お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(5327)立志伝敢闘編
19/09/16
2013年(平成25年)9月下旬。
今日は、祝日だ。4時から毎年出掛けている「君と歩いた青春」コンサートの予定あり参加して来た。
朝8時過ぎに、支援責任者が来た。この守口の支援部署は一時分離をしていたが、協働が取りにくいということで、介護部門と統合した。大所帯となり、サービス提供責任者だけで14名在籍している。全員、介護と支援の兼任だ。
その統合組織の中で、両部門を管轄する管理責任者を選任しないといけないことになっているので、年齢的にも経験年数的にも現在の介護管理者をその任に就けている。しかし、実質の運営はそれぞれが分かれていて、総合の管理者は介護管理者を兼ねて支援は彼女が責任者として担っている。
思い返せば、管理者の変遷は四六時中あった。多くの管理者が利用者とヘルパーを引き連れて独立していった。
大東本社は、最初は仕事をしない男性だった。彼も私に解雇されて数年後独立して賃金を支払わないと問題を引き起こしている。次の管理者は、その管理者の不正行為を私に訴えて排斥した女性だったが、これまた、任せたあとに家族を引き込んで問題を起こしながら退職し、他の男性と組んで独立した。
次の管理者は、大手福祉門学校の教務主任だった方で当社の歴史上最も能力のあった方だったが、コンビを組んだ男性が全く役立たずで大きな負担が掛かって来て、病気になり半年で退職。そのあとが、現在本社のある大東市で居宅介護支援事業所の管理者兼ケアマネジャーの女性だった。そのあとが、出産・育児休暇を終えて再出勤して来た女性だったが、他の者と組んで独立した。
そして、現在が若い26歳で管理者になった男性だ。その管理者なって400万円の月間収益を現在では700万円を超えるまでに成長させた逸材だ。
この地区の、支援費の管理者の変遷は始まる前の申請書作成段階では私が最初で、次が無能な男性で、数ヶ月で終わり。実際の認可の段階では不正を平気で行う「ガマ」男だった。排斥されて、独立した。不正ができなくなりついには廃止。
次が、大手百貨店から来た無能男。数ヶ月で、頓挫。数人と組んで独立。金を持ち逃げして行方不明。次がサーファーだった、福祉専門学校卒業の若い20代前半の男性だったが、策を弄して利用者とヘルパーを引き抜いて独立。次が、施設から移籍だったが妊娠して休職。
次に、できないと思ったが余りに社員が推薦するので担当したが、飛んでもない不良品。すぐに退職。続いて、やり手の女性だったが重圧に耐えられずに退職し、現在の彼女に引き継いでいる。
新規事業所は、これまたひどい。大手電機メーカーからの入社だった高年齢の男性は嘘まみれで、逃げるようにひと月で辞任、後日退職。次が、新人の女性だったが辞める、辞めると四六時中口に出して、面倒だから退職させた。半年だった。次が、私を慕って来た男性を勉強にと就ける。使いものにならないままに、この守口から次代を担う人材を投入。数ヶ月あと居宅介護支援事業所を立ち上げて、現在の管理者に引き継ぎ。1年半の間に、これほど変わったのも珍しい。
この守口の居宅介護支援事業所の管理者は、私が3年就いて現在の管理者に代わって3年経過した。本社のある居宅介護支援事業所の管理者は、犯罪を犯して逃げていった者が年行っていたが、本社から移動させた設立以来の社員である彼女が既に3年行って、利用者を倍にしている。
レンタル事業部門の管理者は、犯罪を犯して逃げた介護支援専門員と一緒に不正を行ったやつから代わって、現在3年目の彼女が行っている。ただ、今回介護支援専門員をクリアして資格者としているので、何とかしないといけない。
介護タクシーの責任者は、専門の人間を置いたが2代で兼任に代えた。研修センターの責任者は私が最初行って、引き継いだがあまり動かない人間になってしまった。
問題のこの守口の介護部門だが、NPO法人常勤理事が最初で次が現在の者だ。その彼女が全く動かないので、問題が生まれてきている。その件で、朝一番で来たのは支援責任者だ。
「介護管理者が辞める、辞めると何度も言って、雰囲気が悪くなっている。いい加減にしてほしいと、支援で話し合ってハッキリするように介護管理者に申し入れた。」
何しろ、雲泥の差がある経験を無視するほど、不快な雰囲気が漂っていたのだろう。
「別に辞めてくれとは言いませんよ。ただ、あまりに雰囲気が悪く、辞める、辞めると脅すように言い続けているので、はっきりして欲しいと。」
誰もが、口を挟む事ができなかった介護管理者に対して辞めろといったも同然だった。
 最初は1月、次には来年の1月、そして先日来た時には10月。今日の話を聞くと9月になるようだ。
いくら、自分の力を過信しても、周りが許さない。私が言葉に出せばそれが結論となる。それをせずに、自然に回るものを待っていた。結論が、そうなってよかった。
「どうなるか分かりませんが、明るい雰囲気作りに力を注ぎます。今までのようなことにならないように、みんなで考えて話し合って進めて行きたいと思います。」
そう言って、2時間ほど話し込んだ。
彼女とは、仕事以外の話をする事はないので、今後の姿勢を2時間も話し合った。
いよいよ、着替えてマンションをスタートした。1時過ぎに出て、2時半過ぎに着いた。ホテルニューオオタニの地下に車を置いた。周りは外車か高級国産車。この車も、今月の28日で車検切れになるので、廃車することにした。
会場は目の前なので、お城の中にあるホールまで人人人の波だった。20分前に入った。ちょうどステージの正面だった。しばらくすると、灯りが消えてスタートした。これから、感動の3時間半が始まる。
南こうせつ、伊勢正三、太田裕美、杉田二郎、イルカ、尾崎亜美の6人でスタートだ。最初は知っている曲が流されて、中は全く知らない曲が多くあくびが出た。今年は不満だ。夜はニューオオタニで神戸牛のステーキコース18000円を食べた。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報