お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(5288)立志伝敢闘編
19/08/23
2013年(平成25年)8月中旬。
第67回目の終戦記念日だという。「終戦」という名称は敗戦国だった日本だけか。わが日本に多大な損害を受けたという東南アジアの諸外国は、戦勝記念とか解放記念とか言っていると思う。その日本の総理大臣が靖国神社に参拝し英霊に安らかにお眠り下さいと、頭を垂れるのを諸外国は猛反発する。
そのような教育を幼児の時から行っているようだ。その東南アジアの台頭が、これから国力が衰えていくであろう日本の行く末に暗雲を立ち込めさせる。
特に日本の新聞、テレビマスコミは自国に対して批判的で愛国心を植え付けるような世論に訴えるようなことはしない。テレビを見ていて、今年の戦没者追悼式にて総理大臣の言葉に近隣諸国への謝罪と反省の言葉が無かったと言って
「新たな問題を引き起こしそうです。」
などと言いうが、特別それが無かったからと言って諸外国からの抗議は無いしアピールもなかった。
自国を守るという意識を無くさせたこのようなマスコミ。先日の、麻生副総理のナチスドイツの憲法を持ち出した発言で、大事な前段部分を省いて、悪い部分だけになるように編集して世界に流す。世界各国から抗議が来る。
安倍ノミクスと言われる経済対策にて、なんとかこのデフレ状態から脱却しようとしているのに、マスコミが煽って消費税が上がったら経済が下振れするという。どうして、こうもマスコミは低レベルなのだろうか。
一部の、ほんの一部の事例を如何にも全部のように配信するので、生活保護者の不正受給が無くならないし、増え続けている。生活保護受給者にて地方自治体の経営がどれほど圧迫されているか。
そのような問題は取り上げない。予算編成の時だけ、如何に多くの生活保護費が税金の中で多くを占めて使われているかなど言って置きながら、少しでも改善しようとすると大げさに騒ぎ出す。
そんな過渡期に生きて来てよかったと思う。これからは、そうはいかなくなる。生活保護や年金を貰っている親の金で生活している子供がどれほど多いか。働いていないのだ。その親が亡くなったら、この子供たちは生活保護になる。
働いていないのだから、無年金だ。この問題は、大きな問題だ。それを、どのように改善して行くのかだ。勤労意欲が全くない。教育は恐ろしい。ゆとり教育というたった一人の行政マンによって引き起こされた結果だ。
昨日、今日の新聞で衝撃のニュースが流れていた。トップニュースだ。朝日新聞の大一面を飾っていた。この地のNPO法人が就労支援事業で不正受給をしていた。その額1億5000万円だという。当社もその事業に大きなウェートを置いている。生徒一人に付き、月何万円という助成金がつく。半年なら6倍の人数分だ。一クラス多い時で1千万円を超える。このNPO法人は8か所でIT関係の授業を行っていたという。
一番多い就労支援のクラスはこのIT関係だ。良く考えてみても、こんな失業しているおじさんやおばさんを始めとして、経験のない者が半年とか勉強しても就職など出来る訳けがない。それなのに、就職率は100%近いかまたは100%なのだ。その実績が無いと教室は構えられない。
多くの希望する業者がしのぎを削って狭き門を叩くのだ。就職率が高い順に10とか13とか決まっている。
何か不正を行っているとは知っていたのだが、そのシステムを知らなかった。どうやら、人材派遣会社とつるんでいて、登録させるだけで就職というカウントをしていたよようだ。それが、気付くのが遅く最近になってやっと雇用保険を掛けている者を就職とみなすようになった。それも、登録されて安い雇用保険など掛けられる。
ところが、この不正はそうではなかった。根本的な問題をはらんでいた。まず、8か所教室を記事にした新聞記者が回ったそうだ。全教室で80人くらい。ということはひと教室10人程度だ。それなのに、定員一杯の一クラス30人分の助成金申請し受領しているという。からくりはどこにあるのか。不正が横行しているので、抜き打ち検査を盛んに行って厳しいチェックが行われている。
そのチェックをしているのが、生き残った独立法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」なのだ。どうやら、その調査員が業者から金を貰って情報を流したり、手心を加えていたようだ。
 理事長は厳正に対処して告訴するというが、調査する者が金品を受け取って特定の業者に配慮するなど、言語道断だ。被害はきっと、我々にも及んでくるだろう。もっと、厳しくなり目的の就労を一生懸命にやろうとする正常な業者を潰してしまいかねない。当社も真面目に申告して、不正業者の高率の就職率に阻まれてしまったことが何度もある。もっと、厳正に本当に就職できることに真剣にやっている事業者に委託して欲しい。
京都の市民後見センター代表から突然メールが来た。
『要望があるので、11月9,10日に京都にて市民後見を推進しているNPO法人の意見交換会を開催したい。参加への有無の意向を頂きたい。それにより、拡大して開催できるように配慮したい。』
要約すると、そのような感じだ。
それにしても不愉快なことだ。何故なら、彼を中心として2年前にそのような集団を作ろうと活動していた。それが、彼は突然打ち切りを宣告して勝手に解散してしまった。
講師として関係のあった、東京大学が市民後見人サポート機構を作るので重複し睨まれると思ったのか、腰が引けてしまったようだ。その後、豊橋の市民後見の代表から連絡が有り再構築を図ろうと声を掛けられて再度スタート。その時点でも、何度も彼に声を掛けた。懇願するように声を掛けた。1年越しに声を掛けた。
