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トップハート物語(5345)立志伝敢闘編
19/09/25
2013年(平成25年)10月初旬。
 多忙な朝。最初は11時ころに車両を依頼した。しかし、今日出発する本社管理者のスケジュールを聞いて慌てて変更して9時にした。マネジメントの研修を受けに開会の前日会場入りする彼は3泊4日の日程になる。
 全国から経営者のジュニアや時代を担う人材が全国から集合してくる研修会だ。実質2泊3日で7万円の受講料だ。まだ、20代の彼はどのような収穫を得て来るのか楽しみだ。その彼は、多分参加者の中で一番若いのではないだろうかと思っている。不安もあるだろう。だから、一昨日、送り出す宴席を設けた。
 そして、今日の出発に見送りに行く積もりだった。本人には内緒にしていたのだが、時間の確認をしないといけないので、メールを送った。
 『何時の新幹線に乗車ですか。』
 『10時です。』
 その時には、この守口の居宅介護支援事業所管理者と話をしていた。8時半頃だ。直ぐに、研修センターの運転してくれる新人の彼女に迎えに来てくれるように、管理している研修センターの責任者にメールした。
 9時に出発するために、何も準備していなかった。私は、出発は午後だと勝手に決めていた。研修は明日からで、彼の場合遠方なので前日の会場入りだったから、夜に着く標準を合わせているのかと、思っていた。
 11時に出発して、色々な業務を処理しようとしていた。その準備は10時頃から準備を始めて、出発に合わせて完成の予定だった。それが無理になった。何もせずに、何も持たずに出発した。
混んでいる道を一生懸命に走行するが、朝の時間帯で思うように進まない。イライラしながら、ギリギリ出発10分前に到着。メールで事前に移動中に連絡して、行くので待っていろと。
 到着してから、電話した。沢山の改札口の中で、どう表現していいかわからない入口、新幹線中央口。やっと、彼が走って来た。既に改札から入っていたのだ。もう少し時間があれば、手土産でも持たせてやったのだが、時間がなくてそれも出来なかった。写真だけ撮った。かなり緊張している。
 送ってから、約束があった。新規事業所責任者が、相談があるというのだ。10時に新規ケアカンが有り、11時に新規事業所事務所にて待ち合わせだったが、私は余り他の事務所には行かないし顔も出さない。
 私のような立場の人間が行くと、手は止めなければならない相手しなければならない、何かを出さなければならない、気遣いの時間が勿体無い。
 そこで、いつも会うのは外部で会う。近くのイオンモールの喫茶室で待ち合わせした。少し遅れて来た彼女は、アイスカフェモカを一口飲んでから話し始めた。
 「やはり、NPO法人常勤理事の祖母は入院しました。昨日から色々あって、パニックになっていて、その他にも数件色々重なって。入院の方は、褥瘡が毎日方々に出来て訪問看護や往診などを勧めても、近所に住んでいる息子さんが訳の分からない怒り方をして対応に苦慮していました。畳の上に、薄い布団で寝たきりで動けないので、毎日毎日清拭などして対応しても、追いつかない。介護の限界なので医療の支援を受けるように提案しても、『うちのことを分からないのに勝手なことを言うな』と、一方的に怒鳴るだけで。お金の負担が心配で受け入れないと思いましたが、それに対して何も出来ずに訪問介護事業所と何度も夜遅くまで話し合いました。
 熱が39度を超えて続くので息子さんに連絡して、救急対応をお願いして貰いました。何でもかんでもヘルパーにして欲しいと言って、医療に依頼しようとしません。そんな中で、あまりにも高い熱が続くので、息子さんに連絡して来て貰いました。そして、救急対応を依頼するように助言しました。
 最初の総合病院は、以前何かあったと言って断り、次の病院も同じように断り3件目の総合病院に行きました。医師との話は聞かなかったのですが、どうやらニュアンスとして金銭の問題で入院を勧められたのですが、断ったようです。夜戻って来て、ヘルパーに摘便や浣腸を要求したり、夜間の対応を言ってきましたが出来ない事や急変した時の対応はやはり家族がすべきなので、お断りしました。
 浣腸は安定した状態ではない中での対応は厳しいので、断りました。褥瘡の処置はどう調べてもヘルパーではできないので、事情を説明して断りました。それでいいですよね。」
