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トップハート物語(5431)立志伝敢闘編
19/11/08
2014年(平成26年)1月上旬。
 今日は、恒例の石清水八幡宮参拝と朝から決めていた。出勤はいつもの時間にした。余り変わりなく、いつものように机に向かって仕事をする。8時前にキラキラ目の珠緒ちゃんが事務所に来た。今年初めての社員の訪問を受けたのだ。
 メールでは何人かの社員から年賀の挨拶があった。今年は年賀状が異常に多い。私は例年出さない。来ても出さない。その主義は何も確固たる考えがある訳ではない。書く時間がないのだ。それだけなのだ。
 昨年の新年は熊本の加藤神社に行ったのだが、その翌日キラキラ目の珠緒ちゃん家族一行が受験期を迎えた息子さんのために参拝に訪れたという。危険な目に遭いたくないので、今年は来ないだろうというローカルな場所に参拝に行った。四国愛媛県松山市だ。そこは、深い思いがあるのでこれまで行かなかった。
 それが、今年はギリギリまで行く場所が決まらずに結果的に松山市になってしまった。感慨深く、松山市と宇和島市に足を踏み入れた。そのことを色々聞かれた。いつもの彼女の言い回しであれこれと話をした。今年彼女は出勤だと言っていた。
 入れ替わりにこの守口の居宅介護支援事業所管理者が来た。話をしていると、新規事業所管理者が来た。メールで午後に来たいと言っていたのだが、午後は石清水八幡宮の参拝があるので、断ったところ朝来たのだ。
 懸案はひとつ。中国からの帰化者の勤務時間と実態の整合性だ。毎月繰り返される、この、意識の違いで自己中心的な感覚に強い嫌悪感をみんなが抱いている。しかし、収入のためなら、時間を厭わないというのはほかの日本人はカバーできない。私が毎月問題視しているのは、彼女はパート勤務だが自己申告制になっている当社のシステムを逆手にとっているような勤務実績になる。
それは、管理するものの責任でもある。依頼を何とか応じようとして彼女を深夜帯に勤務させて、そのワガママを受け入れる。それを入れないと彼女が応じない。応じなければ埋まらないシフト。
 例えば、10時からのケアがあるとすると、直行すると言って出社しない。12時に終わって事務所に来て、3時からのケアでも1時ころに出る。どこで何をしているのかわからない。事務所で仕事をさせようにも事務作業ができない、言葉のハンデで電話は取れない。居るだけで何も指示ができない。忙しくて、みんなが出てしまう。彼女一人では事務所で時間を無為に過ごすだけ。
 そんな中で、社員にしてくれと要求があったようだ。社会保険の負担や各種責任などの発生する立場への登用もできない者を社員にするほど余裕もなければ、これまでの態度からみんなの納得が得られない。拒否した。
 それでも、訪問介護では多額の収入を得ている。管理者がしっかりしていないので、要求するだけ仕事をさせるが、その効率は悪い。昼間は仕事を選んで拒否するようになりそれを認めるようなシフトができる。割増につく夜は受ける。ついには泊まりの仕事を受け入れる。
私が問題視しているのは、夕方5時から翌日の10時までの17時間勤務が毎週有り、その前後の休日もない。その日だけで19時間勤務だ。昼間の通常の時間は勤務しない。相当の金額になるのだが、問題は連続休憩なく17時間勤務ということだ。
 「請求はどうなっているのか。依頼内容をくれ。先月も同じことを言った。労働基準法違反だ。休みなく働くシフトを作ることは認められないと言ったはずだ。もし、事故や病気が発生したらどうする。」
 同じことを何度も言わせるな、なんで俺がこんなことチェックしないといけないと強く言った。自分たちはいい顔してどうして経営者に責任を押し付けて
 「どうせ俺が言ったからダメだというのだろうが、それは責任を放棄していることになる。」
 常識を知って欲しいと思っているが分かるだろうか。
 暫く、居宅介護支援事業所管理者と話をしていると、昼近くになった。慌てて、NPO法人常勤理事にお願いして、石清水八幡宮に向かった。
 風が吹く、小雨も降り悪天候になりそうだったが、天気予報を確認して決断した。
 途中、うどん屋で食事をして1時間半後にいつもの市役所に車を置いた。歩き始めて、少し行くとスーパーがあったのでお菓子を買って再び出発した。
 膝が痛いが、我慢して二の鳥居から入る。屋台が出ていたが、あまり人は入らない。階段を登り始める。写真を所々で写してもらって記念を残す。
 毎年、既に10年は続けていると思うが今年はそれほどきつくない。毎日、少しずつストレッチをしているからだろうか。
 休みなく、登りきった。勿論、ほかの人たちはもっと早く登っている。毎年、寄付者の掲示板を見ているが激しい変遷がある。最初の頃は、掲示板に100人はあろうかと思える板が10列くらい並んでいた。その最初には松下電器産業があった。金額は5000万円以上となっていた。実際の金額はわからない。
 それと同列に松下電工が並んでいた。以前、不況時に松下幸之助さんがこの石清水八幡宮を参拝してから、急激に業績が回復したという。浅草浅草寺の参道の入口の大きな提灯は松下幸之助さんの寄贈となっている。神仏のご加護にすがるのは私も同じだ。
 その掲示板が段々と少なくなり、今年は見当たらない。しばらく行くと、やっと見えた。これまでの掲示板ではなく、紙のようなものに書いてあった。個人名がたくさん書いてあった以前とは異なり、神社名が沢山あった。既に、個人の寄付は限界に来ているのだ。
 毎年ここにお参りして、御神矢を頂いているが、ここはほかの神社に比べて高額の上にシンプルだ。多くのほかの神社では1000円前後の奉納金なのだが、ここは5000円だ。それでも、毎年購入する。
 おみくじはここと決めていたので、引いた。「未だ分かれず 上昇運気」となっていた。そして「願い事 叶う」となっていたので嬉しくなって財布にしまった。

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