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トップハート物語(5470)立志伝敢闘編
19/11/29
2014年(平成26年)2月中旬。
深夜目覚めた。羽生結弦選手のソチオリンピックフィギュアスケートの結果が心配だったのだ。仙台市出身で、殊更気になっていた。
一回目の目覚め時点では、まだ決定ではなかったが暫定1位だった。眠って、また起きた時にも結果はまだった。SPで2位選手が演技をしていた。iPadで確認していた。その選手の結果が出て、金メダルを確信した。残りの選手は圏外の選手だったから。
良かった。
 ホワイトバレンタインデーになった。朝から、雪が降っていた。この大阪に来て、これほどの雪景色は二度目の経験だ。何年も前になるので、いつかはっきり忘れたが7、8年前のことか。
 あの時には、停電になり主力の社員がバイクで転倒したり階段で滑って転倒し大騒ぎだった。そんなことになるとは思っていなかったので、シフトを維持するのにも大変な思いをした。
交通も大混乱して、派遣できない利用者が居ないように中継や指示で苦労したが、どうしようもなく自分もついにはヘルパーとして出ることになったりした。
 あの時の事が浮かんだ大雪だった。朝からすごい雪景色で、本格的な大雪が到来すると覚悟を決めた。
 私は仙台なので雪国育ち、雪のないところで生活した人たちの思いや雪のために転倒するなどの結果が予想できない。だから、不安だけが先に立っていた。天気予報では20センチとのことだった。大雪だ。平野部での積雪予想だから大変なことになる覚悟を決めた。
 覚悟とは事故の発生だ。最低限の事故に抑えられたらいいのだが、教える訳に行かない。どうやって、歩くとかバイクを運転するとか。口で教えるものではない。経験がものをいうのだ。
 スタッフブログに出来るだけの注意事項を掲載した。あとは座して待つだけ、と覚悟を決めた。 
 8時過ぎに新規事業所の責任者が来た。懸案だった、中国からの帰国者の退職願を求めた。何しろ、日本的な考えや情緒の理解できない、自己主張だけが全てという感じの精神だけは受け継いで中国から、成人になってから来た人間だ。
 私が講習を受け持っていた、就労支援の生徒だった。休憩中にふと中国のお菓子をくれた。お礼を言った時に、言葉のイントネーションと言葉遣いに少し違和感があり中国か韓国かと思った。
 少し話をして、私のことだからいい印象を持った。この人間を当社の入れようと思った。事務所に見学に来て、しかし、決断をしない。問題は金銭的なものだった。私が求職情報を提示した中に、深夜専門の施設の求人があってそれを希望した。一晩15000円だから月45万円稼げると考えたようだ。
 しかし、そんな毎日夜勤が出来る訳がない、そう説得して一昨年の12月に面接をした。彼女の条件は20万円の手取りだ。彼女自身、これまで縫製の工場で働いた経験が有り、2級ヘルパーを国の制度、中国からの帰国制度か何かを使って無料で資格を取得して少しだけデイサービスで働いた経験があるようだった。
 しかし、余りその経験や働いた時のことは話をしなかった。
 社会保険に加入したくないとの強い意志があった。無駄だというのだ。
 「手取りで20万円が欲しい。その代わり、深夜でも1日何時間でも働く。」
 そう言って、社会保険の負担だけは嫌だという。
そのために、当社での取扱いを検討した結果、
「NPO法人で契約する基本的な雇用契約で100時間勤務の10万円でひとつは行う。それ以上勤務した時間に対しては、株式会社で業務委託契約を交わして個人事業主として扱う。」
 つまり、通常でいう登録として使用することになった。
 だから、基本的な時間100時間については雇用保険の対象になるのでその負担をすることで理解を得た。
残りは、株式会社から支払い、その業務内容に関してはNPO法人の業務だったらNPO法人からその分を株式会社に支払って貰うことにした。
 そんな異常な契約をしなければならないのは、仕事が多く入って来てヘルパー不足があったのだ。
 入社して、最初は真面目だったようだが、段々と不正をするようになった。常勤契約なので、仕事があってもなくても100時間いたら払うのだから、いるだけで何もしない。または、ケアに行くと称して予定より何時間も早く出てしまって戻ってこない。
 ケアを拒否するようになる。昼間、いなくなる。朝は9時からなのに来ない。ああでもないこうでもないと、言い訳するが悪いという気は全くない。感情的にまくし立てる、最後には泣いて誤魔化す。
 言葉がうまく話せないので、電話は取れない。事務的な仕事はできない。それなのに、色々と要求する。例えば、社員として採用。社会保険の負担は拒否しながら地位だけ要求。資格は基礎研なので、サービス提供責任者への選任要求。常勤でもないし、第一その仕事ができない。
 ケアでは、利用者や家族と喧嘩をする。ケアの選り好みをする。ケアに出る時間を自分で調整する。困難な事例を拒否する。夜間のケアを積極的にして、夜間手当の増額を目論む。そんな調子で、NPO法人の方の支払いは、契約通りの10万円なのだが、株式会社の登録の支払いが16万円前後になる。
つまり、手取りで26万円をコンスタントに手にする。登録といっても、ケアした時間だけではなく、常勤扱いでケアとケアの間の時間も支払っていた。私は知らなかったのだが、泊まりの勤務があり夜の9時から翌朝8時までの11時間勤務をそのまま勤務時間として上げて来たのを、事務局は認めていて、私はそれを真に受けて計算していた。