全て、断られた。理由は、
「集まらないのではないか。」
「そのような時期が来ないし、自分は年も年だし。」
そんな感じだった。
その間、京都の財産管理センターの代表も加えて3人で会合を重ねて成案を見て、全国の成年後見人の組織を作ろうとして活動を始めた。
先日、東京大学の後見人サポート機構に相談をして、協力をお願いした。その際、サポート機構とは重複しないとの話をして、支援をしてくれることになったはずだ。ただ、事務局長はその組織の実質権限者だが、その彼の私どもの組織の意識が自分たちの支部のような意識でいたという。
そのことで、関係の深い京都の代表に何か示唆が有ってそのような行動に出たのだろうか。そんな懸念がある。
あれほど、固辞していた彼がどうして急に声を掛けて来たのだ。
それも、我々の仲間にもメールを送っていて。
我々が想定していた11月の下旬から12月の上旬の地域のシンポジュームに合わせるかのように、開催を11月の9日10日だという。二日間も同じ感じだし、何しろ組織化していないこの地域に先に声を掛けられる。つまり、潰しに掛かるのだ。
誰が、同じ時期に同じ会場で同じテーマで、同じ対象に出るか。どちらかを選択する。半減してしまう。
色々なことを考える人が居るものだ。
朝一番で、中国からの帰化者と話をした。6月から介護プログラムの制度を利用して、働きながら学ぶということで、4カ月限定の期間契約をしている。しかし、初任者研修の授業が分からないのか、自信が無くなっている。そのことを感じて、あと2か月後で終わってしまうので、今後の事を話し合った。
最初の段階では、ずっとこの会社でこのような仕事に就きたいと言っていた。ところが、段々と変化が出て来たようで、心配していた。仕事は資格を持っていないので有償輸送の運転者の講習を受けさせて1日何回かその仕事に就き、それ以外は時間を持て余している。そのことについて、今後の心配をしていたのだが放置しておく訳に行かない。
面談をした。最初は拒んでいた。何度か声を掛けても、
「忙しい、予定が立たない。」
と、逃げていた。
強硬に話をしても、逃げてはどうしようもない。つまり、このまま置いておく訳に行かないということを理解して貰わないといけないのだ。
前回の話し合いでは、このままとどまることになって居たが、実際、現在は幾らにもならない通院の送り迎えの介護タクシーの運転を1日数回。1回300円から600円程度なので、稼ぎは数万円。自費のガイドが1週間に2回で合計5万円を稼ぐかどうか。
言葉を選んで話をしたが、どうしても言わないといけないのが
「社員で働くなら、どうしても給与の倍を稼いで貰わないといけない。誰が考えても分かるように、入金が無いと払うお金がない。」
それは分かる。
それでは、何がしたいのか。何をして金を稼ぎたいのか。その問いをした。何故なら、私が考えていたのは、後見事務局のデータ入力など事務局の仕事をさせようと思っていた。誠実な性格なので、それが今の当社の仕事では適職だ。
しかし、NPO法人常勤理事を通じて出来ないと言って来た。
そこで、自分では何が出来るのか、したいのか聞いたのだ。
「分かった、終わるまで2カ月の間に暫く考えます。」
「暫くじゃ困る。その対応を考えないといけない。なんだって、準備が必要だ。」
「私は芸術を中国で学び仕事として来た。」
「それは分かる。しかし、それで仕事があるならいいだろう。それは無い。俺だって、いろんな経験があったが、全て白紙にして介護をして来た。何年もヘルパーさんをして来た。それから、仕事を代えて来たがその介護をした経験が役立った。誰だって、自分のしたいことをして、仕事としたい。それが出来るのはほんの一握りだ。専門学校に行った人間がすべてその仕事に就いたかというとそうではない。」
そう言って、間を置いた。
私から提案をした。
「私は9月から行政書士の仕事をしようと思う。成年後見の業務に役立つだろうと思ってやるのだが、どうせだったら真剣にしてみたいとも思う。その際、全く介護とは関係のない企業や個人への営業をすることになる。何が出来るのか、何がしたいのかそれを知りたい。例えば、中国語講座をするとか。」
「少し、翻訳とか通訳とかしていたこともある。企業でも、中国人の観光客を相手にしているお土産屋とかホテルとかに中国語を教えることも出来る。」
などと、多弁になって来た。
言葉少ない彼が一気に話し始めた。自分のしたいこと、自分のやれること。自分のアイデアなどなど。
また、中国のある300万人程度の都市の上席者を知っていて、その役所から発行された代理証のようなものをもっているという。それが有れば、誘致などの案件をフリーパスで引き合わせすることが出来ると言っていた。
話は多くなり、手におえないようなレベルまで行ったが、我慢して聞いた。
そのなかで、印象に残った言葉は
「私は中国人だが、中国人を余り信用していない。だから、中国人の組織との付き合いは余りない。」
とか、
「これまで、日本人に騙され続けて来た。日本人と付き合っていいことはなかった。」
そうも言っていた。
孤立しているので、その心を開いて対等にやっていける事があるのではないだろうか。
特に、中国語を生かせる分野に入っていければ行政書士もやって行けるような気がした。
1時間半も話をしていた。27年間、日本にいた彼はどう終わりを迎えるのだろう。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報