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トップハート物語(5362)立志伝敢闘編
19/10/03
2013年(平成25年)10月下旬。
 朝一番で出たかったのだが、お願いした新人が来ない。運転を依頼したのだが、来ないのでメールを責任者に送った。今出たと蕎麦屋のような言い回しだった。多分、その責任者が私に渡す書類の作成が遅くなったのだろう。何しろ、社員のレベルの差が大きくこの研修センター責任者はずる賢い性格で信頼は全くない。
 居宅介護支援事業所管理者が来た。新規が多くなり、今月多くの人が入院と亡くなったと言っていたが、それを上回るくらいのケースを抱え始めた。その対応も考えないといけない。新人非常勤ケアマネジャーは全く機能していない。
 8時に、中国からの帰化者が来た。4ヶ月間「働きながら学ぶ」制度で採用して、次の段階を教えようとしたが、わがままで業務を断るので指導を辞めた。指導を辞めて4ヶ月の期間が切れたので契約も終わりだと言っても中々納得しないが、働かないで収入は得られないと何度も言って、次の道をある程度示唆した。
 新たな組織を作るので、そこで働くかと声を掛けた。ところが、まだ骨子も決まっていないのだが、いつものように自分の考えだけを言う。 
 「旅行に行きたい高齢者にガイドとして同行するような仕事をする。」
 「利用者はどうやって探すんだ。」
 「旅行会社に我々がガイドするプランを持ち込んで、紹介して貰う。」
 「馬鹿な、どこの旅行会社が依頼してくる。」
 「営業して紹介して貰う。」
 「信用のない会社に、どこの旅行会社が依頼するのか。」
 幾ら言っても理解できない。 
 ついこの間は、中国語を教える教室をするといったので、提案書を持って来いと言ったはずだが、もう忘れたのだろう。
 9時20分になってやっと来た。すぐに、銀行に向かった。明日から3日間出張で不在になる。
 その間、入金などの処理ができない。今日中に済ませたい。
 視覚障害者の利用者に連絡を取った。提供表を渡すために向かった。自費であんまの移動介助を行っている、新人女性が同行して話をした。施設に向かった。提供表と退院した利用者のサマリーを渡した。
 弁護士事務所に被後見人への外出サポートなどの請求明細書を持参した。そのまま帰ろうと思っていたのだが、引き止められて弁護士と1時間ほど話し合った。今後の後見人活動について、また、事業拡大についてなど。
 本当は、すぐに辞して近所にあるうどんの名店「つるとんたん」に行きたかったのだが、引き止められて話を聞いた。
 やっと、12時数分前に解放されて店に向かうと既に長蛇の列。ダメかと思ったが、弁当を買う列だった。店も、相席になったが座ることが出来た。
 私は「味噌煮込みうどん」を頼んだが、
「好きなもの食べたいものを頼みなさい。」
 そう言ったのに、遠慮して新人の運転をしてくれた27歳の彼女は定食を頼んだ。うどんの名店に来て定食とは、と言ったがそれがいいという。
 うどんはある程度あったが、ご飯も大盛り。食べ始めた彼女が
 「やっぱり言うことを聞いて、普通のうどんを頼めば良かったです。また、連れて来てください。」
 「定食など、その安い値段で提供するからその値段にあった内容になる。違いはいくらでもないから、普通のものを注文するように言ったのだ。」
 「佐藤さんと一緒にいると、いいものばかり食べるのでグルメになってしまいます。」
 「勘違いするな、いいものではなく美味しいものだ。いいものでもまずくて食べられないものもある。」
 そんなことを話しした。
 1時から彼女は自費の病院内の援助を、私も1時半から研修があるので12時半に店をでた。余りに毎日外食するので、買い込んだ材料のうち、フライ物がまだ残っていたが外に置いておいたら、青カビが生えているのが見つかった。もったいないと思ったが、天ぷらと一緒に捨てた。
