画など作成する者は皆無だと思う。何故なら、それほど精密に計画を建てている者は居ないと思う。
 午前中は2時間だった。12時に休憩に入った。立った途端に、ある生徒が視界に入った。何となく、こちらを見ているようで、昼食時間だから何か声でも掛けられては嫌だと思って、わざと視界から消えてどこかに食べに行ってほしいと思って居た。
 今日は、おにぎりではなく、外食しないと行けないのだ。飲食する場がない。その代り、このグランドビルには27階から30階まで飲食店が並んでいる。
 やっと、視界から消えた奴が、教室となっている会議室の外に出るとフロアで待ち伏せしていた。
 「どこか食事行きますか?」
 「いや、決まっているところがあるから。」
 そう言って、拒絶した。
 中年の男性だ。
 最初、隣の席でスクール開講を迎えたのだ。その時に少し話をしたが、私は受け入れられない性格を感じ取って、嫌な感覚を感じていた。その後、私と席が離れてグループワーキングになった時に、その中年男性とNPO法人常勤理事が同じグループになった。
 少し、顔を知ったので彼女に親しく話しかけたが、話下手なNPO法人常勤理事の事業プランに対して、あれこれと難癖をつけるダメ出しをする、
 「少し話をすると、直ぐに怒ったように否定するのでしゃべられなくなって黙ってしまった。」
 と、言って居た。
 奴は、コンビニオーナーを失敗して、今度はうどん屋を開店させたいと、資金を借りるのに、この創業スクールを活用して、導入のチャンスを得たいと何度も言って居た。
「内容はレベルが低いので、聞かなくてもいいが出ないと金が借りられないから仕方がなく出ている。金が欲しいだけだ。」
 そんなことを言いながら、うどん店のプランを言って居たが、内容が何もない。
「健康志向のうどんで、掻揚げの野菜に趣向を凝らす。自然食品を使用する。」
とか、
「25坪でカウンターだけで、女性客をターゲットにして入りやすいうどん屋を展開する。」
 ずっと、聞かせられるが聞きたくない。何もないのだ。思いつきだけで、融資担当者に受け入れられるとは思えない。
 それを、振り切って来る時に見た29階にある「牛タン焼き仙台辺見」という店に行こうとエレベーターに乗った。
 同じ教室の生徒が乗っていたが、27階で大半が下りたが、隣にいた女性が
 「どこか決まっているんですか。」
 と、聞いて来たので、驚いて顔を見ると何と、初日に印象に残っていて、終わってから喫茶店でお茶を飲んだ時に、後から店に入って来て声を私から掛けて同席して話をした女性だった。
 親族、家族ががんで亡くなって自身も3か所のガンに罹患して戦った経歴を持つまだ若い女性だった。
 「はい、私が仙台出身ですので、牛たんに行きます。」
 「ご一緒させてもらっていいですか?」
 「はい、どうぞ。」
と、言って同席する積りだったが、その隣に一番この創業スクールで嫌な女性がいて私と同席する約束した女性に離れない。
 自分も行くと言う。途端に、困惑して29階に降りた途端、トイレに行くと言って向かった。戻って来ると、待っていた。牛たんの店に行くとカウンター席だけで、座れない。丁度昼時だった。
 どこか4人で座れる席を聞きに店に入ると、奥にカウンターだが個室のような部屋があった。そこを空けて貰うように話をして、戻って来た。
 「満席ですか?」
と、聞かれたので、空けて貰うように話をしたことを告げたが、反対側の和食の店が以前みんなで行った店だったのを思い出した。
 「ここもみんなで来たことがあるんです。お魚か中心ですが結構おいしいですよ。」
 そう言うと、なんとなく入れないなら自分たちは別にこの店に行くという雰囲気になった。つまり牛たんより魚の方が良かったのだろう。
 それでも、嫌な女性に取付かれた彼女が可哀想。
 別々に行くことになって、安心した。
 それにしても、先日の市のコミュニティ交流会の会場でも嫌な奴に声を掛けられて、付きまとわれて困ってしまった。今日は、嫌な中年男と嫌な女性と。みんなが毛嫌いしているので、寄り付かないので、私がターゲットになる。
 午後の後半講座は、とにかく時間の経過を我慢して待っているだけだった。午前2時間、午後3時間我慢の時が終わった。
 終了後、29階の喫茶室に行った。暫く、休んで気持ちを整えてから戻ろうと思って居た。席が少し空いているのだが、ウェートレスが案内しない。顔をチラ見するだけで、知らんふり。
