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トップハート物語(5374)立志伝敢闘編
19/10/10
2013年(平成25年)11月上旬。
 朝にこの守口の居宅介護支援事業所管理者が来たが、午後からの宮城県人会への参加に気持ちが完全に行っていて、気持ちが入っていなかった。出来るだけ仕事をしようとしたが、進まない。
 介護保険だけの実績が計算センターから昨夜FAXされて来ていた。この守口の介護保険の収益がいつも気掛かりだった。これまでの、管理者ではどうしようもなくやっと退職してくれたので、その第一の月はどうなのか気になっていた。結果は、要介護4の方が月初に亡くなり、要介護5の方が入院という最悪の出足だったが前月より14万円ほどアップした。
 大東本社の介護収益は5万円ほど減収だった。しかし、直後、同じ本社の障害者支援の数字が上がって来た。30万円ほど増収でついに450万円を超えて、トータルで740万円を超えた。しかし、直後に勤務実績が上がって来て点検して、給与明細に入力した。
 登録ヘルパーさんの分だけだが、障害者支援では26万円アップしていた。トータルの登録ヘルパーさんへの支払額は、本社だけで365万円を数えていた。その金額に社員分を加えると485万円程度となる。社会保険も加えて510万円を超える程度となる。直接人件費が7割近くに達する。
 この守口の計算は遅い。まだ、支援も金額が判明していない。
結局、何もせずにマンションに戻る。ブレザーに着替えて新車のミライースをNPO法人常勤理事が運転して、都心に向かった。駅隣接のホテルでの県人会だ。昨年は、設立50周年記念式典もあり後輩のサンドイッチマンが来た。会長も同じ学校の先輩なのだが、
 「売れない時には使ってくれと言って寸志で来て貰ったが、今度は高いしまけてくれない。」
と言って怒っていた。
 そういえば、記念写真の撮影時にも、先輩の一緒にという要請を断っていた。勿論、本人の本心ではないだろうが。
 そういえば、サンドイッチマンの伊達のブログに毎日の日記のようなものがあるが、この県人会の参加には全く触れていなかった。何かあったのだろう。
 そういうわけで、昨年は、当社の社員家族など10人を参加させて祝ったが今年は、私と家族会員のNPO法人常勤理事だけ同行だ。
 会場のホテルには少し早く到着したが、早目に受付をお願いして会場に入る。時間になっても、結構来ていなかったがあとから順次来て席は埋まった。70人程度の集合だった。ただ、若い人が少なくほとんどが私の先輩だった。同じテーブルには、学校の先輩が揃っていて、その他にも同席者は10歳程度上の方ばかりだった。
 挨拶はとにかく長いのが、この県人会の特徴だ。話をしたい人が多く、全ては年齢の高い人。70代が中心の県人会だ。これからは、段々と衰退していくだろう。
総会が終わってやっと懇親会となった。隣の方とか、多くの方と話が出来た今年の私だった。各種美味しい刺身や郷土の料理が沢山出た。ホヤ、ずんだ餅、牛タン。懐かしい、そう言ってみんな美味しそうに食べた。
決算書を見て驚いた。昨年のサンドイッチマンが来た時の経費に会費や収入が追い付かずに、会長が100万円を寄付している。悲惨だ。だから、会員の増強を図らないとどうしようもなくなる。
3時間という長時間が、全く感じられないほど楽しかった。宮城県人会の会員の方がメンバーとして加わっているグループの演奏があったり、抽選会があったり。
私はお菓子が欲しいと思っていたが、その通りになった。「仙台ゆべし」が当たった。同行したNPO法人理事は、「支倉焼き」が当たって大喜び。
土産物も沢山頂いた。宮城県のコメである「ひとめぼれ」、日本酒や仙台味噌、ビール、お菓子、タオル等など。
 会長や、中京地区の副会長、宮城県副知事の三浦さんなどと一緒に写真に収まった。
 散会して、階下の喫茶室で珈琲とケーキを食べて戻った。事務所のマンション前で居宅介護支援事業所管理者と会う。仕事をしていると、6時半ころまた来た。暫く話をして、もどった。私もマンショに戻った。
 気になっていた、後見サポート機構の行方。暫くして、愛知県の同志から電話があった。何しろ、これまでこの10日の間、この機構の行方を巡って必要な人物と東京で会談し、京都で会談し、何度もその対応について話会い、結論を得て愛知県の同志を送り出した。このようになるとは予想せずに、私は県人会への参加を申し出ていた。
 まさか、県人会と同一日になるとは思わずに最初は機構の会議に出る予定だった。しかし、あとから連絡が来た県人会への参加に舵を切った。そのあとに、機構の問題とその対策を話し合ったのだ。
 それまで、東京に於いて私が支持する中心人物とその代理人と二度ほど話をして、その結論を持って京都での話し合いでもやっとの思いで重要な人物を説得して、どうしても一緒に行けない同志に何度も念を押して送り出したのだ。
 その間、色々なやりとりもあったが、また、最後に心配なので再度念押しして置こうと思ったが、しなかった。大丈夫だという方に確信を持つようにしたのだ。
 「会議は・・・・
内容について、話を聞き、それでどうなったのか結論を聞きたかったのだ。話し合いでは、同志が会議で問い質す部分があった筈だ。
 「相手が何も言わないし、言わなければ入りようがないもんね。」
何を、自分が問い質して相手の言質を取る手はずなのに、何も言わないし何を思ったのか、的であるはずの新たなスタッフに名刺を渡して
 「名刺交換だけはして来ました。
訳が分からない。
 一体何をして来たのだ。戦いをせずに、相手の新たなメンバーに名刺を渡して交換してきただと。負け戦はしたくなかった。

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