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トップハート物語(5701)立志伝敢闘編
20/04/12
2012年(平成26年)10月上旬
それにしても、昨日は、出発する前にアジア大会のマラソン競技が始まるところだったので、雨模様でもあったこともあって、結果を見届けてから出掛けようとおもって布団の中に入った。
 川内は言葉に期待を持つに十分なものがあり、また松村も伸び盛りでワンツーフニッシィの期待を持って居た。
 スタートして、終盤まで膠着状態だった。段々と、相手の術中にハマって行くことを強く感じた。敵は、5000m10000mのスペシャリストで、最初から競技場での一騎打ちに持ち込もうとの思いがありありだった。
 ケニアから国籍を変更したプロ。勝って始めて生活が成り立つ者と実業団とか公務員とかの位置に居るものとの差が歴然。
 何度も、数キロ前からのロングスパートを期待したが、日本人特有の思いっきりがない。考え過ぎて、力を出せないままに終わってしまう。
 その通りの結果だ。競技場の中に入る。松村がラストスパート。それに合わせるスピードを保って走る相手。松村がスピードを上げればそれに合わせるスピード。つまり、全く差が詰まらない、一番嫌な走行。相手は大人で、日本人は子供。勝負は決して居た。ロングスパートがマラソン専門の日本人の考えではないか。相手は、今日が始めてのマラソンだった。
 意味のない悔しさを表現しても、みんなが思って居る。なぜ勝負しないのか。
最終日は、ノープランだったようだ。朝食も遅めのバイキング会場へ。今日は、最初から海鮮丼に決めていた。それも、三杯食べると決めていた。ご飯の量は、ホンの僅か、お猪口に山盛り程度。そこに、マグロのタタキ、サーモン、マグロ、イクラをタップリ掛ける。
 それを三杯頂いた。其の間、人間ウォッチング。若い男は、昨日のアジア大会のマラソン競技に出た松村のように踏ん切りがつかない。何を取るのか、後ろに人が居ても取らないし考えて居る。イライラする。また、ご飯を茶碗大盛りにして、いや山盛りにして具材が乗らない。
 また、他の男は、ご飯を茶碗に入れて入念に平たくする作業をいつまでも続ける。こだわりがあるかもしれないが、こんな時間の掛かる事をして居るのでは、会社や学校でも時間だけ掛かって成果が上がらない作業しか出来ない。
おばさんは、脇目も振らずに自分だけしか考えない行動を取るので、危ない。ぶつかりそうになるのが、しばしば。おっさんは、小さくなって大人しい。奥さんの指示で動いて居るような感じだ。
 戻ってから、直ぐに風呂に入った。この4日間、大浴場に何度か入ったが、バイキング会場は一杯の宿泊客なのに、浴場はほぼ貸切り状態。しかし、この最終日の朝に入ると結構入って来た。その中の老人。
私が、洗い場に行く前に洗って居た。湯船に来ると同時に私は湯船から出て、洗い場に向かった。老人とは全く逆の方向。洗い場は、左、右に10人分くらい並んで、中にも壁を中に二列あり、合計4列あった。
 その左側に老人の洗身途中のタオルと風呂桶。私は、全く逆の右側に座って洗い終わり湯船に向かった。入れ替えで老人が洗い場に。何と、私が洗った右側に来て私が洗い終わって湯が少し入って居る私が洗った席に座った私は、タオルを持って来たのでそこにはない。
 認知症かと、思ってどうするんだろうと心配になった。おもむろに、シャンプーで頭を洗い出した。本人にとっては何の問題もなかった。
妻のノープランに合わせて、11時のチェックアウトに合わせる我慢をして居たが、ただ寝て居るだけの過ごし方は私に合わない。10時に我慢出来ずにチェックアウトすることにして、三連泊した「湯の川プリンスホテル渚亭」を後にした。
