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トップハート物語(5438)立志伝敢闘編
19/11/12
2014年(平成26年)1月中旬。
午後から豊橋の同志の事務所に行くことになっていたので、10時頃にはマンションに戻って昼食を摂ってから新大阪駅に向かう積りだった。しかし、介護責任者が来て時間を取られたので予定通り行かなかった。
 ギリギリの時間に、NPO法人常勤理事に駅まで連れて行って貰った。12時少し前に駅に入り新幹線に乗車した。昼食がまだだったので、駅弁を購入して「こだま」に乗った。豊橋に行くのに、「のぞみ」では停まらず「こだま」で1時間40分ほどだった。ゆっくりと車中で駅弁を食べた。いつの間にか、そのまま眠ってしまった。
約束の少し前に着いたので、駅ビルや駅前のコンコースのオブジェなどをiPadで写したりして時間を潰した。タクシーで、同志の施設に行った。暫らくして、待ち合わせの彼の事業所の障害者就労施設の喫茶室に顔を出す。
 やはり、どうしても避けて通れない、彼と私が参加している東京の成年後見人の組織のスキャンダルについて時間を割いた。私が、その説明会に参加した結果と自分の想いを告げた。特に、同一歩調を取っていた京都の代表の変節した態度を報告した。
変節ではなく、元々が、裏表のある人格を持った人物で、私たちには裏を見せていたのだろう。表の、恐ろしい顔は私たちには見せていなかったのだろう。
 すっかり信用していた、と言いたいところだが実は二人とも彼の顔を知っていた。信用していない顔を見せなかっただけである。
彼がそのような顔を見せるなら、我々はその上を行こうと話し合った。黙って、裏切りを受け入れる訳には行かない。以前から、彼は不審な動きを続けて二度ほど組織構築のチャンスを潰した。何のために、そんな事をするのか。
 特に、今度の組織のスキャンダルの餌食となった将来がある事務局長は彼を頼りにして、自分の情報を提供したり電話をかけている。その情報は彼を通じて相手にダダ漏れだ。糾弾をしても良かったが今度だけは我慢した。
 この同志とは一緒に組織を作ろうと声を掛けられていたので、その方向を模索することに同意したのだ。具体化して、同志の要望に全て同意して進めた筈なのだが
 「進むべき方向は変わりないが、もう少し時間が欲しい。他の事業も進めないと行けないので、色々考えさせてほしい。」
と、少しニュアンスが変わって来た。
 どいつもこいつも、自分から声を掛けて来て起きながらふざけるなと言いたかったが、今度も我慢した。
暫らく、マスク越しに見える目を睨んだ。真意を計りたかった。一体何を考えているのか。4人が3人になって、2人になった。あとは、自分だけか。
 少しすると、以前から自分が言っていた事務所の設置について私のアイデアを話した。これまで、強引に事務所の設置など求めて来た同志がどういった風の吹き回しか、自分の近くの名古屋に設置したいとあれほど言っていたのに、急に私の所とか東京とか言い出した。
 いつもの思い付きだ。もう、殆ど真剣さを失いかけていた。成年後見人の同志組織を作るという目的を、自分が言い出して主導して来た。それが、急に腰を引き出した。
 話を聞くと、私が推進している成年後見と周辺事業の進展が進んでいないようだ。
「当市は社会福祉協議会が独占して、自分の方には回って来ない。あとはリーガルの方に回っている。」
 結局、この方面に力を入れようと思っていたのが思うように行かずに難しいと思い出したのだろう。これから、国もその必要性を認めてソーシャルビジネスとして育てて、就労支援と地域活性化を推進することに向かう。
 「私は組織さえできれば、国に働きかけて動くことが出来る。」
 「それだったら、早い方がいい。組織はすぐに出来るから。」
急に元気になった。
気付いたら、2時間ほど経過していた。駅まで送って貰った。京都の代表と、財産関係の代表とには
 「何でも言いそうだから、ないがしろにする訳では無いけれど、言わない方がいいでしょう。」
 と、彼は言った。
 それが、無難なのだと私も思ったので、同意した。
 駅では、また、「こだま」を待つのに少し長時間だった。結局、戻ったのは、8時になった。
 朝、出掛けに京都の代表の不審な行為に気付かない事務局長が少し哀れで、事実を助言したしかし、果たしてどう思ったか。誰も信じられなくなったのではなかろうか。
 人間がこれほどまで、不審に思うのは私も周りも同じ思いだろう。悪人は誰だ。

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