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トップハート物語(5622)立志伝敢闘編
20/02/29
2014年(平成26年)7月中旬。
真面目を絵にかいたような、物静かで目立たないがしっかりと仕事をしていた。サービス提供責任者で介護福祉士だった。写真を探した。見当たらない。いつも、集団の中での時間を嫌って存在していなかったのだろうか。
 居宅介護支援事業所管理者が齎した情報に言葉にならない。
 突然来て、何も言わずに少し席を離れて自分の席に座ろうとしたときに
 「少し、話したいことがあって。」
そんなことを言うのが珍しい彼女だ。
 「あのね、ちょっと言いにくいのですが。」
 「何だ。」
 と、語気強く言ったが、不安だった。
 余りいい話ではないなと感じたからだった。
 「何か、悪いことでもあったか。」
 「実は、もしかしたら朗子さんが亡くなったかも知れません。」
 「えっ、本当か。」
 「はい、前の支援費の管理者が病院に入院しているとき見舞いに行った時に余命1か月と言われていたそうで。その時は既に話す気力もなくて小さくなって。自宅で死にたいと希望したそうで、自宅に見舞いに行った時にはお母さんも会わせたくないようで、何も言わずに玄関先で去って行って会えなかったそうです。」
 「その入院して居る時に余命1か月と言われたのはいつ頃だ。」
 「5月末頃だったと思います。」
 「それじゃ、俺が朗子さんを登録で使っていた新規事業所の責任者に『朗子さんはどうなった』と気になって聞いた時だ。あの時に、突然、退職して何年も会っていない朗子さんの夢を見たから聞いた。あの時の夢は、言わなかったが葬儀に参列している夢だった。俺を呼んでいるんだ。来て欲しいということだ。葬儀はどうなった。お墓参りに行きたいので、どこに眠っているのか教えてほしい。」
 「たぶん、誰にも連絡しないと思います。誰も知らないと思います。」
 「本当に真面目な、あんないい人が先に逝って悪いやつが残っている。」
その時に頭に浮かんだのは、丁度ホームページのブログにニュースとして連載している当社の歴史の中10年前に、癌が告知された時に私に報告に来た時から始まる。
 余りの驚愕に、2階にある当事務所に来ることが出来なかった。階下まで来たが、余りの衝撃に階段を上がることが出来なくて、私の傍に居たNPO法人常勤理事に電話を掛けて来て、彼女が階下に降りてその話を聞き、戻って来て私に衝撃の話を伝えた。
 数年前に、体調が悪化して会社に迷惑が掛かると退職してしまった。
あれから3年の月日が経過した。
思い出すのは、彼女が闘病で10年前に入院した時のことだ。
見舞いに高額の果物でも買って行くように、当時の介護管理者に指示した。翌日、レシートが添えられて請求書が回って来た。何と、そこにはメロンと「キムチ」5個6000円と記されていた。
 つまり、闘病の彼女の見舞いに乗じて経費を水増しした。それどころか、自分がキムチが好きなのをいいことに、百貨店で高級なキムチを購入して兄弟や子供に配ったのだろう。
 また、それを思い出して許せない気持ちになった。
突然の話で、言葉にならない。
 「俺は社員が亡くなったら、事業を辞めようと思って居た。初めて、社員が亡くなった。しかし、もう退職した方だから。」
 そういうと、涙が滲んで来た。
 拭った。
 溜息しか出ない。
 「そこ事だけ伝えに来ました。ケアカンファレンスがあるので。」
 そう言って、彼女は事務所を出た。
 じっくり思いにふける時間もなく、私も気持ちを切り替えた。
 妊娠中の支援社員が来た。話をして、育ちの経過を聞いた。逝く命もあれば生まれる命もある。これが、人間というより万物の輪廻か。
 11時に出て、銀行などを廻り入金処理をした。既に、ヘルパーさんの入金が始まっている。手数料を浮かせるために多くの支店を廻るのだ。特に今月は金欠でどうなるのか分からないまま、突入した。
 予定を立てて、1口座1日100万円までしか使用できないので今月もヘルパーさんの給与だけで4日間かかる。そのうえ、19日から3連休だ。21日までに支払う契約なので、何としてでも今週中に支払いたい。
 そして、来週からは社員の支払いが始まる。5日間かかる。そのうえ、私は25日から出張と帰省がある。
1日100万円の計算を間違えて、最後と予定していた支店に一人残ってしまった。と、いうことは再び来ないと処理できない。二重手間になるという事なのだ。
 続いて、今日は思い切って法務局に行くことにした。被後見人の財産のうち不動産の確定に行くのに、遠方の隣の県の支局に行くことがどれだけ大変か。毎日、分刻みで動いているので、多くの時間を費やする業務はなかなか予定が立てられない。
 家庭裁判所からそれを求められて、もう相当の時間が経過している。その負担を解決するために動かないといけない。その不動産の根拠が権利書などの書類があったのだ。それは、困ったことに大正時代に書かれた解読不能な書類だ。それを、書道師範の本社登録ヘルパーさんに見て貰った。
 古すぎて、そのうえ自己流の草書体で分からない。取り敢えず、ネットで調べた支所に向かった。何と、廃墟だった。統合されていたのだ。

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