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トップハート物語(5535)立志伝敢闘編
20/01/10
2014年(平成26年)4月中旬。
土曜日なので、誰も来ない。特に、最近はホームページに昔の事を書き綴っている。特に、最近活躍している若いスタッフが加入してきた8年前頃を書いている最中だ。その時の気持ちに、私が早朝から仕事に来ているがそれを見習って若いスタッフたちが出勤をして来た時代だ。7時ころには既に数人は来ていた。
その頃の気持ちを最近書き出したのだ。その中には、折角、仕事をしようと大事な時間なのに、大勢スタッフが来て仕事の処理手順や知らない事を聞いてくる。その行為がときには大事な私の時間を奪っていると書いているのだ。それを、みんなが読んでいるのだから当然最近はあまり社員が顔を見せなくなった。
その代わり、10時半の約束時間ピッタリに解体業者が来た。被後見人の住んでいる住宅の取り壊しが決まったので、立ち退き要求だ。先日、1週間くらい前に一度来た。その前は、私が東京出張中に来たのだが、事務所に居なかったので名刺を入れていった。
誰だか不明だった。私が、その被後見人の、正確には申し立て中の被後見人の自宅に裁判所の書記官が訪問して現地調査している日に自宅に来たようだ。誰かが、連絡をして遠方から駆けつけて来たのだが、既に終わって戻ったあとだった。それにしても、私が後見人の申立をしていると誰に聞いたのか。
私の存在を知って、事務所に来たのだが不在で名刺を置いていった。上京から戻って来て、名刺の先に連絡をして先週の日曜日に会った。その際、私の立場を申し上げた。そして、先日、また会いたいと言って来たので今日の10時半に約束した。
実際の買い取った不動産屋ではなく、立ち退きを担当している代理人だ。解体を本職としていたのだが、段々と体を壊して思うように仕事ができずにこのような立ち退きの代理人もしているようだ。
酸素ボンベを持ちながら移動している。肺気腫だという。
「若い頃、中学卒業してタイル職人になった。一生懸命に働いて体を壊した。昭和30年代から40年代に掛けて建築ブームで、遠くまでタイルを貼りに行った。大手の下請けで、大きなビルにタイルを貼るのに何ヶ月も泊まり掛けでやった。」
思い出すように、70歳だという小柄で皺くちゃなお爺さんが話しを一方的にする。
「そのときには、いろんな職種の人が一緒にするので、ビルの上の方でコンクリートを削ったりする粉塵を吸いながら仕事をしていた。マスクなんてするような気持ちもなく、面倒だしそれが悪かった。」
私にとっては遠い時代の話ではない。
私もその少しあとに就職して、働きに働いた。
「中学卒業出はそんな仕事をする他なかった。保険などもないし、年金も積み立ててなかった。だから、死ぬまで働かないと生きていけない。女房もパートで働いているが、そんな家賃と食べるのが精一杯だ。」
私の少年時代を思い出した。
それは親の年代だ。私を、兄弟を育てるのに親はどれほど苦労したことか。
「子供の頃に掛かったのが分からないC型肝炎に罹っていたようで、インターフェロンと薬を飲んで直すのに毎月5万円も掛かっていた。お金がないし、借金取りに追われて毎日車の中で何時間も過ごした。それを見て、いい人に恵まれて保証人になって貰って借金を作って一度に返したが、返すのに15年かかった。2000万円ほどになっていた。」
大きなお金だが、信用を得ていたので借りられたし保証人も立てて貰ったのだ。
「その後も、治療費がかさむので市に相談に行って、医療費が必要だと判断してくれて100万円ばかり福祉で借りられた。借りても、福祉の世話になっていると不自由で民生委員が月に何回も来て近所で噂になるし。」
この年代までは、福祉、つまり生活保護の世話になるのがプライドを傷付けるのだ。
「借金に追われているときでも、家に借金取りが来て大騒ぎするので近所から子供が勉強できないと苦情が来たりして。だから、車で深夜まで過ごしたんだ。」
