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トップハート物語(5698)立志伝敢闘編
20/04/11
2014年(平成26年)9月末日。
5日間不在となると、大変なことになる。会社ではなく、自分の業務だ。朝からテンテコ舞いで、夜に新幹線の駅横のホテルに入るまで厳しいスケジュールをこなした。
 先日の定期検診の際に出された薬を受け取って居なかったので、薬局に行って受け取る。4日間の預かり期間が経過すると電話がかかって来る。受け取るのに、待ち時間が30分と言われれば、待つ者は暇人だ。
 預けて、後日受け取るのに来た。直ぐに受け取ってズボンの裾の仕付け糸が解れて居るので、お直しの店に持参した。2本あるので、1000円だった。その足で、イオンモール内のATMへ。経費立て替え分50万円を引き出して、今度は他のフロアにあるゆうちょ銀行のATMへ行って自分の口座に入金した。
 本来は、朝一番で今日で最後の出産休暇に入る社員が挨拶と勤務実績を持って来ることになっていた。だから、10分程度は待っていたのだが来ないので、出た直後に
 『今から行っていいですか』
と、メールが来た。
 今日は忙しいので、待ちきれずに出てしまったのだ。
 10時半頃に戻ったので、来て貰った。
 彼女は、もう10年くらい前に当社の研修を受けて、華やかなメーカーの受付嬢を辞めて入社した。しかし、チヤホヤされていた時とは一変した生活と仕事の内容に戸惑って、馴染まずに半年も持たずに退職した。
 一念発起して、施設で5年以上も頑張って、立派になって戻って来た。私が、連絡を絶やさずにしていてついに確保したのだ。
 一番大変な時期に頑張ってくれて、我慢して出産を待ってくれていた。
彼女とは、1時間ほど話をした。いつもは、懐かしい話が多かったが、今日は出産後の事とか結婚生活の話を聞いた。彼女はかなりの美人で、どうしてそんなのと結婚したんだと思えるような男と結婚した。あくまでも、外見の話だが。
 気が強く、強い女性で考えもあり結婚した。つまり、自分の家庭から早く離れて、姓も早く消したかった。そう何度も言っていた。その思いが強く出て、いつも失恋しては泣いていた。メソメソしていた彼女の落ち込んだ顔は痛々しかった。しかし、念願かなってついに結婚生活に入って、出産を迎える。会社としては、かなりの痛手だった。それでも、仕方が無い。
 今夜は、私が休暇に入るので、幹部連中との食事会の予定だった。それを、急遽、彼女の当分のお別れの会に変更した。彼女から、沢山の頂き物をした。履かない靴下や地元の高級和菓子、くまもんが大好きで休暇を取って熊本に行った土産物。
 記念に写真を撮った。
 「顔だけじゃなく妊婦の写真を撮って下さい。」
 そう言われて、全身の写真も撮った。
 「ブログでは、妊婦の写真と表題をチャンと入れて下さい。」
 そう言って、一旦、お別れした。
 部屋に戻って、食事をして出発した。
 最初は、市役所に行って被後見人の遺族年金を申請時に不足していた住民票の「徐票」というものを受け取りに行った。続いて、併設してある銀行で振り込みをした。
それにしても、市民課の書類を書くところに案内をする女性が何人かいる分ら無い事があると聞く。少し、指示をしては逃げて行く。例えば、書く欄を教えて追加で聞こうとすると、訳の分ら無いことを言って、書いていると逃げて何処かに行ってしまう。
 デタラメ言って、逃げるのだ。今日も、聞く。
 「ここの欄には、死亡した時に住んでいた住所を書くんですか、それとも現在は転居して遺族が住んでいる住所を書くんですか。」
 「ここに申請者のお名前を書いてください。」
 「そんなことではなく、住所の欄を聞いている。」
 「本人確認は何かお持ちですか?」
 「そんなのいいから、住所をいつの時点のを書くんですか。それを聞いている。」
声を荒げる。
 「私は職員じゃ無いので、あちらに並んで職員に聞いてくれますか。」
最初から、そう言えばいい。
