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トップハート物語(5552)立志伝敢闘編
20/01/19
2014年(平成26年)5月上旬。
何かまとまった仕事をしたかったGWだが、何も残さなかった。特に、最後のこの日は何もできなかったし、する気も起きなかった。朝こそ、いつもの時間に起きていつもの時間に出勤して、いつもの業務に時間を費やした。その2時間程度までは良かった。そのあとが、全くダメだった。
書類1枚も見る気が起きないのだ。暫く、インターネットを見ながら、最近の社会情勢などを見ていた。特に、若年労働者の不足に関わるニュースを見た。
その若年労働者の不足を理由に閉店に追い込まれている、居酒屋チェーンの「ワタミ」や、牛丼屋の「すき屋」などが俎上にのせられていた。サービス産業が敬遠されているのだ。時給を上げても、人は来ないという。
働かなくなった若年層と若年の大きな減少。24時間開店を基本だった店も開店時間を減らしている。高齢者を使うように国は勧めていて、私どももその挑戦をしたが難しい。やはり、難しいのだ。仕事ができないのだ。
ワガママだし、能力がないし求めていないのに求められていると勘違いしている。トラブルが起こる前に、試験段階で断っている。そうなると、やはり人手不足だ。その上で、やはり社員も以前より働かなくなった。楽を覚えてしまっている。
危機感を失っている。そのような者たちに、少しだけでも自覚して貰おうと話をするが、失ってから気付くのかもしれない。段々と、日本の労働者は権利だけ主張して仕事をしない。その上、能力がない。欧米の長い歴史の中で培われていた、能力主義とは異なると思う。
能力のある者が権利を主張できるのだ。だって、権利を主張しても、通じない。つまり、受け入れるだけのものがないから、辞めて欲しいと思うのだが、その時になっても権利を主張する。
先日来、商標登録の依頼を二つの事務所に行っている。以前、当社のブランド名を登録するためにお願いした弁理士事務所。これは、インターネットで探して、立派な方だと感じてお願いした。
勉強会などを立ち上げて、知的財産を事業化する考えを私に持たせたキッカケとなった方だ。そして、もうひとりは先日のドリームゲート登録の際の研修会を一緒に受けた弁理士だ。
彼は、真面目一方な第一印象を持ったのだが、ドリームゲート懇親会での態度が豹変して、商標登録の仕事を依頼することにした約束を取りやめようと思ったやつだ。しかし、前者の見積もりを頂いて、余りの高額に驚いて躊躇した。
試しに、こいつに依頼しようと見積もり依頼をGW初めにメールを送信した。数回やり取りしたが、何と前者と10倍の開きがあった。本当なのだ。3つの名称の登録を見積もりして貰ったが、前者は登録完了まで130万円だったのに対して、奴の見積もりはその10分の一だ。
当然、嫌な奴だが、依頼することに決めた。これから、後見関係の業務をするのに対して必要な商標登録を行っていこうと思っているのだ。その依頼を正式に今日行った。そして、関係する業務の名称の登録がなされているのか調査をお願いした返事が来た。
一般的に使用されている名称も有り、厳しいとの返事だった。ただ、一部はその名称に何かを付けて新たな名称にすると可能性があるとのことだった。
続いて、行政書士会から無料相談員の登録案内が来た。私は、行政書士としての業務は一点に絞っている。広い意味での福祉関係だ。一つは成年後見制度の絡む業務。もう一つは、高齢者介護や障害者総合支援に絡む制度的な業務だ。
成年後見関係では、沢山の発生する業務がある。単なる後見だけでは続かないし、うまくいかない。私が考えているのは持続的な社会福祉が可能な事業化だ。そのためには、多くのことを学んで、多くの方との連携が必要となる。
いまは、ぼやっとした形だが、少しずつ形を表す。その一環として、または行政書士会に少しでも貢献をするために、市民無料相談のボランティア活動をしたいと思う。ただ、私の場合は行政書士全般の業務はできないし、知識がない。だから、限定的な範囲でのなら可能なのでそれを前提として、登録を行うことにした。
この地区の支部は3市にまたがっているのだが、広域的に見ると最小の支部だという。色々な講師もしているという。その担当副支部長をネットで検索した。
その支部長とほぼ同じ経歴で、資格や年齢などシングルマザーかどうかは分からないが、同じような感じだった。
その副支部長にメールで届け出た。一段落して部屋に戻った。食事をして、眠ってしまった。突然、起きた。最近は、体中の節々が痛くて動くのも大変だ。やはり、太っているからと、先日来のジョギングが体を痛めている。
その起きた時に、何やら格差の番組をしていた。同じ職業とか、同じ東京大学出身だとか。そういうククリで、スタートが同じなのに結果がこうだと言いたかったのだが。その中で、東京大学出身者のコーナーがあった。
年収の部分で最高の位置に居たのは、行政書士だった。
「大半の収入が行政書士です。」
と言っていた40代の男性。
名前を覚えていて、検索した。確か、「金森重樹」だったと思う。
言葉と異なって、見えるのは不動産業だが、本人の月収は4000万円と言っていた。基礎があるわけではなく、本当に最初から自分で作り上げた収入だった。
「労働で金を買うのではなく、アイデアや創造を価値に替える。」
と、いうような事を言っていた。
私も常に創造力をたくましくして、価値に変えるように言っている。年齢は私の方が高いが、まだ意欲が湧いて来た。


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