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トップハート物語(5523)立志伝敢闘編
20/01/04
2014年(平成26年)4月初旬。
 朝から、隣の無人の事務所に書類を少しずつ移動させた。隣の事務所もこの事務所も同じ家賃だ。その同じ家賃から生み出すものが無と有で全く異なる。つまり、隣の事務所は元元総合支援事業の部署にいた、居る価値の無くなった者を動かすために設置したのだ。
世間で言う、追い出し部屋的な意味合いがあった。そのお局様が居るだけで職場は意欲を失った、不満だらけの部屋になっていたようだ。自分を見失った、高齢の社員の行く場所が無くなった。置いているだけで、マイナスになると誰も思っている勤務している訳ではない。
しかし、結果として世間に追いついて行けなくなり、自暴自棄の気持ちになり周りが相手にしなくなり、存在感を示すために暴言を撒き散らしていた。他のスタッフ不満が私の耳に届いて、一計を案じて最初は、その彼女が所属している部門だけそっくり移動させようと思っていた。介護部門と同室にあったのだ。
しかし、
「一緒の方が介護・支援間で連携を取り易い。」
との、部門間の話があり、それではとお局様だけを顧問として部屋を与えようと思っていた。
本人も同意していたのだが、最後の最後で拒否した。
仕方がなく、当初の予定通り部署ごと動かした。
そして、独立する者がいるので一緒に連れて行ってくれとお願いして、やっと出た。出たはいいが、部屋は残った。
ちょうど、成年後見事業を始めるつもりでいたので、そこを拠点とした。拠点としても、人はいない。何度か事務局の者を育てようとしたが、意に反して無駄だった。自分の部屋があると思うとワガママになってしまって、動かなくなる。
関係書籍や後見のソフトが入っていて、部屋としては重要だ。しかし、何度も言うが人がいない。徐々にその部屋で仕事をする気にはなっている。
10時に新たな求職者の面談をすることになっていた。隣のイオンモールの喫茶店で会うことになっていたので、少し前に向かった。約束の10時近くに店に入って、待っているとこの守口の居宅介護支援事業所管理者から電話が入った。
喫茶店の中なので電話に出られない。メールで、
 『面接のためにイオンモール内の丸福珈琲店に来ているので、もしよかったら面接に立会いますか?』
そうメールした。
これまでも、同席してもらって何人も面接して、その意見を聞いて採用した者がどんな酷い人材だったか。それでも、一人よりは二人の方がいい。彼女も喫茶店に来たが、肝心の求職者が来ない。時間が過ぎて、いよいよ心配になった。以前に何度か電話があって電話番号は知っていたのが、メールアドレスが分からない。
 それでも、SMSでメールしてみた。
『場所は分かりますか?』
返事が来た。
私はソフトバンクとDoCoMoを持っている。ソフトバンクは社内用。DoCoMoは外部連絡用だ。DoCoMoだったようで、よかったが
『迷わないように、早めに行きます』
と、いうことは、時間が間違っている。
私が間違っているのか。10時と思っていたがそうすると11時か。
『10時の約束じゃなかったですか。』
『11時です。メモもあります』
やっちまった。
私がまた間違った。
『近くにいるので早めに行きます』
『ゆっくりでいいです。待っています。』
そうすると、数分後現れた。
面談の結果、良い感触だった。受講生で、荒れた教室の中でも一人真面目に勉強していると、情報が研修センターからあった。
運転免許なし、パソコンは触ったことがない。移動は自転車。子供さんが二人共保育園に通園している。
その持っている資格等を聞いても、その言動には感心して教育していこうと思った。条件を聞いた。
「子供が小さく、熱を出したり行事があったり迷惑を掛けるので登録で良いと思います。」
「それは、みんなでカバーしていくので大丈夫ですが、登録だと確かに気は楽ですが行ったり来たり。条件は正社員の勤務時間に比べて短いので短期労働者という契約もあります。つまり、パート社員で朝9時から夕方、保育園に迎えに行く5時までの7時間勤務。時給1000円です。確かに、登録は働いた時間給で高いが安定はしていない。」
「扶養家族で居たいのです。」
「大変失礼ですが、旦那さんはどんな仕事をしていますか。普通のサラリーマンですか。」
聞くと、建設関係で個人事業主的な雇用形態だった。
「収入が多ければ、扶養家族として確かに効果はあるが、年収的にそれほど多くなければ、余り関係がない。現在の国民健康保険も人数で金額が決められるので、自分だけは社会保険に入る形で行ったほうがいいと思うが、旦那と話し合って下さい。」
そう言って、厚生年金の扱いも話し合った。
「ところで、研修センターから聞いたのですが現在19歳ですか。」
「いえ、違います。23歳です。」
「お母さんは、当社の卒業生でどこかの市で介護保険事業所を運営していると聞いたんですが。」
「いや、違います。登録ヘルパーとして働いています。」
「ハナミズキで働いていると聞いたんですが。」
「違います。れんげ草です。」
ことごとく、私の情報は異なっていた。
「私は厳しい条件の方がいいんです。だから、施設よりも訪問の方が一対一であっているような気がします。」
そう言って、甘やかさないでくださいと言わんばかりだった。
実習が明日から始まって、卒業が15日だった。それが終わって、21日から勤務したいと言っていた。
昨年も、このように10人は採用したと思う。男性の全てが、最悪の嘘つきばかりで何もできなかった。
女性も、表面ズラがいいだけで陰、で不正ばかり繰り返していた。
誰も、残っていない。期間契約でその期間だけ居ただけ。
自信がないのだ。面接する自信がないのだ。
認定更新する利用者がいたので、電話で都合の悪い日など色々話をきいいた。
「社長、ちょっといいかな。悪いけど、社長のところでの依頼を5月までにして欲しい。」
「はい、分かりました。」
で、終わったが以前から理解していた。
訪問介護サービスに問題があり、幾ら注意しても
「ヘルパーさんには言って居るのですが。」
と、サービス提供責任者は言うだけで、改善しようとしない。
つまり、糖尿病の予備軍に入ったので、食事制限を受けた。その制限食を求めたが、ヘルパーが一向に味付けを改善せずに、利用者が言う薄味にしない。利用者も何度も言っていた。
あとから、強制的に私がヘルパーを調理で働いた経験が長い方に変更させた。時すでに遅く、あとから判明したが全盲の利用者をいいことに面倒だからと「つゆの素」を使っていたのだ。
責任者が謝罪してきたが、後の祭りだ。こんなことを繰り返していた。段々と業績悪化の介護部門の氷山の一角の出来事だ。
午後から、銀行に立ち寄り税金などを支払って家庭裁判所に向かった。修正部分の書類を持っていった。その時に、報酬付与の考えを聞かれた。
「財産をお持ちの方なので、ルールに従って付与申し立てをします。」
そう返事した。
その後、風も強く運動も出来ないので商店街を歩いた。今日は8000歩程度だった。長い間膝が痛いのが取れず、ジョギングが悪い結果になった。


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