 そんな、ことをしていると、他の窓口で大きな声で騒いでいる男がいる。いつの時代もそう言って騒げば通ると思って居る輩が居る。うるさいな、と思ってよく聞いていると、どうやら私の故郷仙台から転居して来たようだ。恥ずかしい。仙台のイメージが壊れる。
市役所を出て、受け取った書類を持って年金機構へ。昨日提出した他の書類はOKだったので、この書類を封書に入れて受付に渡すだけだった。次は、郵便局に行き介護保険料を引き出して、近くの銀行で入金。郵便局では処理が遅い上に、窓口が全部開いて居ないので時間が殊の外掛かり、後も大変な思いをする。
 出産休暇を取る彼女のために、百貨店に行って「子供商品 」券を購入。直ぐに、イオンモールの喫茶店へ。4時から面接。期待の女子だが、やはりシングル。希望が9時から5時まで。土日祝日休み。社員としては、厳しい。そのうえ、運転免許なし、バイクも運転出来無い。根性があるだけ。
 履歴書では、水商売をはじめとして、接客業が長い。困った。やる気は分かるが、結果を出さないことには。
 続いて、男性。ガッカリ。若いだけ。前に勤めていた会社の悪口を言う、最悪のパターン。自分に無いものを考えない。文句があるのに、3年も勤めていた理由が、
「やはり、3年は務め無いと悪から。もういいかなと。」
嘘に決まっている。
 言うのは、なんでもできるし、やって来た。
 資格がアップして居ないことについては、
 「忙しくて時間が無かった。」
 普通だったら、そんなに自信があるなら、辞めてから失業して居るわけが無い。
結果的には、登録で。余りに太り過ぎ。
「三桁はいっています。」
 事務所では
「デブ系は嫌われていて、仕事はありません。」
 それが終わったのが、5時半。
 6時半から「木曽路」会食なので、北海道に行く準備がまだなので、急いで部屋の戻る。
続きを何度も書いて投稿しているが、ダメになって。辞めてから、またすると。またダメ。本当に嫌になってしまう。
つまらない、諦めの文章だと掲載に堪えるのか。
昨日二度今日も一度投稿したが入らず同じ文章を何度も書くのが嫌になる。
北海道に行くために早朝に新幹線に乗車しないといけないので、今日は新大阪駅近くに宿泊するつもりでいた。そのために、マンションに戻った。準備をするので、と言っても無呼吸症候群の機器をバックに詰めただけだ。
準備と言うのはないのだが、着ていく服を厚めのものにしただけ。10分ほどでマンションを出て、事務所に。
事務所ではメールの確認と返信。創業スクールの商工会からアンケートが来ていたので、返信。社会保険労務士から面談の候補日の連絡があって、返信。この日、退職するファクタリングの担当者からご挨拶が来て、返信。そんなことをして居る間に、NPO法人常勤理事が事務所下に到着したとの連絡があって、直ぐに下りる。
 そのまま、宴席会場の「木曽路」に。時間の6時半に間に合い、時間通りに開催。幹部社員9人が、揃った。この地区の介護・支援管理者、同じに介護部門責任者、同じく居宅介護支援事業所管理者、NPO常勤理事、本社管理者、研修センター責任者、新規事業所管理者など。
 本来は、私が長期休暇に入るので少し真剣な話をしたかったのだが、出産休暇を取る社員が来たので、彼女の応援宴席に変更した。最後の挨拶に来たので、里心がついてしまって。お土産など沢山頂いた。
 私も百貨店に行って記念品として、商品券を購入して渡した。
 宴会は、何時もの宴席となった。
 2時間の記憶に残した送り出しの時間だった。
まだ、宴たけなわだったのだが、突然、仲居の親分のような奴が部屋に入って来て、皿に残っていた半分近くのしゃぶしゃぶ用の、最高級牛肉を勝手に鍋に全部入れて
「お代わりはどうしますか。」
と、言い出した。
 この野郎、と思ったが、楽しい席なので我慢した。
 つい先日の偽装ブランド牛が発覚したのに、一体この会社の教育はどうなって居るんだ。自分の会社も気をつけ無いと。
 定時の8時半にお開きとなって、私は新幹線近くのホテルに向かった。

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