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トップハート物語(5629)立志伝敢闘編
20/03/03
2014年(平成26年)7月下旬。
 今日24日は、私の63回目の誕生日だ。昔で言えば、数えで64歳だ。もう介護認定を受ける1年前だ。
 私が社会人になったころは、55歳から後半に掛けてが定年だったし60歳から老人と言われていた。年金財政も豊富で多額の年金を手にしていた年代だ。それが、段々と健康寿命延伸が図られて、既に制度も大きく変わって65歳以上が高齢者という訳で、年金支給年齢も介護保険も65歳が起点となった。
 私は全く意に介さない、年齢などどこ吹く風だったが、段々と体の節々が痛くなり、認知的な症状を自覚したり、一番精神を締め付けるのは知人が病に倒れる話に接することだった。厳しい年代になったのは確かだ。
 今日、この地を経って上京する。予定では昼頃に東京駅に到着予定だ。そこから、池袋の事業者ビルに入る。目的は、そのノウハウを受ける契約をすることが出来るかどうかだ。今日は事前説明だが、期待をもっている。
 先日まで、恥ずかしいことに「地域包括ケアシステム」は介護業界の問題だと思って居た。ところが、全く異なっていたのだ。医療改革を目的としているのがはっきりわかった。そのあおりを一手に介護業界が受けるのだ。
 このレベルの低下を見せて社会道徳的な意識に欠ける業界であるので、仕方がないと思う。今のように不正が横行して、どうしようもない業界になっているので、モラルをある程度維持している医療に抑えて貰うのも仕方ないと思う。
そのような国の方針に逆らっても何の益もないし、将来もない。それを、十分飲み込んである新規事業に参加したいと意欲を持っている。それを実現するためには、どうしてもこの会談が重要だ。
 電話では、長時間空けてくれというので、それに従った。つまり、1時から6時までという長時間だ。これからの会社運営の継続性と安定性を求めるなら、この5時間はとんでもなく短く、とんでもなく重要だ。
 今日の夜は、さいたま市の自宅で迎える。明日の朝に自宅を出て、群馬県の高崎に向かう。これまた、重要な特定非営利活動法人のこれからの活動を左右する会談が行われると思う。この日が起点となって動くことになる。
 そして、その夜はメトロポリタンホテル高崎に宿泊。翌26日は同じ群馬県沼田市で法事がある。妻の実家の両親の法事だ。夜は、伊香保温泉「小暮」に宿泊する。そして、27日朝高崎を経ってこの地に戻って来るのが夕方になると思う。
 大事な誕生日になってしまった。
 昨日、夕方隣のマンションの支援費サービス提供責任者の出産間近な社員が、用件があるので夕方時間が欲しいという。
 「何時頃。」
 「6時頃にお願いします。」
そう言って来たので、待っていた。
最近入社した20歳の可愛い、名前も外国人の名前で全くの日本人の彼女を連れて来た。必要な印鑑を押して終わると、
 「誕生日おめでとうございます。これ、みんなで完成させました。それと、プレゼントです。」
と、言って大きな箱と色紙をくれた。
色紙には、一人一人の写真とメッセージが添えてあった。隣のマンションのグループが12名でお金を出し合って、計画してくれたようだ。 
 恥ずかしさをきつい言葉に変えて
 「俺はモノを貰っても開けないよ。」
 「それじゃ、開けましょうか。」
 「いいよ。還暦の時も皆さんから沢山衣料とか高いものを頂いたが、全く開けていない。すべて倉庫にしまってある。俺が死んだら開けて一緒に葬ってくれ。」
 「何を言っているんですか。もっと元気でいつまでも頑張ってください。」
何よりも、トラブルの渦中にあるこのグループが心ひとつになって、このプランを実行してくれたのが嬉しくて。
 たくさんの写真を撮って、明日のブログに掲載しようと思う。
 朝は、この地区の居宅介護支援事業所管理者が迎えに来てくれて、後見監督人の弁護士事務所に向かった。沢山の資料を紙袋に詰めて持って行った。前日にちゃんと確認をしたはずなのに、結果的に幾つかの資料を忘れてしまった。
 それでも、何とか1時間半の確認をして半分終わった。本人の財産の件だけだが、終わった。早速、その対応を、というのは裁判所への財産報告をしなければならない時期が来ているので、その準備段階が終わってこれから最後の精査をして、という段階だった。
 そのことについて、夕方家庭裁判所から連絡が来た。資料要求だ。加えて、私が質問していた移転の処理について、事前申請が必要かどうかという案件に結果的には再度検討することになった。
 被後見人が転居するので、その転居することに対して申し立てが必要かどうかということだった。大変な事例なのだろうか。保留となった。
 社員の給与を支払い始めたが、現金が枯渇していて全くなくなった。これまでのファクタリングを止めたのと6月の決算期が重なって節税対策で年払いの多額支払いをした。加えて資金源だった研修関係やこの地域の介護収入が落ち込んでしまった。
 この3億円の売り上げを上げて、4000万円を超える流動資産がある会社の現金が数千円になってしまったのだ。笑うに笑えない。それなのに、今後の新規事業投資として3000万円の話を本日して来るのだ。
 どうなることやら。
 社員への給与振り込みは途中で止まってしまった。

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