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トップハート物語(5364)立志伝敢闘編
19/10/04
2013年(平成25年)10月下旬。
朝起きたのが、いつもの時間より大分遅かった。8時過ぎだ。今日の予定は、大宮区役所へ行って住基カードを受け取ることと、2時半に東京駅前の八重洲ブックセンターで愛知の同志との懇談。その後、4時から近くの東京駅前の丸の内側に新たに出来た「kitte」にて東京大学関係の後見サポート機構事務局長の特任教授兼機構事務局長と会うことだった。
今、満足した思いを胸に、昨夜の決起に近い話を述懐しながら新幹線のシートに身を沈めながら記している。
 朝遅かったので、珈琲をゆっくり飲めずに。直ぐに妻の作った朝食を食べた。
テレビを見ながら、あれやこれやと話をしていたが、妻の口撃が始まった。
以前は、通帳が家にありキャッシュカードは私が持っていた。使用明細書も自宅に送られていた。会社での経費はカード払いが多分にあり、その使い方道をうるさく追求して来る。
ちゃんと会社分の返金をしていて家計には何の負担もないし詰まらない詮索をされたり。例えば、昨夜の東京での宿泊を何故か追求して来る。
 飲んで遅くなるのと翌朝早く戻らないといけないからだ。そんなことをどうして一々説明しないと行けないのか。我慢できずに、余計な詮索をさせないために明細書を自宅送付としたのだが、止めてカードも別に作った。
 口撃が矛先を変えて、私の体型の大きな変化に向かった。確かに妻は、毎日スポーツクラブにて、水泳や潜水、ダンスなどで鍛えて、畑を所有して作業に勤しみ、加えて月数回の旅行を楽しんでいる。それと一緒にされたのではたまったものじゃない。
 それがしつこく長いのだ。
いつもの私が太って来たのを追求始めた。嫌なので、引きとめられても帰る身支度を始めた。docomoSHOPに立ち寄って、通話不能に突然なった携帯電話を持って行った。ワザとゆっくり応対しているのかと疑うくらいのスローペースだ。
 待ち時間が40分、治すのに数分この際なので仙台の母親に携帯電話を持って貰おうと思い申し込みをした。11時前に入って出たのが12時40分くらいだった。
大宮駅に降りて、区役所の駅前出張所に行って住基カードを受け取った。先月も申し込んで受け取り期限を過ぎてしまって、今月に再挑戦した。
 この時もすごく時間が掛かり、慌てて東京駅に向かった。2時頃に八重洲口のスーパーホテルに荷物を預けて、待ち合わせ場所の八重洲ブックセンターに向かった。愛知から来る同志との懇談だ。二階の喫茶室に向かおうと思って、入る直前に彼から連絡があり、今東京駅に着いたのが分かった。
 1時間程度の打ち合わせの結論は、
 「思うような方向に行かなかったら、二人でやってしまいましょう。来年の秋には100箇所程度は出来ると思います。やれますよ、我々二人でも。各地方の中核都市に作って行きましょう。金儲けではなく、本当に必要な人に必要な手を差し延べる組織を作りましょう。」
これまで、何回も会って話をしたが、これほど踏み込んだ発言は初めてだ。頼もしいと思う反面、結論は大事だ。言葉では同意しながら、心では出来るかどうか検討していた。
いつもなら、私が急先鋒に発言するのだが今日は違った。
しかし、その意気込みを持って、これから会うことになっている機構事務局長との話は活路が開けると思っていた。
約束の4時に待ち合わせ場所の東京駅前「KITTE」に10分前に着いた。待ちながら、私は彼に
「約束の4時前に来るか、遅れて来るかで事務局長の器が分かる」
そんなことを言っていると、目に入った。安心した。
皆さんの意見を遮って、宮城県の郷土料理「牛タン」の店に行った。
のっけから、驚きの連続だった。最初、顧問弁護士から要請を受けていた福祉信託の動きを聞いた。私の故郷宮城県において国の施策として予算を貰って実行しているのだ。
それが、終わってから私たちが申し入れる積りだった、機構への運営参加の打診冗談かと思うような逆要請だった。
理由を聞き、やはりと思った。機構のホームページを見ながら推理はしていた。現実は大変なことが起きていた。会員として看過できない。一体誰の為の組織だ。研究者や役人あがりが人の金で好き勝手な事をして義務を果たさず保身に走っている。
延々5時間にも及ぶ会談は、思っていた成果の何百倍ものモノを得た感じだ。営々と、この成年後見制度に関わってきて出口が見えなかった。
今日の話で、ハッキリと見えた。詳細は何れ明かされるが、今は、今後の事も考慮し活字にはしない。まだまだ続きそうな内部抗争だが、正義と能力のあるものに勝利はある。少し遅れて、理不尽な扱いを受けた仲間が加わった。
夜10時頃にホテルに戻った。

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