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トップハート物語(5245)立志伝敢闘編
19/07/31
2013年(平成25年)6月下旬。
 車で移動中に、NPO法人常勤理事に
 「本当に毎日色んな事があって・・・・・・」
 そう言って、しみじみ毎日のその色んな事が起こる日々を感じていた。
 朝一番で、7時頃だ。キラキラ目の珠緒ちゃんが来た。いつものように、元気がいい。集金のお金を頂き、経費を支払い必要な処理が終わったと思ったら
 「ちょっと時間いいですか。実は、介護管理者が7月で退職と聞きました。私が引き継ぐ事になっていますが、個人的な事情で無理になったんです。」
 「どうした。」
 「子供が高校に入ったばかりで、トラブルが起こって退学になるかも知れないんです。」
 「どうした。」
 「学校側から、素行が悪いと言われ、成績も落ち込んでこのままでは退学して貰わないといけないと、呼び出しを受けているんです。」
 泣きそうな、いや、半分泣いていた。
 彼女は教育熱心で、当社に入って9年目を迎えている。それでも、まだ36歳ということは、かなり若い年から入社していた。ずっと、そのまま変わらない愛くるしい大きな瞳と表現力で当社の「佐藤珠緒」ちゃんだ。そのリアクションそのまま彼女に合う。全く違和感が無く、元気を貰える。
 その彼女は、小さい時からお子さんを厳しく育てて、自分が犠牲になって教育を続けて来た。小学校は国立を目指し、毎日塾の送り迎え。夏休みは長期休暇を取って子供に付きっ切り。受験期はこれまた長期休暇。また、社内旅行に行った時には、東京大学に行ってグッズを購入して行った。
 そして、結果有名私立校に晴れて入学した。それから、まだ3か月目だ。その前から、いや、ずっと前から心配していた。そんなことしても、資質が無ければいつかは落伍する。多くの受験生が親の厳しい管理と期待を担って挑戦し頓挫する。そのようにならないように、今から考えるように言っていた。
 その彼女が、私がいつも言っていた言葉通りの道を進みだした。その理由を聞いたが、どうやら余計な言葉で同級生を刺激し仲間外れになり、学校でも別な意味でお荷物か問題の温床になりつつあるので、早い段階で取り除いておこうと思っているのかも知れない。それが、成績優秀であれば少しは許されるのだが、そうは行かないようだ。
 早くから鞭を掛けてやらせれば、当然周りはそんなに勢いよくしていないので有終のように見える。しかし、公立から受験専門の私立に入れば多くの有能な人材が広い範囲の地域から集まってくる。その中で、優秀な成績を維持するか、またはそのレベルの試験についていけるのかとなると、大きな不安が有ったろうにそれを感じてなかったのか。自分の子供だけに目が行っていたのか。
 事情を色々聞き、泣きそうになって目頭を熱くする彼女を見て
 「親がレールを敷いて、そこを走らせようと思っても難しいのが現実だ。子供はこどもの生き方を考えている。だって、以前いた国立の最高峰の大学を大学院まで進んで衆議院選挙や市長選挙にまで出た当社の社員の行状を知っているだろう。ああなったらどうするんだ。有能なレベルの人材に育てるのは無理だ。優秀なレベルの大学に行ってどうするんだ。学者になるならわかるが、訳の分からない世間で通用しない人間になったら大変だ。社会で如何に優秀になるかを考えて、子供の生き方を尊重して親がそのサポート役に回った方がいい」 
 そんな内容の、話を少し言葉を替えながら冗談交じりに話をした。
 やっと、落ち着いて
 「少し心が落ち着きました。そのような考えで呼び出し応じて来ます。」
 「頑張って。親がテンパっていたら子供がもっとパ二くる。これからのことを考えて。好きな道を歩ませる方がどれだけ、親も子供も気が楽か。こどもが優秀だと近所に言われるのはほんの一瞬だ。その期間を過ぎるとどれほど落胆した人間になる確率の方が大きいか。それより、社会人の人生の方が長い。社会人として評価された方がどれほどいいか。親の満足の為に子供を犠牲にしない。」
 「分かりました。そういう訳で、私が引き継ぐ事自体無理で、私の身もこれからどうなるのか分かりません。だから、介護管理者に辞めないで当分留まってくれるように言ったんです。そうしたら、『佐藤さんに、辞めるって啖呵切ったから私の口から、7月退職を取り消すなどと言えない』と言うので私が言って来ますと来たんです。」
 「何と啖呵切ったか知らないが、俺はイチイチ相手にしていない。部署のことは各部署に任せている。成り行きでしか行かないから、どうぞ自分たちで一番いい方向を決めて下さい。」
 「有難うございます。」
 そう言って戻って行った。
 かくして、介護管理者の6度目の退職願は煙になった。
