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トップハート物語(5230)立志伝敢闘編
19/07/24
2013年(平成25年)6月中旬。
出勤して、決まった業務を行ってipadに入っている昨日の50枚近くに亘る映像をPCに移し替えた。Ipadはいつも使用するので、少しでもその画像が残っていて人の目に触れたら誤解を招いてしまうから。以前のIphnoeに入っている小料理屋で写した写真を移動させた。
 昼食のハモ会席を頂いている時には、話が弾み過ぎて時間をかなり使った。京都駅に到着したのが11時15分、待ち合わせの八条口に着いたが予約した観光タクシーと決めたところにまだ来ていなくて、探した。やっと、5分前に電話して乗車。
 すぐに祇園に向かって「花咲」に入った。古風な家構えで、初めてこのような処に入った。余り好みではないが、頼んだ運転手の進めと同行の彼女の「大好きです」の一言で決めた。最上級のハモ会席だったが、彼女は堪能しても私は全くやはり好みではない。
 その間の、11時50分から14時までの時間あっという間の楽しい時間だった。いましている介護の業務が向いていると感心したが、行く末もまた心配。色々な話は前々から聞いているが、以前海外にも出掛けていたという。
 その笑顔は当時から全く失われることなく、このような顔だったのだろうと思って見とれる。ずっと見ていても飽きない顔とはこのような人なのだろうと感じた。短大に通学するために一人住まいを初めてすぐに転落、いやその時にはステップアップだと思っただろう。
 お酒が強かったのが災いした。学費を稼ぐために、お水のアルバイトを始める。すぐに、その世界の人に惹かれてしまって同棲、妊娠、結婚、転落、とこの10年に自分を巡った人生を恨むことなく直視した。
 まだ、若い。離婚を経て実家に子供を連れて戻る。子育ての為に一生懸命に働く姿を想像していたのだが、まだ実家という甘えがあり仕事もそんなにしている訳ではない。一度、今度聞いてみようとは思っている。これから、どういう道を歩みたいのか。
 これが40代だったら、もうあがいても難しいが、まだ今年に30代に達したばかり。私も仕事と絡めた色々な目的があり、そのことを忘れるような時間が流れる。仕事や生活のことが話の中心だが、アルバイト時代の話を聞き、離婚騒動が知り合う切っ掛けとなったのでその話を聞く。
 いつも、長時間を過ごしているが今日も、気付いたら予定を1時間もオーバーしていた。このような時間を得て私も年齢を感じさせない時を過ごす。新幹線の駅で待ち合わせしたが、私の年齢の半分の女性と一緒だとみっともないので
 「誰かに聞かれたら親子でという形で、話をするから。こんな父親で申し訳ないが。」
 「お父さんですよね。間違ってもパパと呼んじゃいけないですよね。」
 京都に行く時には雨が降っていなかった。京都駅から祇園に入るころには霧雨だった。
 個室で祇園の料亭で最高のハモ会席というのでそれなりの料金が掛かったが、普段、自分に経費を使うことが無いので、別に負担感は無い。
食事が終わって外に出た時には本降りになっていた。嵐山方面に向かう予定だった最初の訪問地は変更になって、二条城になった。私としては何度か訪れて、余り興味のない観光スポットだったが、意外や意外最初はお世辞かと思ったら
 「楽しかった。もっとゆっくり柱とか壁とか触ってその時代の思いを感じたかった。」
 ずっと、そのことを別れる時まで言っていたので、本当だと思った。
 最初に、写真を写したのも二条城ここだった。最初は、建物だけ、次に彼女を写した。彼女もカメラを持って来たので、運転手が写しましょうかと彼女に声を掛けた時に
 「一緒に写しましょう。」
  と、彼女が言うのには驚いた。
家に帰れば、離婚したとはいえ両親や子供がたち家族がいるのだが、見せる時にどういった説明を加えるのだろうか、心配になった。
 あまりそのようなことに意を介する性格ではないのだろうと、以前から思っていたが意を強くした。
 二条城と庭園を見て、石庭の話になりそこに行くことにした。この京都近くに住んでいたというが、30年で2度目だというのだ。それも、どこに来たのか分からずただすき焼きを食べに来て美味しかったという。だから、どこに行きたいか聞いた時に