 研修が始まる前に、今度ケアマネジャーに選任予定のレンタル管理者からメールが来た。まだ、予定をしているだけでいつから始まるのか、まだ彼女も選任しているわけでもないのに、不快なメールが来た。
 私が後見人をしている被後見人を一時在宅に戻るのに伴って、彼女にケアマネジャーをお願いしようと思っていた。私はまだ口に出していないが、他のケアマネジャーや管理者に相談をしていた。それを、多分耳にしたのだろう。
 顔合わせをさせようと思っていた段階なのに、
 『早く退所する日が分かれば、サービス提供する事業所もシフトを組みやすいので、いつから始まるのか教えてください。サービス内容は、聞いた状態から掃除と洗濯程度で時々入浴介助くらいですかね。』
 あきれ果ててしまった。
 勿論、諌めた。まだ、会ったこともなく、アセスメントどころか施設の相談員とかケアマネジャーからの情報提供もまだ無く、いつ退所するか施設との話を進めないといけないのに、馬鹿なことを言うと当社の社員でありながらがっかりした。
 研修会が1時半から行政書士会館で始まった。
 風俗関係だが、講習担当者も風俗関係者のような行政書士だった。話が、その自分の経験上の話がほとんどで、笑えない冗談などが多く本当に必要な内容はどれほどあったのだろうと思える程の内容だった。
 がっかりしたが、益々自力での勉強意欲が湧いてきた。
会場に来た時に、顔認証の受講受付の場所で声を掛けられた。
 「認証式以来ですね。」
 顔は覚えていないが、式が終わってから声を掛けてくれた彼だったと思う。
 「あの時には、兼業している会社の名刺を頂きましたが、まだ行政書士の名刺を頂いていないです。」
 そう言われて、中途半端だが、出来た名刺を渡した。
 席に着くと、追い掛けるように私の近くの席に着いた。私は、このような性格で人を寄せ付けないようにバリアを張るので、ずっと顔を合わせないようにしていた。3時間後終わってから、みんなが会場を出るまで動かない。やっと漉いてから動いた。出てからトイレに入って、出てエレベータに乗ろうとしたら、また彼がどこからともなく現れて同じエレベータに乗った。一言、ふた言交わして別れた。
いったい誰だったのだろう。
会場をあとにして、補助人の彼女が迎えに来た。車で移動しながら、私が不在の時の様子を聞き、利用者宅に向かった。利用票を渡すためだ。夕方6時に着いた。声が聞こえた。何となく誰かわかった。
 部屋に行くとやっぱりそうだった。何年ぶりか。当社を退職して7、8年ぶりの顔合わせとなった。私が事業を始めたばかりの数年間、一番ケアのレベルが高度で有能な方だった。ただ、余りに個性が強く、内部でのトラブルが多く退職をした。
 その彼女の父親や、親族のケアを行っていた。そのうちのひとりの利用者の親族なのだ。いつかは会う覚悟をしていたので、自然の流れだった。あの時のころの話を聞いた。初耳の話もあった。
 彼女の父親の亡くなった時の話だ。
 「お宅のヘルパーさんでEさん担当でその日、私はなにか胸騒ぎがしたので、ヘルパーさんに連絡して、何か異常があったら連絡くださいと言って仕事に行った。それでも、胸騒ぎが収まらないので、直接担当のヘルパーさんに連絡し、何か異常は無いですかと聞くと『おかしいんです。今から事務所に連絡しようと思ったんです』と言う。時計を見ると8時から9時半までのケアで、もう終わりの時間だった。慌ててお宅の管理者に連絡して向かってもらい、私も向かったのですが心臓麻痺で終わっていました。可哀想で。」
 そう言った目に光るものがあった。
 「そんなことあったとは知らなかった。」
 「それでも、そのヘルパーさんから謝罪の一言もないので今でも後悔している。」
 そう言っていた。
 あとは、自分のたどった人生の話をしていた。
 若い彼女の年齢を再確認すると、私より2歳年上だった。
 はっきり物を言う方で、
 「あんたとNPO法人常勤理事は出来ているんだろう、一緒に住んでんだろう。」

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