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トップハート物語(5721)立志伝敢闘編
20/04/22
2014年(平成26年)10月下旬。
朝一で、介護支援事業所管理者が来た。主要な話は、新人の問題だった。ここ最近繰り返される、新人の問題。
今年の問題人は、制度を使って4か月間資格を取得させながら雇用した。脈があるので正式に契約した。契約が始まる当日から来ない連絡が取れない、ドタキャンだ。数日間来ない。 しかし、入社するとのことで既に社会保険加入の手続きを取っているので、会社負担が少なくてもひと月はある。
 個人の負担と合わせると、5万にはなる。それを、どうして会社が全額負担しないと行けないのだ。そのうえ、辞めるとなると雇用したと届出しているので退職願が必要となる。
 とんでもない問題が、何もしていないのに発生して負担も生じる。☎、メールなどしても全く返事がない。紹介して来た知人を介してもダメ。ついに、親に集金に行くとメールを送るとやっと返事が来た。そして、負担金を振り込んで来た。
 次の奴は、同じように当社の就職支援の講座を修了して、社員採用。数日はまともに来たが、突然、親が心肺停止だと言って長期休暇。続いて、性的被害を受けたと言って連絡も取れず電話にも出ず、親に会いに行く、とメールするとやっと連絡が取れて、社員のままで居たいと言い張る馬鹿げた精神。
 やっと、退職手続きを取ったがそれまでには、何度も社員が接触したり時間を取ったり。そして、今度だ。
 複数で面接して、最終面接を私がして、入社当日も時間を取って意思確認をして。馬鹿と言えば馬鹿なのだが、どうしても信じてしまう私の精神。シングルで、子供が0歳。遠方で定期代がひとつき2万円。9時5時勤務で、土日祝休み。手取り18万円欲しい。免許なし、移動は自転車。それでも、採用して、土曜日は出勤にした。総額20万円だ。
 30歳になったばかりで、アパレルや飲食、水商売で雇われ店長など客商売中心で、介護など出来るかと心配したが、根性があると履歴書にも書く。子供については、親や姉が同居しているので、土日は働けると研修中に責任者に言って居たようだが、どうも話が違って来た。
 それでも、目をつぶって採用。初日はどうか、気になっていたが
「同行したヘルパーさんの評判も良く、利用者の受けもいいという報告がありました。」
と、メールで今日の朝来た介護管理者が報告して来た。
 安心して、次の日も同じ報告だったので、もういいだろうと気にならずにいた。
 しかし、二日目の日、私が外で人と会って居る時に介護支援管理者からmailで
 『保育園に提出する書類とハローワークに出す書類に印鑑が欲しいそうです』
 と、言って来た。 
 しかし、そう言われても外出して人と会って居るし、戻るのは遅い。無理だと返事をすると、
 『明日、ハローワークと提出する約束があるとのことですが、何時頃戻りますか。』
 『NPO法人常勤理事に押印して貰ってくれますか。』
 『佐藤さんに書いて貰わないと行けない箇所があるので、研修センター責任者に預けていたようですが。社長の押印だということでした。』
 『仕方がないですね、戻ったら押印しますのでドアポストに入れて置いて下さい。』
 そう、返事したが諦めきれずに、しつこく何度も言って来たが戻らないとはっきり断った。
 管理者に
 『これまで、評判がいい採用者が市の保育園を管轄する部署へ提出する労働証明書を持って来て、証明した後に来なくなる例が沢山あるから怪しいな。』
 つまり、証明を貰うまでは真面目そうをまとって、証明を貰った途端に来なくなる例が沢山あった。それも、会社の悪口を並べ立てて。
 そんな言葉を何人かの管理者にした。
 それが、事実になろうとは。
 その保育園の労働証明書を出した翌日、つまり、2日間だけ勤務して翌日から来ない。連絡も一方的で、管理者が連絡しても出ないと言う。
 そんな不快なことがあったが、休み始めた時から報告が欲しかったのだが、無かった。電話を取った。市役所の子育て支援課に電話した。事実を話して、
 「労働証明書を作成したが渡さない。猶予期間はどのくらいありますか。」
 「本当にせこいですね。ひと月あります。」
 「それでは、勤務状態を見てから出しますので。」
 「そうして下さい。勤務日数が不足していれば退園となりますので。」
 本当に、嫌なことだ。
 これまでは、泣き寝入り状態だったがもう我慢できない。
 私は介護支援事業所管理者に
 「もう無理だろう。」
 「済みません、会社の方針に反して居るかも知れませんが、この次このようなことが有ったらということで。」
 もう少し様子を見て、本人に連絡してみるとのことだった。
 午後一番から、船井総研の「老人ホーム紹介事業」のセミナー受講に行った。
 4時間半という長時間だったが、内容的には希薄だった。同席したグループには奈良県、長野県、香川県など遠方からの参加者が居たが、異口同音な感じだった。それでも、私はただでは起きないので、何とか糸口を探ろうとしていたのは、今後の事業展開でなにか収益になればと思って居た。
 会場を後にして車に戻って初めて、名刺入れを忘れたことに気付いた。戻ると、会場で何度か声を掛けて貰った、気になる女性が居た。まだ、若い大学卒業したばかりのような、私がフアンの小林麻耶ちゃん似の女性だった。
 会場にトップに入った直後、声を掛けて来て名刺を頂いた。何となく恥ずかしい私は返すことは無かった。
 休憩中にプリンが出て、それを食べているとまた「美味しいですか」と声を掛けて来た。色が白くてまつ毛が長くて、瞳が大きくて本当に「小林麻耶」ちゃん、だった。
 名刺を忘れて、席に取りに行くとまた声を掛けて来てくれた。
 「小林さんに、忘れていますよと電話を掛けて欲しくて置いてしまいました。」
 と、私なりの精一杯のアピール。
 そうすると、いいですよ掛けますよ、と言われたので
 「鹿児島の方ですか。」
 「いいえ。」
 「東北ですか。」
 「いいえ。」
 「北陸ですか、新潟とか。」
 「いえ、茨城です。」
 「えっ、私は埼玉です。さいたま市です。」
 「埼玉の大宮とかですか。」
 「浦和と合併して、さいたま市になったでしょう。」
 「私は近くの茨城県の○○市です。」
そうして、少しはセミナーの話になり、いよいよ
 「勤務はどこ?」
 「東京丸の内です。」
 「あっ、私も丸の内に居た。今度東京に行った時に電話してもいいですか。」
 「いいですよ。」
 「本当に?」
 「はい。」
 「それじゃ、来月の18日に上京する用件があるから、連絡します。」
 「分かりました、スケジュールを確認しておきます。」
転んでもただでは起きない、結果がこれだった。
 上京する楽しみが生まれて来たと思って、名刺を見た。
 セミナー会場からずっと歩いて、時には長時間立ち止まって話し込んで、エレベーターまで一緒に来た。
 最初渡しそびれた名刺を渡した。そして、仕事の話を少しした。
 「福祉をしている方って優しいですよね。」
と、言われたが答えなかった。
 帰って来て、林檎を食べた。仙台の母親に送った積りで、また、私のところに送ってしまった。「トキ」という品種で、美味しい。この林檎だったら人にあげても喜ばれると思ったが、ひと箱だったから無理だ。

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