「京都に好き焼きを食べに行きたい。」
と、言ったのだ。
 特別美味しいブランド牛がある訳じゃないのだが、ただ食べたというだけだった。
 竜安寺に向かった。世界遺産であることは分かっていて、つい最近も来たばかりだが再度訪問することになった。私の方は専ら写真を写すことに専念するような形になった。これまで、就職してから写真が趣味という私で特に美人の撮影は自信がある。しかし、だれでも、綺麗な方を写す出来栄えは最高に違いないのだが、自分だけうまいと錯覚を起こす。
 続いて、金閣寺。ここも最近来たばかりだ。同じよう写真を写す。その間、ずっと二人だけの写真を運転手が写し続けて、彼女は笑顔を絶やさず、さすがだ。
 最後は清水寺だった。舞台に入ったのはもう何十年も昔、高校時代に修学旅行で仙台から来た時以来だった。
多くの記念の写真が出来た。今日の最後の時間は駅ビルでお寿司を食べた。その時にも話を聞く。一番楽しかったのは、やはり二条城だという。
「この十年間は専業主婦をしていて、外に出るとお金を使うので家の中でゲームばかりしていた。その時に、たくさんのお城の名前が出て来たりして親しみがあるので、今度は違うお城に行きたい。」
そんな話をした。
あまり頻繁に会うと誤解が生じるので間を空けて会って居るのだが、本当に楽しい。
 今日の夕方4時に、私に指導を受けて起業をしたいと言っている新規事業所管理者が来た。いうところの名前だけの管理者になってしまった。本来は、管理者として事業を起こす際に為になるならと思って選任したのだが、残念ながら性格が災いしてうまく機能していないと、責任者からの報告だった。
 先日、責任者と実質管理者が来て
「管理者の名実共に整合性を持たせたい。実質的な管理業務を行っている彼女を管理者に選任して、名前だけの彼から変更したい。彼もいつ辞めるか分からない状態では落ち着いて仕事が出来ないし、本当に独立する気持ちが感じられ無くて我々も相手にしない状態になっている。」
 「しかし、男性だから名前だけと言っても管理者を外すと多分辞めると言って来ると思う。その時のことを考えて置くように。」
そう言った。
彼も、多分、責任者にはそのような話はしていないと思う。
突然の申し出に、私は驚かなかった。逃げる性格で、真面目だがその性格は直せない。
 「自分で考えて、もう半年を過ぎてしまって。そろそろ独立をしようと思います。場所は関東に気持ちが行っています。ネットで調べると、やはり関東がやりやすいと感じています。」
 「それはそうだ。高齢化率から見ると、埼玉などが最高だと思う。それは環境の問題で、問題は出来るかどうかだ。十分準備はしてあるのか。この事務所に来て十分な運営の勉強は出来たのか。」
 「はい、ケアも入っていますし。」
 確かに、逃げ回っていたケアに入り出した。男性でなければダメなケアで、彼は戦力として十分な実績を上げている。
 彼が居なくなったら、困るだろう。ただ、それは1日のほんの一部で、数時間で終わる。それも、二人交代の体制だという。彼に支払っている報酬はその何倍もの数字だ。数字だけ見れば、収益が好転する。ただ、やはり精神的な問題が生じてくるだろう。一応の、ムードメーカーだ。
 彼と1時間ほど話をして、部屋に戻った。5時だ。眠った。起きて、食事を作った。昨日京都から買い求めて来たおばんざいが中心だ。そのような気遣いをしているのに、残念ながら体重が減らない。
 夜遅くになって、デートを京都でして来たNPO法人常勤理事が戻って来た。もう10時も回って遅くに報告があった。一緒に行っていながら、
 「恋人とか彼氏とかいうのは無理だ。」
 と、言ってあれこれとその理由を言う。
 「いいですか、それを決めるのは自分だよ。それを言うのも自分だ。こんな遅くまで京都にデートして、それで、どうして断ったらいいかと言われても。自分が言わずに、他の者が言う訳ないでしょう。」
 「お断りして、急に人が変わるのが怖い。」
困ったことになっている。
 「私が会社を辞めたらいいんですか。」
と、究極の感情的になった。
彼女との誤解を解くために、他の方と出掛けたりしている私の行為が全く意味のない変な方向に行こうとしている。



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