そう言えば、会場が異なっていたが、やはり昼食の時にパスタ屋に入ったが、案内しない。声を掛けてやっと案内する。室内に入って暫く様子を見ていた。客が来ても、ホーンが鳴っても知らん振りの若いウェートレス。そこに、中年を過ぎたウェートレスが居た。二人で案内や片付けなどのフロア業務だが、若いのは知らんふりして動かない。
お年寄りのウェートレスは、顔が強張って知らんふり。つまり、お年寄りウェートレスが押し付けられて動かない若いウェートレスに、遣らせようと受けない、自分はもうしないという気持ちがくみ取れる顔をしていた。
 涼しい顔の若いウェートレス、後ろめたいが自分が全て押し付けられるわけにはいかないと決心しているお年寄りウェートレス。結果的には、お年寄りウェートレスの負けだった。悔しさが顔に出ていたが、客商売ではそれ以上の事は出来ない。
 このグランドビルの喫茶室も同じだった。若い女性のウェートレスが全く無視して、動いているふりをして何もしない。私が手を挙げて目が合っても無視。何度か合ったので、仕方がなく案内するのかと思ったら、
 「お好きな空いている席にどうぞ。」
 と、言ってまだ関係のない満席の方向に行ってしまった。
オーダーが決まって、手を挙げて呼んでもそいつは来ない。スイーツを持って来た男性が、その仕草を見て、呆れ果ててスイーツを持っているまま席に来て、
 「大変申し訳ございません。暫くお待ちください。」
 そう言って、他の客にスイーツを持って行って戻って来た。
 本当に、呆れ果てている男性の若いウェートレス。その若い女性ウェートレスは、ただ、客席でいかにも仕事をしている振りをして、歩いているだけだった。
 注文品を運んで来たのは、中国人と分かる「魏」さん、だった。
本当に不愉快な、こんな高級なグランドビル内でもこんなことが起こっているのだ。若い女性は、本当に働かない。
 ずるがしこいのが付け加えられる。もう少し、国も考えないと。正規労働者にするといろんな政策を行って居るのだが、今の若い者を無理無理正社員にして大きな問題を抱えても会社は困るのだ。
 人材の育成に力を注がないとどうしようもなくなる。働かないで金銭を手にする政策など、一体何になるのか。
 喫茶室で、突然、後見人養成講座を学んだ先生から電話があった。
 20分くらい話をした。今現在は、自分たちで立ち上げた組織のPRに努めているようだ。私も会員となったが、まだ多くの会員は得ていない。
 11月の16日に交流会が行うので、と勧誘を受けた。東京なのだが、丁度私が被後見人の代理人として18日に東京簡易裁判所への出廷があるので、参加することにした。
 朝、出勤して「創業スクール」に出発するまでの間、本社から回送された書類を見ると、労働局より抽出により当社の労働保険などのデータを確認したいと、その期日が10月31日だと。
 既に期日は過ぎているのだが、提出しない訳に行かない。12月末までに現地調査をしたいという。
 いくらでも来ていいが、時間が勿体ない。内容的には、過去2年間の労働保険の支払いと社員に人数だ。その件については顧問に社会保険労務士が行って居るので、朝早いが、これから研修に出掛けるとの断りを入れて、用紙をfaxした。
 夕方、顧問の社会保険労務士から連絡があり、少しの数字が気になっていたので、その話が怖々とあったが、
 「大丈夫です。違反をしている訳じゃないし。問題があったら直せばいし、不足しているなら追加で支払えばいい。」
 そう断定的に話をして、納得して貰った。
 いつ来るか、希望を言ってくれとの文書にあるので、決めて連絡する積りだ。
当社の毎年恒例のオリジナルカレンダーのデザインが出来上がった。最初はどうなるかと心配していたが、何とか最後には辻褄を合わす。
 夕方6時頃に戻って来た。事務所に寄らずに部屋に直行した。夕食を摂る前に少し休んで、創り出した。ラーメンなど半額で購入したものが沢山あり、醤油ラーメンになすとピーマンの肉みそ炒めを作って入れた。美味しい。何も、作り方に従ってやる必要はなく、私は出鱈目に組み合わせて作るが、美味しく出来上がる。
 たまたま3連休なので、山積みになった机の上の書類整理に費やすることになる。それにしても、最近は口に出る。
 「ケアマネジャーをもう辞めたい。遣りたくない。」

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