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トップハート物語(5227)立志伝敢闘編
19/11/06
2013年(平成25年)12月31日
今日は元旦だ。新たな年を、今年は愛媛県松山市全日空ホテルで迎えた。良い都市が始まるように。動くつもりだ。
記録は、大晦日の軌跡を。
比較的ゆったりと起きて、14階のラウンジに朝食を摂りに行く。種類は多い訳では無いが、美味しい。バイキングだ。やはり和食になった。たんぱく質が多くなった。カリュウムの摂取が制限されているので、温野菜的な物や煮物を取った。
多くなったので、ご飯や味噌汁は取らない。焼き魚が4種類。卵が、スクランブル・温泉・目玉焼き・玉子焼きという具合。ウインナーも加えて片寄っていると自覚しながら食べた。ご飯代りにソーメンを持って来た。
そのソーメンを最後に食べようと、持ち箸を持っている手から持ち替えようとした途端、その手が端を持たずに引っ掛かるような形になり落としてしまった。これが、高齢者の仕草か。位置の感覚がズレているのだ。あり得ない事が起こるのだ。
胸の近くでこぼしたので、テーブルの上ではなくパンツの上にこぼしてしまった。大変な状況になってしまい、しかし、冷静に何事もなかったようにナプキンなどで拭き取り、おしぼりを使って出来るだけダメージを少なくすることに専念。
黒系のパンツだったので目立つほどの残渣は無かった。乾くまで座っていて、いい頃合いを図って、パンとヨーグルトを取って席に戻り食べた。
1時間ほどして部屋に戻り、予定より1時間ほど遅くに松山駅に着いた。暫く待って、宇和島市行きの特急に乗車した。指定券は満席で購入出来ない。ホームに行くと多勢の人が並んでいる。最後尾に並ぶがもっと先に沢山の列が幾つも出来ている。一番に短い列を探して並び直して、順番を確認して席数を勘案すると座れると分かった。結果はその通りだったが、ジーゼルなので揺れが酔いに最適なようで我慢をするのが大変だった。
大凡、1時間半程度で宇和島市に到着した。ずっと以前から来たかった理由は、故郷の始祖伊達政宗公の長男がこの宇和島藩を与えられて来たのだ。徳川幕府の悪辣な指示を飲んで隠忍自重の道を政宗公は選択をせざるを得なかった。有能な長男だっと言い伝えられている。
その後の歴史がそれを教えている。忠臣蔵に出てくる。浅野内匠頭が刃傷に及ぶ原因となった接待役のペアがこの宇和島藩の伊達公だったし、明治維新の際に維新推進を行った幕府側の大名として維新4賢公の一人として宇和島藩の伊達公が名を連ねているし、裁判官の神のような存在の児島惟謙翁や日本の軍隊の創始者の一人として靖国神社の参道にある巨大な銅像、大村益次郎、シーボルトの娘女医のオランダオイネさんなど歴史に名を残した多くの人との関わりのある藩祖なのだ。
駅から出る前から感慨に耽って何度もiPadのシャッターを切った。表に出て、余りの人の少なさに驚きながらも、昼食を取ろうと店を探した。郷土料理を食べようと我慢して宇和島に来たのだ。パンフレットで「鯛めし」と決めて探した。わずかに商店街に開いてる店があり行こうと店の前に立った。張り紙に「ワッキー推薦の店」などと写真まであったのでやめた。次の店、おせちの受け渡しだけでやっていなかった。
アーケード街に行って探したが、全くなかった。大体飲食店が無いのだ。物品販売店だけで飲食店は見当たらない。それでも、歩を進めて宇和島城に向かった。料亭のような店が門の横にあったが今年は終わっていた。食事の出来ないままに門をくぐって城内に入った。急な坂道に杖が入り口に備えてありそれを手にして登り始めた。
途中で分かれており、一つは急な階段。そのまま保存されている石の道。彦根城のようなもう整備されていないそのままの歩きにくく段差が大きい、そして急な坂になっている。もう一つは、後から整備された優しい階段。
迷っていると、地元の人らしいおばさんが
「ここの者としては、時代を感じるためにこの急坂を登って欲しい。足腰が大丈夫のようですのでお勧めします。」
私の足を見ながらそう言った。
「分かりました。この坂を登って行きます。私は、本家の仙台から来ました」
そう言って、お礼を言いながら登り始めた。息は切れるが、最近のストレッチが少しは役立っているようで、厳しくはなかった。天守閣まで800m程度の坂を登って、やっとついた。
見晴らしが良く、市街地を一望出来て港や街を囲む山山。天気も良く期待通りの満足感があった。暫く景色を堪能して、こじんまりしたお城に足を踏み入れた。急な階段に辟易する。こんな急な階段を武士がどんな感じで最上階に登ったのだろう。おりるのが、また一段と大変だった。
帰りは緩やかな坂を下りて行った。裏側に降りて来た。裏門に児島惟謙翁の像があった。裁判官の神様だ。昼食を取っていなかったので、飲食店を探しながら駅に向かった。やはり、店自体が無いのだ全く何もないままに駅まで歩いて戻った。
駅に着いてから、駅弁でもと探したが、皆無だった。パン屋があったので、パンを買った。あんパンを食べたが、餡が極端に少ない。暫く待って特急に乗車して松山駅に戻った。7時朝に全日空ホテル前から市電で出たが、帰りも市電で戻って来た。朝は、街の感覚が分からずに、松山市駅に下りたが、JRの駅がわからない。坊ちゃん号の市電を見れたのはいいが、宇和島駅に向う松山駅が見当たらない。iPadのナビで位置を確認すると松山市駅とは全く異なる場所にあるのが分かった。
歩いて、駅に向かったのだ。戻って来た時には、その轍を踏まないように注意して戻った。ホテルの近くの北前そば高田屋で食べようと探したが見当たらない。やっと見つけたら、やっていない。暗闇にシートで覆われているのが薄っすらと分かった。よく見ると、焼け跡のような感じだ。どうやら、焼けたようだ。
ホテルに戻って、和食の店で年越し蕎麦を食べようと思い、店のカウンターに行くと
「お待ちいただくのが1時間以上になります。」
諦めて、部屋に戻ろうとキーを受け取る時に
「和食の雲海の予約を9時頃お願いしたいのですが。」
7時半頃だったので1時間半見たのだ。
フロントが電話をしてくれ宿泊客だというと、
「9時だとラストオーダー近くなるので8時頃は如何でしょうか?」
満席だと言っていた店の話はどうなるのだ。嘘だったのか。
外から来ている客は断っているとか、カウンターの方が店より上だとか。それにしても、8時までに10分程度の余裕時間だけで6階の雲海に行った。
先ほど、満席で1時間以上待ち時間だと私に言った受付の中年男性が、何度も私の顔を見ていた。久し振りに冷のお酒を飲みながら料理長お勧めのコースを注文した。
美味しいの一言。特に海の幸の新鮮さと刺身の厚さが全く異なる。2時間ほど堪能した。
ただ、隣の個室から壁越しに聞こえるホステスの舞妓まがいの女性にすけべジジイが大きな声で酔ってバカな言葉をずっと投げているのが、気分を損ねている。
大晦日の、紅白歌合戦の一部を見た。丁度AKB48の出演を見た。ファンだった大島優子さんが卒業をサプライズした。篠田麻里子さんのファンでもあった。二人が卒業をして時代が終わった。
新たな時代が終わった。そして、新たな時代が始まるのは私どもの会社と同じだ。さようなら、2013年。

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