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トップハート物語(5341)立志伝敢闘編
19/09/23
2013年(平成25年)10月上旬。
朝数人の社員が来て、話をして10時になった。長期間勤務していた前介護管理者、10月15日で退職となったが影響はほとんどないような感じだ。本来なら、この会社が立ち上がった時からの社員であり、一時は、影響力は大いにあった。問題は、今年初めからの業績悪化だ。
 急激に悪化して、自己責任を逃れるために退職を申し出て逃げを図ったことにある。敵前逃亡で、自分だけ無傷で逃げる。他の部下、つまりサービス提供責任者クラスも動揺して、辞めると言い出す。しかし、無視し続ける私に何も出来ない。
 段々と、サービス提供責任者クラスが、何も出来ないことに気づく。名前だけで、ヘルパー業務しかしていなく、楽をしていた分実力が何もない。一人のサービス提供責任者が、書類関係をすべて処理していたのだ。それを、管理者がまるで自分がしていたように図っていた。
 他の者にさせると、自分が何も出来ないのが分かってしまう。PCすらまともに使用できない。調理もできない。書類も書けない、読めない。最初の頃はそれでも通用した。印象が良く、ケアが出来れば信用も信頼もケアマネジャーから得られた。
 ところが、このレベルアップ時代についていけない。何度受験しても介護福祉士の試験に落ちる。会社の事務関係を他の者にさせて、いかにも自分がやっているように見せるのは出来るが、介護福祉士の試験はそうはいかない。
 多くの後輩が、次々と合格しケアマネージャーまで取得して、社内独立していく。自分は、今の位置をいかにして守るか、だけの生活。相変わらず一人の部下が書類関係をつくる。介護計画書、シフト、契約書、などなど。
 二人のコンビで残業代が激しく、彼女二人で人件費が毎月100万円弱。前管理者は、昼間は運転で時間を潰し、夜に仕事をしているという。日曜日も休まず、ひどい時には月一度も休暇を取らずに勤務して、300時間を超えた時もある。
 何度注意しても、変えなかった。強制的にしようと思ったが、何しろ人望を集めていたので、崩壊する可能性があった。人望といっても、他の者が何もしないでサービス提供責任者の名称と固定給を得ていので、楽チンだったのだ。
 しかし、現実の数字を突きつけられて初めて自分の位置がわかった。つまり、ほかの会社では通用しないのだ。ケアマネージャーの顔も知らない、事務所もどこにあるのかわからない。担当者という名前だけで、ヘルパーさんも知らない。サービス担当者会議に出るのはいつも前の管理者とその一手に事務を引き受けている社員だけ。
 余りのデタラメに、他の部署から追求が始まった。他の部署がカバーをしているのに、自分たちはまるで平気で、組織を崩壊させようとする行為に走っている。辞めるのは勝手だがいつまでも邪魔するな、そんな意識がほかの部署の者に芽生えて来た。
 ついに我慢できない社員が前の管理者に引導を渡し除去する行為に出た。いつも、磐石なように見えている政権ほど崩壊が簡単に起こる。人心を掌握していないのだ。
 私の長年のこの地での教育が達成された瞬間だ。
 前の管理者が退職することになったが、その引継ぎは何もない。これまで、管理者クラスが退職を繰り返してきたが、ある程度の混乱は生じた。しかし、今回はほとんどないし、行動を共にすると言っていた者も、言葉に出さなくなった。
 何もしていない、表面だけの管理者もいいものだ。混乱はないし、引き継ぎもない。
 「少しは、彼女じゃなければダメだと言う方やケアマネージャーがいるかもしれません。しかし、時を経れば必ず努力していれば元どころか多くの利用者を得ることができます。」
 新管理者はそう言っていた。
 彼女は、前管理者に比して努力家である。実績も大いに残しているし、将来の夢も持っている。
 そんな変化を何の気無しに過ぎて行くような気がする。何事もなかったように。この週や来週もイベントが続くが、前管理者は別に招待もしない。13年間の当社での実績の集大成がこの事態。
 少し時間があったので、先日請求が来た折込チラシの会社に連絡した。働きながら学ぶ人材が全く集まらないので、広告を掲載したのだ。その際、求めた地域以外の地域に無料で掲載させて頂きます、と言っていたのに広告料が請求された。
 その答えは、
 「依頼を受けた地域の金額を半額にしてあります。2箇所なので、半額をほかの地域に振り分けさせて貰いました。それで、1区域は無料という扱いになります。」
 「それならそう処理するといえ。2区域しか依頼していないのに、3区域の請求が来たからおかしいと思ったんだ。」
 そう言って叱責した。
 お互い不愉快だろう。
 午後からは、歩いて取引銀行に行った。実務者研修の添付書類に残高証明が必要なのだ。その依頼を1週間前にしており、引取りに行った。
 電車の駅まで歩いた。通常は20分のコースを30分程度掛かった。途中で疲れを感じたので、相当歩いていない影響があった。
 コンビニに寄り、公共料金の支払いを終えて今度はほかの駅まで歩いて、地下鉄で戻った。近くのイオンモールで、ちょうど出掛けたNPO法人常勤理事に会ったので、喫茶室に行った。暫く話をして、事務所に戻って事務処理。
 明日から、働きながら学ぶ受講生が2名来る。二人共27歳で、小さい子供がいるので勤務体系を考えないといけない羽目になっている。
 保育園に子供を迎えに行くのに、4時半ころに帰りたいというのだ。また、そのために、車両を使用して通勤したいと言いだした。その条件を本来は飲めないのだが、私が、車両がまだ来ないので動けない。彼女に運転をお願いすることにしたので、許可することにした。
 突然、来られないなどということのないように願う。



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