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トップハート物語(5213)立志伝敢闘編
19/07/15
2013年(平成25年)5月下旬。
朝一で、研修センター一応の形上常勤社員の女子が来た。性格的な問題があると思っているのだが、なかなか手強い。介護プログラムとして採用し、働きながら4か月間勤務。資格を取得すると同時に、パートとして採用し研修センターへ配属した。研修中も研修センター一筋に勤務し、その事務処理能力はあったようだ。
問題は、本心がなかなか読めないし相手よって言葉や態度が変わるという事だった。その点にいち早く気付いていたのだが、人手不足という問題と研修センターの人材育成も頭にあって曖昧に過ごして来た。
 研修期間中の4か月が終わり、改めて雇用契約を結ぶ際に少し性格を出してきた。研修中も、きっちり勤務すれば16万円の給与なのだが、自分の都合で勤務時間を短くしたり休んだり。規則は自分にとっては無意味で、自分の生活パターンの中に勤務時間が有り聞くところによると
「自分の生活に合わせて出勤するので、勤務時間に不足する時間分引くなら引いてくれればいい。」
と、会社や同僚は関係ないという感覚だ。
それでも、研修センターの責任者はいつもと同じパターンを繰り返す。最初から、いつも
「うちは介護の会社だ。全員が資格を持っていていつでもケアに入れる姿勢が大切だ。それが優先で、その合間に事務関係をしているという意識を持ってほしい。結果的にケア時間が無くても、意識の問題だ。」
そう話していたし、当人の契約においてもそう言っていた。
私の前では、当人は仕方が無く返事をしていないで、本心の介護拒否は口に出さない。ところが、自分の直属の上司である研修センター責任者に対しては
「ケアに行くのは遠いからいやです。家事援助は無理です。」
と、言っているらしくてそれを受けて、研修センター管理者はあろうことか就労を目的とする研修関係の、社内コミュニケーション講義の講師として届けたようだ。
全く、きっちりした勤務経験が無いのだ。私の疑問に
「大丈夫です、マニュアルがありますので。」
「しかし、講師の要件に十分な経験を要すると書いてある。」
「今度、ポリテクの研修を受けさせます。彼女だったら大丈夫です。」
「いいか、それは俺に決定権がある全体の責任者だ。判断は俺がする。」
「もう、講師として届け出をしてあります。変更するには、病気とか退職とかの理由が必要で、それ以外の理由の場合は始末書が必要です。」
「そうか、あなたの勝か。いつもそうやって、ケアのやる気をそいでしまって何人も辞めさせる。それで、平気なのか。今度もきっと辞めるだろう。」
周りも、彼の言動に疑問を感じている。
これまでも、同じように最初からケアをさせる意識を削いで、他の事務的な業務をさせることによって自分の手元から、または自分が助けを求められれば、当社の地位を利用して他の事業所に紹介をしていい顔を見せている。その代り、研修センターからの当該事業所への紹介は最近、全くなくなった。
何のために研修センターがあるのか。そう思っている。彼の職場確保の為にあるようなものだ。
彼女が朝一に来たのは、今後の勤務体系を話し合う為だ。介護プログラムを終えて3カ月経過したのだが、
「扶養の範囲を超えて働く。」
と言っていたのだが、研修センターの管理者には
「扶養範囲で。」
と言い、私や他の事業所には
「扶養を超えて。」
と言い訳が分からないで、はっきりするように言ってあった。
そして、この日結論を要求しても結論を言わない。
「これまでの収入を考えると、これから年末まで毎月48時間しか働けない。週2日しか出勤できないのでは、会社に迷惑が掛かる。」
そんな言い方を終始して、会社のことを、自分の同僚や職場のことを考えると言う。
「会社は会社が考える。誰も、あなたに考えてくれとは思わない。週2日だったら、他の日を他の方に埋めて貰う。結論を言いなさい。」
「介護が嫌だと言っている訳じゃないんです。そのような勤務体系なので、入れないと。」
「何も週2日じゃなくて、8月までしっかり出勤して、残りを休んだらいい。」
「毎月きちっと給与を貰いたいのです。」
「おんなじだ。年収は同じだ。とにかく、どうでもいいので、どうするのか結論を言いなさい。それに合わせて会社は判断し決定する。誰も、あなたに頼って会社は運営されている訳じゃないから安心して下さい。」
泣き出した。
それも予想の範囲内か。
私は無視して、話を続ける。
堂々巡りで、1時間半。やっと結論を得る。
「私が休んだらどうなるかと考えると、眠れないし精神的にも不安定になるんです。代わりはいないし。」
代わりはいるのだが、本人はそのように思っているだけだ。先輩社員が隣に座っているし、彼女が来るまでは彼女の代わりはいなかった。彼女で+1名になったのだ。そのうえ、業務も減少しているし。
「それで・・・」
「このままでは、皆さんに迷惑を掛けるので辞めたいと思います。」
「分かりました、そうしたら5月一杯ですか。」
「いや、6月一杯で。皆さんに良くして頂いたのですが、代わりの人が居ないと安心して仕事が出来ないので、代わりの人が居る職場を探して別の仕事をします。」
本音が出た。介護の仕事をしたくてこのプログラムに応募したのではないのだ。資格を取得する間、事務的な仕事をして4か月間給与を貰える。それが終わったら、また別な仕事を考えていたのだろう。ところが、うまい具合に配属された事務関係が研修センターで、責任者が目を掛けてくれるので、介護から逃げられる。
馬鹿なパターンがまたおこなわれる。
「私から、各部署に言ったらいいですか。」
「それは、責任者が言うでしょう。」
他の部署からも、介護に入って欲しいという要望があり、逃げられなくなったと感じたのだろう。
如何に自分が必要な人材か、そう思っていたのだろうが私には強い信念がある。ケアに入らなければ、当社の社員ではない。どんな時でも走れるような意識を持っていないとダメ社員になる。
1時間半の時間を要したが、表面的には棘のない終わり方をした。それにしても、どうして研修センターの責任者はいつも同じパターンを踏むのだろう。男性だということが災いしているのだろうか。
体調管理がうまく行っていないのか、NPO法人常勤理事が心配だ。珍しく、午前中の連絡。
「どこかに出掛けますか。」
 午後にならないと、出勤できない体質になっている。
 午後も遅い時間の勤務開始で、すぐにダメになる。少し動いて、また休息だ。しかし、今日は珍しい声を掛けて来たので、仕事を中断して出掛けることにした。
途中、いつものバーミアンで食事。終わって、1時過ぎに大阪市役所に到着。その直前から不調を訴える。
「お腹が苦しくて、息が止まりそう。」
だと。
しかし、食事はいつもより少なく残してしまっていた。
トイレに駆け込んでいる間に、私は仕事が終わった。そのあとも、体調が優れず、夕方の社員旅行打ち合わせを彼女は欠席して、寝込んだ。
6時半頃、その旅行の幹事が二人来た。その話が終わってから新規事業所の責任者である彼女と話をした。朝一で面接した彼女が介護を拒否していることについてだ。
 「彼女にサービス提供責任者が指導したのですが、その時に『利用者が満足するか、喜んでくれるかなんて私には利用者の気持ちなんか関係ない』と言って、指導したサービス提供責任者が引いてしまった。そんな気持ちで介護をしていいのか、そう思って報告がありました。最初から、そんな気持ちで介護にあたって欲しくない。そんな言葉口に出すなんて信じられない。」
 「だから、言ったろう。あいつは、裏表があると。最初から、口で何と言ってごまかそうとしても分かっていた。」




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