 改革が出来る、収益が改善すると覚悟と期待を持って迎える筈だった8月は無くなった。
 反面、大きな変革が無い分落ち着きもある。それにしても、その管理者退職に伴って殉職する積りだった酔っ払いは、10月という退職の言葉をどうするのだろうか。飲み込むのか、吐き出すのか。
 10時から顧問弁護士が、当事務所に初めて来て成年後見のソフトを確認することになっていた。彼女が戻るとすぐに、7月から入社の新人出戻り男性が出社して来た。事前面接では手取り20万円要求し、私が50万円稼ぐように要求して了解した人物だ。ケアマネジャーの資格を今回得て、これから初めて勤務するのに法外な要求に合わせた要求をして了解したはずなのだが、怖くなって後日電話があり自分の要求を取り消して、今日改めて初出勤の日に話し合うことになった。
 「自分の言った要求に対して50万円の収益確保は無理だと思い撤回します。働いた分だけの時給でやらして頂けないでしょうか。」
 「働いた分とはどういう意味だ。具体的に言って欲しい。この会社はみんなが会社の継続と自分の経済的安定の為に一生懸命に働いている。それに引き替え、この前の話ではお前は辞めることが前提だ。辞めて独立したいというのが前提で、その間、ケアプランの立て方や色々な相手に対する対応などをウチでノウハウを得る積りだ。そのうえ、当社の名前の名刺を使って利用者獲得を行ってその得た利用者の半分を独立する際に分けてくれという。加えて、自分が昨日まで働いていたデイサービスに利用者を回すのを目的の一つとしている。そのなかで、働いた分だけとはどういう時間を言うのだ。」
 「・・・・・・」
 「常識的な話をしても、自分の考えを曲げないで都合が悪くなれば逃げるお前だ。その奴に先行投資のように、教育しても意味がない。将来に当社を支える人材になると思われるものには幾らでも投資するが、お前には出来ない。そこで、もう一度考えて返事をくれ。」
 この会社に居ても、営業しても収益がはっきりした数字で表れないと支払うことは出来ないと言った。その考えを改めて明日話し合うことにした。
 時間が無いので、打ち切ったのだ。銀行に寄って、支払を済ませ顧問弁護士を迎えに地下鉄の改札に向かった。今日おいでになる二人のうち、若い女性の弁護士さんは来ていた。メインの弁護士さんが来ていないので、暫く私がこの業界に入る切っ掛けや立ち上げの経緯などの話をした。やっと、二人揃ったので、当社のボロ事務所に案内した。目的は、当社の使用している成年後見処理ソフトを見ることに有った。
 素晴らしいソフトだと感心して、自分たちも導入したいというので私が注文して上げることにした。
 事務所にて改めて仕事をしようとしたところ、携帯電話が繋がらない。新しく7月1日からihon5が支給されたが、データを移し替えるまでは順調に行った。ところが、通信が出来なくなった。旧も新も通話やメールが出来なくなった。大混乱が始まった。窓口になっている法人担当のソフトバンク担当者に問い合わせする責任者のNPO常勤理事。 
 何のことはない。電源を一旦切れば通電できたのだ。その連絡もまた大変。形態が繋がらないのでそれぞれの部署の固定電話に掛ける。
 午前中はこの地区の居宅介護支援センター管理者、午後は本社管理者を訪ねた。
 「少し時間が有ると思っていたが、研修センターがもうだめになる可能性が高い。そこで、これからの行く末が心配になったので、塾のようなことを始めたい。最初はいつもの若手5人からスタートして少しずつ増やしていきたい。毎週一定の曜日を決めて、本当は1日中を考えていたが、当初は半日。と言っても、昼から初めて夕方からは飲みながらでもいい。何の話でもいい。その中には会社運営のことや人事のことを含めて私的内容など。みんなが支えあうような組織を作って最悪の時にその意識を生かして自分たちの行く末に役立てて欲しい。」
 そして、夜事務所に戻ると出掛ける居宅介護支援事業所管理者とすれ違った。内容を聞くと、どうやら大変な状況になっている。担当している利用者が入院となった。その利用者は精神障害の息子の男性と同居。入院と聞き、自殺すると言い出した。
 医師が当ケアマネジャーに安否確認を依頼、危険な状況であれば強制入院を示唆。その息子の姉と一緒に精神障害を抱えて自殺を仄めかす自宅に急行。
『怖い』
 との連絡があり、
『何かあったら連絡をください』
そう言って、暫く事務所に待機。
長い時間連絡が無いので、帰り支度。
メールで再度対応を医師の指示に従うように連絡しようと思ったところで、
『自殺しています。』
 とのメールと同時に、電話での慌てたコール。
夜遅く警察の事情聴取が終わったとの連絡。

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