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トップハート物語(5270)立志伝敢闘編
19/08/13
2013年(平成25年)7月下旬。
 いつものように出勤して、8時にNPO法人常勤理事の運転する車で出発して新幹線には9時に乗車で来た。駅までに、多くの事故が起きていたようでパトカーや救急車のサイレンがけたたましくなっていた。中でも、事故があったばかりなのか車が横転していて、やっと警察が来て赤いポールを立て始めたのもあった。
それにしても、その横転事故は歩道側に倒れているのだ。車がその方向に倒れるのは、どういうことなのだろう。車道に乗り上げたなら、逆に横転するのだが。
新幹線の中では、往復とも眠れずにずっと起きていた。珍しいことだ。押印する契約書だけ大事にカバンに入れて向かった。行く時にも、帰りも新幹線の車中の放送で
「1号車両で重病人が発生しております。お医者様、看護師様がおいでになられましたら、1号車までお願いします。」
「11号車で重病人が発生しております。お医者様がおいでになりましたら、ご協力をお願いします。」
そう言っていた。
帰りは特に、
「重病人が発生しており、次の駅で緊急停止させて頂きます。」
と流れて、途中駅で下されたようだ。
また、お医者様を求めてしばらくして
 「沢山のお医者様にご協力を頂きありがとうございました。」
というからには、結構多くの医療関係者が乗車していたのだと感心した。
東京駅には11時半に到着した。長男も土曜日なので来ていた。妻とのメールのやり取りは面倒だった。どこに来るのか何度聞いても、肝心な返事が無い。例えば、東京駅まで来るのか、待ち合わせは大宮駅なのか。昨夜から何度か電話を入れて、メールを送っても返事が無い。東京駅についても同じで、
『中央口で待っている」
と、メールが来たが、新幹線の中央口は沢山あるし、JRだったら八重洲か丸の内か。そんなことをしている間に、長男と会った。やっと、妻を見つけたが、ああでもないこうでもないと、相変わらず元気な言い方で相手をするといつまでも終わらず、幾らでも帰って来るので返事をしなかった。
 新しく出来たKITTEに行った。11時半で、まだ大丈夫だろうと思ったがすごい人だった。5階のレストラン街に行こうと思ったがエレベータがだめだ。すごい数の車いすの人たちが並んでいる。健常者は諦めてみんなエスカレータを上って行く。少なくても、車いすの人の独占する権利がある訳じゃないのだから、共存で車いすと健常者が一緒に少しの人数ずつ乗ったらいい。
付き添いの若い奴らの考えが、おかしいのだ。
やっと、5階に上がると先日行った回転すしと蕎麦屋などが沢山の人で唖然としたが、長男が選んだのは「豚捨」だった。
名前を見て、豚肉かと思ったら、メニューは牛しかなかった。つまり、豚を捨てるほど牛が美味しくてたまらないという、三重県の松坂牛だった。
入った時にはガラガラで、お客さんが居ない状態だったが、暫くして正午に近づくに従って、満席となった。
 鍋を食べていると、また大型の車いすに乗っていた方と若い大学生のような女性が3人入って来た。誘導する訳でもなく、席に座っていると車いすが通れないので、みんな立つ。脊髄損傷のかたの車いすで、当然無理だ。何が無理なのかというと、席に就けない。車いすは横向きになって居る
 付き添っている若い学生らしい3人は、何もせずに席に座る。一体何なのだ。横の席に私たちもあまりいい気がしないので、早めに食事を終えて立った。
 すぐに隣の東京駅でチケットを購入して帰りの新幹線に乗車。今度は、前の席が中国人の観光客のようで、うるさい。携帯電話は掛けるし子供はうるさいし。おまけに、後ろの席のお年寄り夫婦も電話で話をしている。モラルも何もあったものではない。
 おまけに、客室乗務員がその中国人の検札をしない。私どもはやりながら、どうしてだ。
 12時半の新幹線に乗車して、戻って来た。日帰りの移動、それも滞在時間1時間というのも初めてだった。ミスはこんな無駄なものを生み出す。



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