 「後々怖いから、それで結構です。ただ、褥瘡は全部できないのではなく一定の条件で一定の行為まではヘルパーでも出来ることになっている。褥瘡部位の消毒、軟膏の塗布は医行為だが、ガーゼの交換は医行為ではないという見解だ。褥瘡の周囲の水洗い、褥瘡の周囲の水洗いをしてガーゼの交換は認められている。ただ、あくまでも状態が安定していることだ。加えて、事前に医師とのコミュニケーションがあり家族の同意もあることが前提だと解釈したほうがいい。だから、今回のケースは全て断って、医療への誘導助言は正しい。」
 「よかった。それから、息子さん付き添っていつまでいたのかわかりませんが、今日の朝にヘルパーさんが入った時にはおりませんでした。熱を測ったら39度4分。息子さんに来てもらって、救急対応をして貰って結果的には入院となりました。」
 「その入院先はどこですか。」
 「S病院です。」
 「なに、最悪じゃないか。」
 地域では、色々と噂のある病院で、入院患者が最悪だと言って逃げ帰る、私の担当していた利用者も逃げようとしてベットから落ちて拘束されて、2週間後に亡くなった。トイレ誘導はせずにみんな強制的におむつをさせられるようだ。
 続いての報告は、
 「障害者の方が65歳になるので、地域包括からケアプランの作成依頼がありました。要介護度を聞いたら『要介護2』だというので、受け入れました。ところが、いざ蓋を開いたら、要支援2でした。それでも受け入れて、カンファレンスに臨みました。地域包括、自立支援センター、本人、私というメンバーでしたが、一番気になったのがこれまで障害区分3の方が要支援だなんて考えられないということです。入浴介助や通院も身体ありで支援していたのに、要支援で継続したケアができるのか再度認定調査をお願いしたいと言いました。ところが、自立支援センターの方は障害だけのこと、地域包括は障害のことがわからないと、何を会議だとあきれ果ててしまった。私が、この内容で継続できるのか市役所の担当者と話をしたいと、そこにいても仕方ないので中座してそのまま市役所に向かいました。自立支援センターの職員が一緒に行きますと付いてきましたが、何も話ができずに、隣に座っているだけ。地域包括も、何が人権擁護だと思いました。その方の支援が出来なくなり、生活権が奪われる認定結果なのに何もしようとしない。結果的に、市役所と話ししてこれまでの支援に影響がないよう総合支援の方で身体介護などをもらうようになりました。最初カンファレンスで頭に来たのは、介護になるからケアマネージャーに全て任せるとか言い出して、全く情報もくれずに突然そんなことを言い出して。」
 「大丈夫、それでいい。これからは、市も地域包括も自立支援センターも君の能力を知ったから、何かと頼りにされて色々相談が来ると思う。」
 そう言って、自分の経験を話した。
 特に、地域包括など組織や名前だけが表に出るが、人材の中身が無い。
 1時間ほど報告を受けて、彼女も
 「早く相談、報告しないと、と思っていたので、ホッとしました。」
 そう言って、階を移って和食の「四六時中」に行って食事をして1時間ほどで事務所に戻って来た。車を待たせて処理する予定だった書類を処理し直ぐにスタート。銀行にて、ヘルパーさんの額の少ない10万円未満の方30人程度の報酬を振込。1日200万円が振込限度なので4日渡るラリーのスタート。
 行政書士会館に向かった。NPO法人常勤理事の行政書士補助人の登録申請をする。その足で、特別養護老人ホームに向かった。連日、追い掛けている施設長に会うために。一時受け入れを有老老人ホームにお願いした件のお礼だ。
 やっと、3日掛かって会えた。地域の重鎮なので、忙しい。話はやはり従業者のレベルの低さだ。人間としての常識に欠ける職員が多すぎでどうしようもない、そんな意見で一致した。これは、全国的な傾向であることがわかった。
 「やはり、親のしつけの問題だろう。そして、あのゆとり教育の影響が大きい。」
 との結論だ。
 そのあまりにひどい彼らの行動を色々聞いた。態度や口調、裏表のある態度。介護や福祉というレベルの意識ではない。やはり、思ったとおり既にこの業界は終わっているのかも知れない。国がそれを察知して、在宅介護サービスへも医療法人が参入するように助成などの制度も整備するというのは分かる。

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