盛んに、大学を出ていないから自分は我慢してこの仕事に付いて来た。
一生懸命に働いたけど、結局は病気で一文無しになってしまった。
「このような、立ち退きの同意書を貰って1枚1万円になるので助かっている。」
そう言っていた。
「シルバー人材センターに登録をして仕事に行った時に、少ししか働かないのに息切れして、担当者がそれを見てそこで打ち切りで仕事がなくなった。ここの不動産屋の息子に拾われて、マンションの掃除なんかさせて貰っているが実際はできない。だから、水を巻いて拭くだけで終わっている。」
何とか誠実に生きていこうとしているのが十分伝わって来た。
「自分の生活も大変で、いつ立ち退きを言われるか分からない。人の立ち退き要求をしていながら、自分もいつかはそうなると思う。」
車で何時間もかかるようなところから来ている。
合意書にサインを求められても、現在はまだ後見人にはなっていないのでできない話しをして、それよりも自分の立場を再度話しして後見センターのパンフレットを渡して
「何か必要があったら相談してください。」
「先生は本当に大変なお仕事をしています。必要な方が何人もいますので、これからは無理に立ち退きを要求して行くのではなく、相談します。身寄りがない、行くところがないなどの人がいると何ヶ月も、長いと半年も通いつめますので。」
営業もしている私だ。
先日は、
「自分の判断で引越し料などを含めて立ち退き料として100万円程度はと考えています。」
と、言っていたが、
「社長に100万円の了解をいただきましたので、決まれば直ぐに振込みます。」
そう言っていた。
「口座の連絡を頂ければ、代理人でも本人でもどちらでも振込みます。」
と、言っていた。
「このような、酸素ボンベを社長に見つかったら、止めさせられるので見せないように。会社に入る前に、酸素を思いっきり吸ってから事務所に入ります。社長と現場に行くときもあり、見つかったら本当のことを言う他ないです。」
少し話をしてから、しばらく休んでまた話をする。
誰にも言えない言葉を私に話をする。
「この事務所も2階なんで、階段を上がって酸素を吸って暫く休んでから入って来ました。」
そう言っていた。
1時間ほど、話をした。
私にとっては、彼の人生を誰も知らないので私が記憶に留めることで納得した。
自分も仕事ばかりして、体調を崩した時も幾つもあった。ただ、逃げることが出来たので何とか生きている。
今日の多くの時間は、新たに受けた財産管理と事務委任の契約書を作成した。
これで、特定非営利活動法人の新たな事業に弾みがつく。
京都人の悪い性格を遺憾なく発揮して私どもを愚弄していた、この後見の先駆者と言われる奴が、私が反旗を翻して行動に移すと機構へメールを送ったので、慌ててまた動き出した。
私が奴の声掛けで事業や広域の活動をやろうと言ったのを信用して乗ってしまった。振り回しただけで、動こうとしたのを邪魔したり自分の地位を脅かす者は邪魔だとばかりに裏で汚い動きをしていた。
その組織から離れるので、私はフリーになって動くので先手を打ったつもりだろうが、中身がないしロートルなので誰も相手にしないだろう。第一、ビジネスモデルを示すなどと言っているが、やったこともない奴が何を言うのか、と言いたい。
 馬鹿な動きと嘘八百はもう通用しないのだ。これから、このような人間を相手にせずに大きな動きをしようとしている。
 最近、目が痛い。かなり目薬を点しているが治らない。かゆみも続く。やはり、あの腎臓の薬の副作用だろうか。先日、腎臓の薬をもらう際に薬剤師から
 「副作用はないですか。」
と聞かれたので
 「副作用とはどんな作用が起こるんですか。」
「痛みが出るとか。」
「どこの痛みですか」
尿道などは、時にあった。
しかし、目とかふくらはぎとか臀部とか痛みが発症してきたので、止めようと思う。

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