 タクシーで駅まで2000円前後だったが、意味がなかった。近くに何かがあるのなら通ってもいいが、全て出てからの移動だ。どこに行くにも、ここから長距離を移動しないとスタートに付けない。それほど、ここじゃないとダメだと言うことは全く無かった。
 函館駅に荷物を預けて、さてどこに行くかだ。妻は、毎月何処かに旅行に行って居るので任せて居たが、3泊4日というプランからして無駄だった。何も決めていなかったのだ。これからどこに行くのかと聞くと、
 「金森倉庫にでも行く。」
 一昨日、行ったばかりだ。
「駅で座って休む。」
 何を言っている。
 先日、朝市場に行ったが夕方だったので、今日はそこに最初行った。とにかくうるさい。ゆっくりと見させてくれない。商品を見るのが楽しみなのに見ようとすると直ぐにオヤジが寄って来てうるさい。通るだけでうるさい。こんな商売をしているから、みんなが素通り。
 廃業したデパートの跡の大型店舗に行った。ここで、妻と別れて別行動にする。私は、一旦、駅に戻って観光協会パンフレットを貰って行動開始。
 最初は、駅から十数分の「土方歳三」の終焉の地に行った。立派な、本当に立派な福祉総合センターの庭の中にあった。写真を撮ろうと思ったら、同じ意識を持った若い人が来て写真を写す。
近くのベンチに座っていると、若い女性も来る。見ていると、ここに来るのは一人で来た人ばかりだった。ベンチに座っていると、また変な老人が。ベンチの一番端に座って居て、私の左側には隙間が全くない。それなのに、その無い隙間に入ろうして居た。
 直ぐに、立って再び駅に向かう。海に行って、「摩周丸」が係留されて居る港に行った。しばし、海風に吹かれて休み、市役所に向かう。市役所は閑散としていると感じながら近づくと、気付いた。今日は土曜日なのだ。隣は日本銀行だった。隣の函館水天宮で休む。かなり長い時間休んだ。
 今日は、天気がよく、日頃と全く変わりがないファッションで十分だ。休んでから、次に街中を歩いた。駅前の花々が綺麗で何度もシャッターを切った。
妻から電話があり、駅に向かう。3時間も歩いて過ごした。新青森行きの特急に乗車した。これからも3時間も掛かる。眠ったり、新聞を読んだり。無駄な時間を過ごすが、
 「だから、飛行機の方が良かったのに、嫌だというから新幹線にした。」
と、妻が言う。
 しかし、私が言ったのは北の方に行き、途中途中で下りながら宿泊して過ごすプランを言ったのだ。それが、函館一箇所でそれも、6時間以上も乗車しないと行けない。そのうえ、トンネルばかり。
 周りの乗客はツアーで元気なおばさん練中と小さくなって居るおじさん。それでも、長時間話続けて、それも大声でしゃべり続けて全く疲れも見せない恐ろしさ。
 この光景を見ながら、頭の中では、このような外に出て楽しむことも出来ない人たちが沢山居ることを思った。それもずっと長い間。その言葉を妻に言おうと思ったが無駄なので、言葉を飲み込んだ。
 圧倒される、おばさんの圧力に世の男性は益々小さくなる。先日のテレビ番組で、定年後の夫について、早く死んで欲しいと思うのが2割近く居た。それも、介護状態になる前にという条件がついていた。
乗り換えて、一路大宮に向かう途中、仙台駅に到着した際に先輩にmailした。いま、函館から帰路途中に仙台駅に停車していると。
 早速、電話があった。
「いま、仙台に居るのか?」
「いや、もう出て居ます。長町辺り走行して居ます。」
「何だ、飲んで居たから女房に送って貰って仙台駅に行こうと思ったのに。」
「すいません。黙って通り過ぎるわけに行かなくて。」
「今月の末か、来月初めに連絡する約束だったな。一緒に東北に行く約束だったな。」
「連絡待っています。」
 一時間強で大宮だ。
こんなに近い位置に住んでいる。
 大宮には長男が迎えに来て居た。スーパーに立ち寄って夕食を買って戻って、久々に自分の布団に横になった。

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