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トップハート物語(5525)立志伝敢闘編
20/01/05
2014年(平成16年)4月上旬。
STAP細胞の研究結果が疑われている小保方晴子さんの記者会見が行われた。
【小保方氏会見速報(1)】STAP細胞「論文の結論に影響ない」
 STAP細胞の論文問題で、理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーが9日午後、大阪市内のホテルで会見した。

[写真]会見冒頭、謝罪の言葉を述べる小保方さん
 紺色のワンピースに身を包んだ小保方氏は冒頭、論文作成について、「私の不勉強、未熟さゆえに理研など多くの皆様に多大な迷惑をかけ申し訳ない。深く反省している」と謝罪し、頭を下げた。また「不勉強なままの作業で、私の不注意も加わり、多数の不備が結果的に生じてしまったことを情けなく、申し訳なく思っている」と述べた。
 STAP細胞については、「STAP現象がいつか必ずだれかの役に立つと信じて研究を続けてきた。他の研究者から見たら考えられないレベルの間違いがたくさんあると思うだろうが、論文の結論に影響がないことと、何より実験は確実に行われており、データも存在していることから、悪意を持ってこの論文を仕上げたものではないことを理解してほしい」と、STAP細胞論文の結論に影響がないと訴えた。
【小保方氏会見速報(2)】STAP細胞の作成「200回以上成功している」
 STAP細胞の論文問題で、理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーが9日午後、大阪市内のホテルで会見。主な質疑応答は以下のとおり。


[写真]記者からの質問を聞く小保方晴子氏=9日午後、大阪市内
記者「画像とりちがえについて自己申告したとのことだが、それはいつ? それは外部の指摘より早くきづいたのか」
小保方さん「写真取り違えに気がついたのは2月18日と記憶。それで申告したという証拠はネイチャーに問い合わせとして送っている」

記者「学位論文からとったものじゃないというがこの点については」
小保方さん「学生時代に撮った写真だったことに気がついた。そのために博士論文の方のデータを調べたら載っていたので、まず早稲田大学の先生に確認をとった。理研の上司にも取り違えたと報告した」

記者「STAP細胞は何回作成したのか? 作成のコツは」
小保方「私自身200回以上作成に成功している。今回の論文は最適条件を出したのではないというものでした。最適条件を示していけるような論文を準備しているところだった。研究が止まってしまった」

記者「STAP細胞、条件が整えばできますか?」
小保方さん「実験はいつも1人こっそりやっているものではない。毎日が公開実験のようなもの。すべて証明するには日数もかかるとおもう。どのような手法で公開できるのか、私の手法を見たいという方がいれば、できるだけの協力をしていきたい」

このような記者会見だった。
その間、11時から夕方の4時まで大宮駅ルミネの喫茶店で話し合いをしていた。
今後の私の人生の、最後の華を咲かすために人生を賭けて相対していた。
大宮駅コンコースの一角にある通称「まめの木」前に30分前から立っていた。
私は人との時間の約束を護るのは当然だが、かなり前に着くようにするのが流儀だ。
先生は丁度に来た。相変わらず、若い出で立ちで電話を掛けながら来た。すぐにルミネの2階喫茶室に陣取った。
すぐに話し合いを始めた。私が
「今後どうしますか。これからの先生についていきたいと思っています。自分の出来るだけのことはして、支援、またはパートナーとて行きたいと思っています。」
 それからの5時間は、あっという間だった。
これまで、この成年後見制度の関連として声を掛けられるままに動いた。特に、京都の御仁には振り回されて、金銭と時間を使い果たした。無駄だった。しかし、彼にとって我々を利用して踏み台にして自分が希望するポストについた。
散々、騙して人を欺いて自分の能力がないのをカモフラージュに使われて、そしてやっと奴は自分のポストを手に入れた。
しかし、その組織はすでに終わりだと思っている。その組織に決別を付けて私は動き出した。自然に、普通にやるだけで勝ちは決まっているので、争うようなことはしない。
余裕だ。先生の話を聞いた。プランがあるのを確認した。4つのプランがあったが、勿論、初めて聞くものもあり
「ああそういう視点で考えられるのか。」
と、思ったプランもあった。
新たな組織を作ろうと思って何度か話をしたが、中々「うん」と言わない。それは、疑心暗鬼になっているからだ。仕方がないと思った。色々ネット上に書かれているので、信用する相手かどうか信じきれないのだ。
それでも、私のこの地域での活動実績などを相談していくと、何と共通の話題にできる方がいたりして、段々と信用も増してきたように思う。また、色々プランはあるが稼働するまでに至らない理由も聞いた。
私としては、準備期間もあるだろうかとにかくスケジュールを決めて欲しかったので、その旨を話しながら、ネットは別の世界であることを感じるように、極一部の問題にいつまでもかかわらずに前に進むようにお話をした。
ようやく4時間後結論を得た。あとの1時間は付け足しで話をした。4時に喫茶室を出た。迷惑だったろう。昼食は3時ころにその喫茶室でパンケーキを食べた。
来た甲斐があった。この結論を得なければ、あいつらと同じになってしまう。将来が見えてきたので、嬉しくなって東京駅に向かった。
新幹線の中は全く眠れなかった。終点をこの駅にしている新幹線に乗車して、新大阪駅にまたNPO法人常勤理事が迎えに来てくれた。帰りながら、希望を聞いて駅前のホテルの寿司屋に行ったが、オーダーストップだった。早い、8時だ。喫茶室も人が見えない。駐車場にいた管理人もいない。フリーになってしまった。危ないホテルになったか。
百貨店の寿司屋に行った。人が誰もいなくて、従業員の態度が悪くふた皿だけ注文して出て来た。世は不況の様相を呈している。人の心も同じだ。

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