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トップハート物語(5494)立志伝敢闘編
19/12/11
2014年(平成26年)3月中旬。
 朝できるだけ仕事をして、社員のハーフマラソン出場の応援に行く予定でいた。自分の仕事は、今日は確定申告の申請書作成だった。それでも、他の業務や山積みになっている書類を少しでも整理しようと一生懸命に動いた。
 約束の9時半過ぎに、この守口の居宅介護支援事業所管理者と大東本社管理者が来た。準備した横断幕をもって出た。大きな文字は、この守口の居宅介護支援事業所管理者が作成した。以前のフルマラソンの時には私が一夜漬けで作成した。今回は、若手に頑張って貰った。
 それでも、私が持っている大量の写真映像から選手として走る彼女の一番いい写真を抜き出して、カラーコピー機で拡大をしてやっと出来上がった写真を横断幕に貼り付けた。
 それを持って、16キロ地点に行った。ハーフマラソンなので大体の時間を予想して、待ち構えていた。余り前だと大勢の人たちが居るので写真を撮るのに苦労する。そこで、折り返しでも最後の5キロを残した折り返し地点で待ち構えることにした。
 その位置に到着したのが、まだ到着予測時間30分以上も前だった。車の中で話をしながら、時を過ごす。様子を見に行った居宅介護支援事業所管理者が、
 「最初の折り返しの選手が来ました。」
 と、電話で連絡してきた。
 やっと、来たかとゆっくりと向かった。折り返し地点では、誘導員がうるさくてその言葉を聞いていたら場所が取れない。
 折り返し地点は通行止めで、車両は来ない。しかし、
 「そこは車道です。応援の方は歩道に上がって応援して下さい。」
 と、うるさいくらいオウム返し叫ぶ。しかし、折り返しの正面で通行止めになっている車道での位置が一番撮影し易い。その言葉を無視して、iPadを構えていた。だいぶ待っていたが、来るのは男性ばかり。16キロ地点で予想の1時間半が来ても社員の勇姿は見えない。
 そのうち、段々慣れて来て作って来た横断幕を堂々と車道の中で拡げる。選手が一番見易い、元気が出ると思う。
 折り返しのポールに選手が折り返しの記念に触る。弾みがついているので、大きなポールが少し動く。係員が、ハンドマイクで
 「触らないで下さい。遠回りして、触れないで下さい。」
 と、大声で騒ぐ
 別に、それほど動くわけじゃないし公式なマラソン大会でもそうやって触って折り返すのを見ているので、こんなに大声でひっきりなしに騒ぐのがおかしくておかしくて。
 スタートして1時間41分後やっと姿を見せた。何枚か写真を写した。今回は帽子を被っていなかったので、白い帽子を目印に探していたのだが、見つけたのは大東本社管理者だった。
 元気そうだが、タイムは遅い。少し、太り気味になっているかなと思った。
 ゴール地点に移動した。車は、ゴール地点に近づくに従って多くなり渋滞。移動中に、他の社員がメールでその映像を送って来た。
なんと、私たちが応援していた位置より数十メートルの位置にいたのがその映像で分かった。その他にも、上司である責任者や管理者が応援に駆け付けていた。
 介護責任者は、ゴール地点で待っていたが、ゴールする10分前に仕事で離れてしまった。みんなに応援を募ったというこの守口の居宅介護支援事業所管理者は
 「メールでみんなに応援を募ったんですが、返事がないから来ないのかと思って。」
 「来るなら来ると言ってくれれば、時間や場所などを調整したのに。せっかく来ても、本人を見ず帰るなんて無駄だな。どうして、言ってくれないのかな。」
 と、いう訳で他にも沢山の社員が応援に馳せ参じたようだった。
 ゴールを目指した我々は、渋滞に阻まれて途中で本人からゴールしたことを告げられた。待ち合わせした、ゴール後の記念写真を写して一緒に戻る。
 戻りながら、食事をした。彼女が来る前に応援しに来た二人に何がいいか聞いた。
 「寿司かとんかつか。」
 「走りきったばかりだから、とんかつは無理だから寿司でしょう。」
 「いや、わからないよ。失ったスタミナを得るためにとんかつかも。」
 と、私が言った。
彼女が着替えて戻って来た時に
 「これから、食事に行こうと思うが何がいいか。寿司かとんかつか。」
 「何でもいいです。皆さんが決めたもので。」
 「やはり、走った方に決めて貰わないと。」 
 「それなら、とんかつで。」
 「やっぱりそうだった。俺の予想通りだ。」
 そう言って、有名なとんかつ屋に向かった。
 油が、口に残らない美味しいとんかつ屋だ。
 これから、彼女はマラソンが終わったのにケアだという。私が相談に乗って、時々電話がある障害者の30代の女性をケアしに行くという。
 精神状態が不安定で、みんながケアしにくいと言っているが私にはそんな感じが感じられないのだ。
 「宜しくお願いします。」
 そう言って、心を入れた対応をお願いした。
 戻って来て、いよいよ本題の仕事というか自分の作業に移った。確定申告だ。収入が多いので税金も半端じゃない。特に、多くの経費がある訳ではないので毎年苦労する。一応源泉徴収はしているが、昨年は最初の計算では80万円の追徴だった。やっと、なんだかんだで40万円程度になった。所得税と住民税と1千万円を超える。
そのうえ、社会保険料も加えて1千2百万円を収めている。
 今回は、行政書士の登録料とか入会金とか費用が40万円程度あるので、個人事業主として経費から引くことができると思っていたのだが、その項目がない。安易だった。結果は40万以上の追徴だ。
 これからは、毎月4万円程度の所得税を追加して天引きしないと。ゆうちょ銀行から振り替えて貰おうとした。しかし、金融機関への登録印鑑が必要で妻が持っている。一旦書類を妻のもとに送って、押印をして貰ってから大宮税務署に郵送してもらおうと思った。
 この大阪に来た時には給与が50万円だった。雇われで年俸制だった。直ぐにその給与生活は終わった。オーナーとの軋轢で、採用した社員二人の給与を私の給与から天引きしたのだ。ついに、私の給与は8万円程度になった。
 辞めて、独立しても名目は50万円だったが全く支給はされていなかった。妻が、文句も言わずに黙って私の生活費を負担した。
 実質的に給与が支給されたのは、独立して3年目くらいだった。100万円になっていた。5年目で150万円。8年目で200万円。3年前から250万円。総収入の1割が基本だ。現在3億円の売上なので年収3000万円。そのほか、特定非営利活動法人から月5万円。最近、講演会の講師を依頼されているがすべて特定非営利活動法人の収入としている。
 ここ最近の講演料は1時間半で25000円となった。東京の大手資格取得専門学校からの依頼も先日あった。13日は終活関係、17日は成年後見制度で地域包括支援センター主催、25日と27日は中間的就労支援事業の講座だ。明日から4日間は、就職支援事業の講義で終日時間を取られる。

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