 しかし、おかしいと追求すると
 「実はその間5時間は勤務時間ではありません。計画でも抜けています。」
 と、管理者や責任者が認めたのだ。
 バカバカしい、自分たちがこの仕事を彼女に押し付けて、払うのは会社だからと収支など無視した考えだったのだ。
 その彼女が、昨年夏に退職したいと申し出てきてすぐに受け入れた。厄介だったので、去って欲しいと思っていたので、すぐに受け入れたのだ。しかし、彼女にとっては脅しでもっと条件を良くしようと思っていたのだろう。
 数日後、泣きながら詫びて再度収まった。
 しかし、そのような人間は必ずまた言ってくるとの私の以前からの思いを実現して、今年1月初めに再び、社員雇用を求めてきたのを断って、メールで退職を申し出て来た。
 以前と同じように、すぐに受け入れて末を迎えた。その辞める前に、利用者やケアマネジャー、自立支援センターなどありとあらゆる接している人に対して、責任者の報告を聞くと
 「あることないこと、会社の悪口を言い回って。辞めさせられたと、言っていたようで。事実と異なるので、みんなで腹たって。」
 「いいか、同じステージに上がるな。そんなの一瞬だ。それを信じる奴は信じさせればいいし、それを信じているかどうかはこれまで自分たちがどれだけのことを相手にしてきたか、相手と接してきたかによる。自分を鏡で見ると思え。」
 そう言って、たしなめた。
 ところが、1月を過ぎても、退職願を出してこない。やっと出したと思ったら、
 「実は、やめても2月に入って少しだけ仕事をして貰って、まだ本人はやめていないつもりだったのか。」
 などと、責任者が言いだした。
 あれほど、その不快な行為に怒っていたのに、仕事を頼むなどというのは私には考えられなかった。
 その他にも、移動用で電動自転車を8万円も掛けて購入して与えた。それも、返さない。何度も管理責任者に言ったが、
 「返してくれないんです。」
 と、言うばかりで行動を起こさない。
 その責任者として無責任な頭に来て、
 「いいか、中国人は人のものでも俺のものと、一旦手にした物は返さない。自宅に行って持って来い。」
 やっと、行動を起こして退職願と自転車の二つの課題を解決した。
 その話が終わったと思ったら
 「実は余りいい話ではないのですが、悪い報告があります。」
 「どうした。」
 「実は、Aさんですが、先月の日曜日に電動車椅子を操作する利用者と外出した時に、自分が通所しているデイサービスに行ったんです。その時に操作を誤って、その利用者がデイサービスの車両に電動車椅子をぶつけてしまって傷をつけてしまいました。自分が悪いので、自分が負担するので事務所には黙っていてくれと言い、彼女がデイサービスへ報告をした時も、デイサービスの方が大したことがないのでいいですよと言ったので、私への報告はなかったんです。しかし、ある時にそのデイサービスの方からどうなっているんだとのお叱りがあり、取り敢えず来てくれとのことで発覚しました。相変わらず、利用者は自分が悪いから、と弁償を申し出ているのですが、いいですと言っているデイサービスが当社に遠まわしに、何とかするのが事業所の責任だろううとはっきりは言わないのですが、そういうニュアンスで。ヘルパーがついていながら一体どう決着をつけるのかと、言われているようで。どうしたらいいですか。」
 「いいか、俺が今まで何度も口を酸っぱくして言っている。事故を起こして、黙っていてと言われて、これまで済んだためしがない。必ず、そう言ったやつが、そう言っても対処するのが当たり前だろうと、言うに決まっている。だから、どんなことでも報告をするように、うちはそれだけの保険が掛かっているし、気持ちよく処理するのととぼけているような印象を与えるのと、どれだけの信用の差が生まれるか。だからオレはこの大阪の奴が大嫌いだ。これで、会社の信用は失われている。たとえ、これから弁償したとしてもなんの信用も得られない。これが、最初からすぐに当社の保険で負担していたが、相手が当社に対してどう思う。」
 これまで、このようなケースについては、いつも口を酸っぱくして言っていた。ほかの事業所と違うのは、このようなケースでもすぐに負担できるように十分な独自の保険を入れているのだ。
 この事故を報告しなかった社員も、自分が事故に遭った時にもすぐに対処したはずだ。それが、自分のことではなく、他人事になると思ったのか自分の責任回避を目論んでだんまりを決め込んだ。
 再度、口を酸っぱくして言い始めたが、
 「幾ら言っても、わからんだろう。この大阪の奴らには俺の考えが。」
 そっと、涙を拭っていた責任者。
その責任者が入ってきたときに、娘から預かったと言って手作りのチョコを差し出した。このようなイベントは嫌いなので、これまでずっと受取を拒否して来た。しかし、少しは折角だからと言って受け取ることもある。しかし、返すのが大変なので本当に受け取らないのが浸透していて、少なくてよかった。
夜には、いつもそばにいるNPO法人常勤理事から頂いた。彼女からのは素直に受け取ったお礼を言った。 雪が大変だったので、移動を諦めた。隣のイオンモールに行って、ヘルパーさんの入金をした。大雪でも結構手続きをする人たちが引きも切らずに、ATMに並んだ。
 何度か入金手続きをしては、後ろに並んだ人たちが多くなると止めて、また並ぶ、を繰り返して終わった。

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