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トップハート物語(5596)立志伝敢闘編
20/02/13
2014年(平成26年)6月下旬。
ショックの余り、声が大きくなった。外出先から戻ってきて、一時仕事をしてまだ出る予定で、時間を惜しんで仕事に掛かっていた。電話が入った。親友の保険代理店の社長だ。これまで、多く問題を保険というもので解決してくれた。
 私がこのように保険の有り難みを感じられたのは、彼のおかげなのだ。
 「先日来、当社の社員が電話を掛けた時に調子が悪そうだったので心配していたのですが、どうなりました。」
 彼の方が用事があって掛けて来たのに、私が声を掛けた。
 「はい、調子が悪くてガンに罹ってしまいました。」
 「えっ。」
 暫く、その言葉に次に言葉が続かなかった。
 大きな、声で
 「本当ですか。」
 と、続けた。
 「本当です。今日結果を聞いて来たのですが、本当に罹ってしまいました。」
 何を喋ったのか分からないし、覚えてもいない。
 ただ、
 「レベルはどのくらいですか。」
 と、恐る恐る聞いた。
 「7と言っていましたが、そんなにひどくないと言っていました。」
 ステージ3とか4とか最高5などという知識はもう古いのかもしれない。
 「今日まで検査入院していて、結果を聞いていま病院から戻ったところです。」
そう言っていた。
 色々な彼との場面を思い出した。
 先輩だ。大先輩だ。私が二十歳から三十四歳まで在籍していた自動車関係の公益法人時代に、トヨタ自動車の社員として来ていた彼と知り合った。
 あの時の事が今でも簡単に蘇る。
 あれから、もう40年も過ぎたのだから当然、何かどちらかにあっても不思議ではない。
 彼は、私より9歳年上だということをつい数年前に知った。
 誠実で、思いやりがあり、正義感が強くて素晴らしい人物だ。
 いつの間にか、その公益法人に姿を見せなくなり、そして、いつの間にか現れた。退職して奥さんの実家の家業である小さな保険代理店を始めたのだ。
 それが、彼の尽力で都内随一の代理店に作り上げた。
 その、後を継ぐのに苦労したと聞いた。研修、試験、実習でほかの代理店で修行したと。
 私はその後、退職して同僚数人と一緒に事業を立ち上げたが、無謀だった。直ぐに解散した。その事業を立ち上げた時にも、付き合いがあり子供のイタズラでマンション下の階の部屋が水漏れで大いに汚れてしまった、しかし、彼の勧めた保険のお世話になった。
盗難もあり、それもお世話になった。
 この会社を立ち上げて、数え切れないほどお世話になった。
もう、終わりだ。
などと、悲観していると彼が逆に励ましてくれた。
そんな思いを引きずって過ごした今日の日だった。
 朝一番でキラキラ目の珠緒ちゃんが来て
 「あの利用者の同居しているおばさんは本当に病気ですか。益々元気ですが。」
生活保護受給している認知症の利用者と同居している。3月当たりから肺の調子が悪いと言いながら、タバコなどを吸い続けて益々悪化したように見えていたが、実際は分からない。病院に入院して、土日は戻ってくるという生活を続けていた。
 認知症の利用者の面倒を見る人が居なくなった。とんでもないことになった。食事の準備やモーニングとナイトケア。デイサービスに通所するために準備や何やら。訪問介護で全て受けた。当然、支払いはできない金額が溜まりに溜まって20万円。自費だが、払わないのはわかっている。
 自身も生活保護受給者で、働いて40万円不正取得したと市から指摘されて返還を求められている。横柄な口のききかたで、文句ばかり言うが金は支払わない。踏み倒して平気で、身勝手に理由を付ける。
 そのおばさんが、親族の話では、
 「認知症の叔母の面倒を見るのが嫌で病院に逃げ込んだ。」
と、言う。
 モニタリングで訪問すると、息も絶え絶えの演技。しばらく話をしていくと、いつもの口の悪いおばさんに戻る。そのことをキラキラ目の珠緒ちゃんが言っているのだ。
 一旦部屋に戻って食事をして、外出。銀行に立ち寄って、法務局に向かった。先日、後見人の受任をした件で「登記事項証明書」を受領しに行ったのだ。
 今日、家庭裁判所から電話があって、以前から担当している
「被保佐人の不動産の登記簿を提出して下さい。」
と、言われた。
 権利証のようなものがあるが、昔の古文書のようなもので和紙に墨で、それも草書体で読めないのだ。登記簿を取りに行きたくてもその住所などの必要事項が書けない。読めないので当然だ。その旨を、話をしたが当然、それは関係ないことで、求めるのは謄本をくれというだけのことだ。
 登録ヘルパーさんで、書道の教師がいる。その教師に解読して貰うことになった。
 また、仙台の先輩のところでユニフォームを揃えてもらうように注文した。ところが、注文したサイズとだいぶ異なるのが幾つかあった。メールで伝えた。いま、静岡県の日本平にいるとの連絡だった。
 高校時代から45年もお付き合いの仙台の先輩、就職した時から40年も付き合っている、先ほどガンだと連絡が来た保険代理店社長。
 何か郷愁感を覚えた。
 夕方、まだ夜にならない前から、5時に居酒屋で待ち合わせした。
 女子会だ。目的というか中心は、二十歳の彼女だ。
 この守口の居宅介護支援事業所管理者が今度優良従業員の表彰を、本社のある市の商工会議所から受賞する。その時に着る衣装を百貨店の高級ブティックで購入した。その時に、私がインスピレーションで、この業界に勧誘したいと思ったのだ。
 金額が張ったが、彼女をゲットするためのスタートだと思えば安い。居宅介護支援事業所管理者がメールアドレスを聞いて、連絡をしてついにこの日の女子会となった。
 楽しい時間を長時間過ごした。やはり、私の目に狂いはかなった。二十歳だが、純粋で素直でこんな可愛いこがまだ日本に存在していたんだと、本当に惚れ込んだ。
 嫁にしたい。そうだ、長男はまだ結婚していなかったから。
 結婚に興味がないようで、自分だけの生活を東京のマンションでエンジョイしている。
 籍だけでも入れてくれればいいと思うようになった。
 若手の女性も必死になって勧誘しているが、少しずつ増えている。
 それでも、30代前半なのだが、二十歳とは驚いた。
 居酒屋で5時から3時間半。近くのシティホテルのラウンジに行って1時間。
 5時から9時半まで楽しい女子会参加だった。



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