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トップハート物語(5700)立志伝敢闘編
20/04/12
2012年(平成26年)10月上旬。
朝から、天気予報通り雨が降ったり止んだり。最初から、外に出るかどうか、出た場合どこに行くのか、それが決まって居なかった。
 今回の旅行は、妻からの提案で行く事になっていた。何時ものように、行く日が変更になって、二転三転。私が、自由業だったらいいのだが、いつも思うのだが、私の仕事を知って居るはずなのに、言うことは、
 「なんで休めないの。」
 「年末年始帰って来るの。どうして、お正月くらい休めないの。」
 などと、言われる。
 それに対して、何度も言う。
 「俺の立場を知っているだろう。みんなが出勤して居るのに、なんで一番トップが休んで組織が維持出来るんだ。」
 そんなことを言い合うことがシバシバ。
 最悪になると、辞めて戻って来たらと言うのが、息子も交えての私に対する言葉になる。私にそんな言葉を吐いて、今後の私の人生の過ごし方に責任を持って言っている訳ではない。
 無責任なその場限りの言葉になっていた。
 本当に不愉快なもので、一生懸命に悩みながら苦しみながら頑張っていても、そんなもの意味の無いものとなって居る。だから、今日の朝にも
 「4日間の休みは長い、長い。」
 この間も、色々問題が生じて来た。
時間があったのでゆっくりバイキングを摂って、部屋に戻って準備をした。テレビを見ると、アジア大会のマラソンが9時から始まる。出掛けるのを遅くすることにして、布団に横になった。
 期待の川内と松村が出場する。暫く膠着状態で、始まったがいつまでも続く。イライラしながら、見続ける。30キロ、40キロ。マラソン初めての選手は、ケニアから国を移籍しても選手。あくまでも、5000、10000メートルの選手。
 今回は出場種目で結果が得られなかったので、マラソンに初出場。足が長く、いかにも速そうな選手。それに引き換え、日本選手は足が短い。最後のスピードも違い、最後まで行けば負けるとは誰でも分かっていた
 早い段階、5キロ程度前からロングスパートを図っていれば勝っていただろう。いつも、国際試合では踏ん切りがつかずに、何もせずに負ける。後から悔やむことが多い。このような選手は、国際試合では通用しない。私の気持ちもそうだが、どうして日本人はこのような精神が脈々と流れて居るのだろか。
 悔しくて、何度も言う。
 「なんで、早くスパートしない。ゴール寸前では負けるに決まって居る。自分の勝つ作戦が、相手の勝つ作戦だ。それのハマってしまった。考えれば、分るだろうに。」
その思いを持って、ホテルを出た。
今日は、五稜郭を最初に巡った。市電駅まで徒歩で向かい、五稜郭まで。駅から歩くと、タワーが見えてきた。直ぐに、タワーに登る。余りこのようなタワーを利用したことが無いので、820円という金額に素直に高いと思った。
 しかし、その上から五稜郭を見ると素晴らしさに感嘆した。周遊して、満喫。雨も止んで、暑く感じるほどだった。一通り回って、昼食に向かう。名の通った塩ラーメン「あじさい」に行った。結構並んでいたが、30分ほどで入れる。私は、塩ラーメンを最初頼む積りで居たが、好きな味噌ラーメンにした。
 チャーシューを乗せて貰ったー1100円。お腹が一杯になって満足。これでは、夕食は摂れないと決めた。食べ終わってから、「立待岬」に行くことにした。市電に乗って驚いた。外人ばかりだ。白人のお年寄りの観光客が多い。来た時には、函館山で台湾人が殆どで驚いたのと、同じだ。
 このように外人によって日本の観光地は成り立っていると思うが、余り土産物店では見掛けない。
市電終点から、岬まで歩く。驚いたことに、白人の一行も同じ方向だ。あるのは、立待岬と石川啄木一族のお墓だ。勿論、石川啄木のことは知らないだろうから、立待岬へ向かうのかと、不思議におもっていたが、やはりそうだった。まさか、森昌子の「立待岬」が気に入っていた訳ではないだろうに。
 立待岬は、久々の岬なので感激した。その前に立ち寄った「石川啄木」を初めて知ることも多かった碑を見る。まさか、ここに石川啄木の遺骨があると思わなかった。
 歩いて戻りながら、函館八幡宮に。素晴らしい厳かになる佇まいに、この函館に来て良かったと本心で思った。
 丁度、帰る市電がハイカラ電車という。車掌さんも切符に描かれているハイカラさのんで、写真を撮りたかったが、やはり同行の人を思って止めた。長い、長い乗車区間。驚きついでに、乗車して来た小学生の一段を見て、また驚く。北仙台小学校六年生だった。
あれほど大事な内容を記したのに、投稿出来ずに、エラーで消えてしまった。
今日も、朝、ホテルで投稿して居る。大事な事とは、一つは昼に腹一杯味噌ラーメンを食べたので夕飯を摂らなかった。
 それなのに、体重は増えた。夜、温泉の備え付けて居る体重計で測ると、79・15kgだった。出て来る時が77.8kgだったので1.35kg増えたことになる。それでも、美味しいもの、量も摂っていない。
 もう一つは、障碍者の食事中に拘縮して居る脚の筋肉が意思とは違えて動き食事台の脚を蹴ったようで、引っくり返った台の上の味噌汁がお腹の上に掛かって仕舞ったと言う。病院で見て貰ったが、問題の障害も無く帰宅。
 その後、母親から慰謝料の話が出たとのこと。これまでも、困窮して居る経済的問題を解決するために、このような事例が相次いでいる。


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